tantra 






  「これだけはできれば
   やりたくはねぇがな」





「脱げ」
「は?」
「いいから脱げって言ってんだよ!」
 悟空は慌ててマントを外し上着を脱ぎ掛ける。首の辺りまでまくり上げておいて三蔵を見るが、こっちを向いていない。
「なあ、さんぞ…」
「さっさと脱げっ!」
「うわっ、はあい!」
 上半身裸になった悟空は、こわごわとまた声を掛けようとする。が、今度は三蔵に先を越される。
「下もだ」
「あぁッ!?なんだよ、それえ!!」
「何度も言わすな、ブッ放すぞ!脱げッ!」
「何なんだよォ、一体ィ!」
 今度は拳銃とハリセンの両方を構えた三蔵が、悟空の前に仁王立ちになる。
 それを眺めていた僕にも怒鳴り声が飛んできた。
「八戒!てめェなにへらへらしてやがる!呪言だ。真言を書くから準備しろ!」
「はいはい…」
 携帯の墨を摺りだした僕は、笑いを堪えるのに必死だった。
 「脱げ」だって。三蔵が。オオコワ。




「あの時ねえ、僕はとっても悟空が羨ましかったんですよ。僕にも是非言ってください」
「…てめェ、ノーミソ腐ってんのか!?」
「いいえぇ、正気ですよぉ。僕にも『脱げ』って命令して見張っててくださいよ。最後まで」

 僕は今、三蔵の上にのしかかっている。要はそーゆー場面で、ふと先日のことを思い出しただけだ。ちょっとこの人に似つかわしくないセリフ。
 あれ、面白かったですよ。…なんてことは言えないけれど。
「てめェは何時だって勝手に脱いで、勝手に人のことまで脱がしてやがるじゃねェか!?」
「そうですけど…。たまにはいいじゃないですか。僕の言うことを聞いてくれたって」
 これには三蔵は真っ赤になって口が利けなくなる。

 『タマニハ』だとぅ?何時だって、真綿で首締め上げるみたいにして、結局自分のしたいこと、させてんのオマエじゃねェか!?命令形にしないだけで、人のこと好きにしてやがんじゃねェか!!

 そんなコトバが彼の脳裏を高速で駆け巡っているのだろう(それは真実だから)。僕は笑い出しそうになるのを抑えて嘆きの表情を作ってみせる。
「いっそ僕に書いてくれてもよかったんですよ?あなたが僕の躯に筆で書いてくれたら。じゃなきゃ、お手本さえ置いておいてくれたら、僕も頑張って写経ぐらいしたんですけどねぇ…」
「なんでこのオレが、悟浄なんぞの為に肌をさらさなきゃならねえ!?」
 冗談じゃない、と、先刻とはまた違う怒気が頬を染める。
「恥ずかしがり屋さんですねぇ。ああ、第一、素肌に筆書きなんて、あなた耐えられませんよね。敏感すぎて。確かに人前じゃ恥ずかしいですよね。悟空の前じゃ教育上ヨロシクなさそうだし」
 ごく普通のことのように、耳元で囁いてやる。と、見る間にそこまで羞恥の色に染まって行く。僕は三蔵から見えない角度であることを良いことに、表情を抑えることをやめる。

 ああ、たまんない。あなたって人は。
 容赦なく敵に銃撃を叩き込むあなたの、こんなに無垢な部分。 
 戦闘で剣が触れ合う火花に眉ひとつしかめないあなたの、こんな感じやすい部分。

「ねえ?言えないんならあなたが脱がせてくださいよ。僕のこと」
 囁き声と共に、あなたの耳朶を軽くかじる。
 跳ね上がるあなたの躯。
 僕はそっと身を起こすと、三蔵の目を覗き込む。
「ねえ、あなたがしてください…」

 三蔵は最初、混乱したかのような顔をしていた。そしてちょっと怯えたような恥ずかしがる顔(少しだけ眉の角度が変わるのだ)。

「…シテ…」
 僕のコトバに、彼の腕がゆるゆると上がる。僕のボタンに手を伸ばす……

 どん!と急に押しのけられる。
「く、くだらねェ!!くだらねえ!てめェ涌いてンじゃねェッ!」
 これ以上無い、というほど紅潮した顔のあなたも、最高にかわいらしい。
 部屋のドアを思いっきり叩き付けると、向かいの悟浄と悟空のドアをノックもなく開けた様子だった。続く怒鳴り声、ハリセンの飛ぶ音。悟空が八つ当たりを受けたらしい。
 コンコン。ドアを開けて悟浄がノックをする。躯半分をこちらに覗かせて、呆れた顔をする。
「…ナニ?アレ?一体」
 悟浄を追い出しますか、やっぱり。そうですね。今みたいな顔してたら、悟浄じゃ何をからかうか判りませんからね。悟空なら八つ当たり出来ますもんね。
 再び、三度重なるハリセンの音に悟浄まで首をすくめる。
「あなたの知らないことですよ、悟浄」
 僕はベッドの上で、躯を折り曲げて笑い続けた。
 今夜は淋しい独り寝になってしまうけど、しばらくあなたの機嫌は直らないだろうけど。なんて可愛らしいあなた。僕はまた、あなたの特別な顔を見られて幸せですよ。

 僕のボタンに手を伸ばした瞬間のあなたを、忘れませんよ。今度はホントウにやってもらわないとね。
















 終 







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