「なーなー八戒!シャツのボタン取れちった!」
「はいはい。じゃあ出して下さい、付けますから」
「お〜い八戒、俺のジッポオイルどこ?」
「鞄の中に入ってませんか?」
「ねーんだわこれが」
「僕さっき見ましたけど・・・・ああ、はいありましたよ悟浄」
「おうさんきゅ」
・・・いらいら。
「腹減った〜」
「ボタン付けたら何か軽い物作りましょうね」
「やった〜vv俺、サンドイッチ食いたいvv」
「ハムと卵の買い置きありましたからそれでいいですか?」
「うん!!」
・・・・いらいらいら。
「八戒、後で一緒に酒買いに行かねぇ?」
「いいですよ〜。悟浄の奢りですよね?」
「お前奢りだと高価い酒ばっか買うからな〜」
「当たり前じゃないですか。悟浄稼いでるでしょう?」
「お前な〜」
「僕30年物のスコッチでいいですよvv」
「で、って何よ?で、って」
「だったらドンペリのロゼでも買ってくれます?」
「・・・・スコッチな?」
「はいvv」
・・・・いらいらいらいら・・・・
「はい悟空、ボタン付きましたよ」
「さんきゅ、八戒!」
「取れる前に教えて下さいね?なくしたら大変ですよ?」
「うん、今度からそーするっ」
・・・・いらいらいらいらい・・・・ぶちっ。
「てめぇらいい加減にしやがれっ!!」
「うわ!?何だよ三蔵急にっ!?」
「何でも八戒に頼ってんじゃねぇ!」
「・・・・あら。ヤキモチ?それって」
「違う!」
「え〜違うんですか?寂しいですねぇ」
なんとも呑気な声に、三蔵は脱力しかけた。
「大体八戒!いいように利用されてんじゃねぇっ」
「そんな事言っても、悟空に針仕事させたら傷絶えませんし、悟浄は探し物ヘタなんですから」
「あ、ひど〜い」
「ホントの事でしょう?」
「酒くらい一人で買いに行けっ!」
「あ、僕は構わないんですよ?いいお酒買ってもらいますからvv」
「俺の稼ぎ酒代に消えてるぜ〜絶対・・・・」
「いいじゃないですか。どうせ巻き上げたお金なんですから」
「人聞きの悪い事言わないでくれる〜?賭けで勝った正当な報酬だぜ?」
「僕も今度賭場に連れてって下さいよ。稼いできますから」
「お前はダメ!本気出したら店潰しかねねーから」
「本気出さずに勝ちますから」
「だめだっての・・・・」
「八戒!」
「はい?何ですか、三蔵?」
「・・・・いや、いい」
立ち上がって空になったコーヒーカップを持ったまま、サーバーに近付く三蔵。
八戒は苦笑してカップを取り上げた。
「言って下さいよ。それくらい僕がしますから」
「・・・・いい」
「もぉ三蔵サマったら甘えるのヘタね〜」
「うるさいバカ河童!!」
「はい、三蔵」
「・・・・ああ」
差し出されたカップに延ばした手が、一瞬躊躇うように止まった。
「三蔵?どうかしましたか?」
「・・・・いや」
「じゃあ、はい。悟空、今サンドイッチ作りますからね」
「やった〜〜〜vv」
・・・・どうしてあんなにみんな、素直に八戒にものを頼めるのだろうか。
どちらかと言うと、自分は「頼む」というより「命令」している、に近い。
もっと素直に甘える事が出来たら、八戒は喜んでくれるのだろうか・・・・
自分の性格ではできもしない事を考えてしまい、三蔵は緩く首を振った。
「・・・・三蔵?」
「あ?何だ?」
「僕、悟浄と買い物に行ってきますけど・・・・何かいるものありますか?」
「ああ・・・・」
いつもならここで、「煙草が切れてる」と言うのが常套句のはずなのに。
なぜか今は、それが言えなかった。
「別にない」
「そうですか?じゃあ行ってきますね」
「ああ」
ぱたん、と。軽い音と共にドアが閉じられ、二人分の話し声が遠ざかって行く。
折り畳んだままになっていた新聞を取り上げ、ちらりと眼の端で悟空を見据える。
八戒が作ったサンドイッチを幸せそうな顔で食べる悟空に、軽い羨望のようなものを感じた。
「三蔵も食う?すっげうまいぜ?」
「・・・・いらん」
「だって朝だって昼だってあんま食ってなかったじゃんか!八戒が、ちゃんと三蔵にも食わせろって言ってたんだから!」
「・・・・いらねぇっつったらいらねーんだよ」
「八戒が心配してんのわかんねーの?」
「いらん世話だ、ほっとけ」
「・・・・あ〜あ、八戒かわいそ〜。せっかく三蔵のために作ったのにな〜」
「・・・・?」
「俺にも作ってくれたけど、三蔵のもちゃんとあるんだぜ?卵、ちゃんと固焼きにしてあるしさ」
「・・・・」
「いらないんなら俺食うからな!」
「・・・・よこせ」
「・・・・うん!!」
柔らかい卵は嫌いだと、一度言った事がある。
それ以来八戒は三蔵の分だけ別に、固焼きの卵を焼くようになった。
一度に作れば手間もかからないものを、わざわざ別にする。
面倒がらずに笑顔で、当然のように。
「・・・・悟空、コーヒー」
「あ、うん」
サーバーを目の前に出される。・・・・違和感。
何も言わなくても、八戒ならカップに注いでくれる。
「・・・・どしたの三蔵?」
「いや・・・・」
サーバーから注いだコーヒーを一口飲んで。
どこか味が違う気がするのは気のせいだろうか・・・・なんて思った。
八戒と悟浄が帰って来たのは、それから三時間ほど経ってからだった。
手には目的の酒以外に大量の荷物。
「遅くなってすみません」
「・・・・どこへ行っていた?」
「ちょっと休憩してお茶飲んでたらそこが賭場だったんです。で、つい悟浄と二人でやってきちゃって」
「・・・・こんな時間にか?」
「結構人いましたよ?」
「も〜コイツ、一人勝ちするもんだから睨まれちゃってさ〜。早々に退散して来たの」
「悟浄だって勝ったじゃないですか」
「俺はそこそこだもん。ちゃんと心得てっからさ。お前手加減なかったろ」
「え〜そんな事しませんよ。ちゃんと程々でやめましたよ」
「・・・・程々でアレかよ・・・・」
「・・・・どれだけ勝ったんだ?」
「え〜っとぉ・・・・一ヶ月分の食費くらいですよ」
「悟空三人分くらいのな・・・・」
「えぇ!?それすげーじゃん八戒!!」
「今日はおいしいもの作りますから待ってて下さいね」
「やっりぃvv」
荷物全部が食材なのか・・・・と三蔵はちょっと呆れた目で見ていた。
と、横から。
「はい、三蔵」
「・・・・何だ?」
「煙草です。ないんでしょ?買ってこいって言わないから迷ったんですけどね」
「減らすつもりじゃなかったのか?」
「気分いいんで特別ですよ」
「楽しかったのか」
「いえ・・・・貴方がちゃんと食事とってくれたから」
八戒の視線はテーブルの上、空になった皿に注がれていた。
「ちゃんと食べて下さったんでしょう?」
「・・・・」
「夜もちゃんと食べて下さいね。好きなもの作りますから」
「ああ」
「サンドイッチ残ってたら煙草捨てるつもりでした」
「そうか」
受け取った煙草を無造作にテーブルの上に。
八戒は苦笑しながら買ってきた材料を簡易キッチンへと運んだ。
「あ・・・・」
「ん?どーした?」
「卵さっき使っちゃったんですよね。悟浄、すみませんけど買ってきてもらえます?」
「え〜俺が?」
「僕は食事の支度してますから・・・・悟空も行ってきますか?」
「いいのっ?」
「ええ。お願いします」
「やったvv悟浄、早く行こうぜ!」
八戒が悟空を悟浄と一緒に買い物に出すのは、好きなもの買ってきていいですよ、のサイン。
めったにある事じゃない。
「無駄遣いしてくるなよ」
「わかってるよ!」
元気よく飛び出して行った悟空の後を、面倒臭げに悟浄が追う。
二人になった室内で、八戒は三蔵に向き直った。
「さて・・・・人払いもすんだ事ですし、聞かせてくれませんか?」
「何をだ?」
「苛々してる理由です」
「・・・・」
「わからないとでも思ってたんですか?僕も見くびられてますねぇ」
「・・・・理由なんか」
「ないわけないでしょう?」
「・・・・」
被さるように言われて言葉に詰まる。
・・・・言えるわけがない。
素直に八戒に甘えられる二人に、嫉妬している・・・・だなんて。
「三蔵・・・・?」
黙ったまま俯いてしまった三蔵の頬に、そっと掌で触れる。
「三蔵?・・・・僕は貴方に一番我侭言って甘えて欲しいんですけど・・・・?」
「・・・・俺はいつも我侭言ってる・・・・」
「自覚はあるんですか?」
「だから・・・・これ以上甘えた事なんて言えない」
「どうしてですか?」
「・・・・鬱陶しいだろ?」
「そんな事気にしてたんですか?貴方は・・・・」
「・・・・それに素直に甘えるなんて俺には出来ない」
「まぁ・・・・それはしょうがないですけど・・・・でも、もう少しくらい甘えて下さい」
「だけど・・・・」
「じゃないと僕が寂しいじゃないですか」
「・・・・嫌じゃないのか?」
「どうして?嬉しいですよ、好きな人に甘えられるのって」
延びて来た腕にぎゅっと抱き込まれる。
「・・・・嫌がられて鬱陶しがられるかと思ってた」
「そんな心配しないで下さい」
「けど・・・・」
「貴方のためなら何だってしますから」
「八戒・・・・」
「愛してます三蔵・・・・そんな事くらいで嫌いませんから信じて下さいね」
「ああ・・・・」
軽く、何度も与えられるキスに、三蔵は酔ったように目を伏せた。
「うっわ〜うまそぉvv」
今日の夕食は、八戒が奮発してすき焼き。
普段宿ではそこの食事をとる事が殆どで、あまり鍋物を食べる機会などなかった。
「たまにですからね。ちょっと贅沢しちゃいました」
「でもほんとうまそぉvv」
「はい三蔵。お肉入れます?」
「少し」
「はい」
寺での生活が長かったせいか、あまり三蔵は肉を好まない。
食べないわけではないが、どちらかと言うと野菜物を多く取るほうだった。
「お酒、飲みます?」
「・・・・後でいい。寝る前に飲む」
「はいはい。悟浄がいいお酒買ってくれましたから、楽しみにしてて下さいね」
「お前な〜・・・・自分で買えよな〜稼いだくせに」
「買い物の付き合い代ですよ」
「高ぇ付き合い代・・・・」
「いいじゃないですか、モトとったんですから」
「けど腑に落ちねぇ・・・・」
「いいんですよ?文句言うんだったら僕が全部飲んで差し上げます」
「勘弁してくれ・・・・」
口と一緒に箸も動かし、食事を終える。
買ってきた材料は殆どなくなっていた。
「あ〜うまかったvvごちそうサマっ」
「さて、じゃあ片付けますか」
席を立つ八戒。食器を片付け始めると、悟空がそれを手伝う。
「どうしたんですか?珍しいですね」
「メシ、すっげーうまかったからvv」
「それはよかったです」
何だか、噛み合ってるんだか合ってないんだかわからない会話をしながら、二人で片付ける。
八戒が洗い物をしている後ろでは、すでに三蔵と悟浄が酒を飲み始めていた。
「僕の分取っといて下さいよ〜」
「わかってるって」
「俺、腹いっぱいになったら眠くなってきちゃった・・・・先寝るな」
「けっ、ガキ」
「うるさいな〜!お休みっ」
「お休みなさい、悟空」
隣の部屋へ、眠い目を擦りながら戻っていく悟空。
八戒は洗い物をすませると、三蔵の横---指定席に座った。
「注いでくれます?三蔵」
「・・・・ほれ」
両手で持ったグラスに、片手で注がれる琥珀色の液体。
氷も何も入れず、八戒はストレートで一気に煽った。
「・・・・やっぱりおいしいですね〜いいお酒は」
「三蔵の酌だからだろ?」
「あはは、やっぱりわかっちゃいます〜?」
「そりゃもぉ。俺にも注いで?」
「てめぇ・・・・」
「じゃあ悟浄には僕が注いであげますよvv」
「・・・・いい」
「え〜どうしてですか?」
「薬とか入れられて眠らされそ〜だから」
「そんな事しませんよ、やだなぁ。はい、グラス出して」
とくとくと小気味いい音を立てて注がれる酒。
三蔵はさっきから黙ったまま、目の前のグラスに視線を落としていた。
「どうかしたんですか?」
「あ?・・・・いや、別に」
「せっかく悟浄の奢りなんですから、飲まないと損ですよ?」
「そうだな」
「お前ら・・・・」
「はい、三蔵」
にっこりと瓶を掲げられて、三蔵は酒を受ける。
こんな風に注いだり注がれたりして飲むのは、そう言えば初めてかもしれない、と思った。
「・・・・あ〜もぉいいや俺・・・・寝るわ」
「どうしたんですか?悟浄ともあろう人が」
「何かすっげぇ眠いし。あ、これもらってくな?」
ナイトキャップ用にと買ってきたバーボンの小瓶を取り上げる。
「これ飲んで寝るわ。お休みィ」
「お休みなさい」
それが悟浄なりの気遣いなのだと、八戒にはわかっているから。
引き止めもせずに見送った。
「さて・・・・と。飲み直しますか?」
「ああ・・・・」
何時の間にか窓際に立っていた三蔵に、そっと近付いてグラスを差し出す。
「ああ・・・・星、綺麗ですねぇ」
「・・・・そうだな」
「外、出ませんか?お酒持って」
「・・・・いいな」
寒い、とか。面倒臭い、とか。そんな言葉で拒絶されるだろうと思った申し出。
八戒は驚いて顔を見つめ直した。
「何だ」
「いえ・・・・あったかくしていかないとですね」
毛布と、まだ半分以上残っているスコッチの瓶と、グラス二つ。
それだけを持って、宿の裏手にある小さな丘へと向かった。
「・・・・寒いな」
「そうですね〜さすがに冷えますね。毛布、予備の分も持ってきてよかったですね」
「ああ」
二枚重ねて敷いて、その上に座る。
三蔵に毛布を渡そうと延ばした手が止まり、そのまま逆に手を取って抱き寄せた。
「わっ・・・・八戒?」
「くっついてた方が暖かいでしょう?」
足の間に三蔵を抱えて座り込み、毛布を被る。
「・・・・背中、あったけー・・・・」
八戒の体に凭れるように背中を預け、毛布とその温かい腕に包まりながらグラスに注いだ酒を飲む。
「僕も凄く暖かいですよ」
三蔵の体温と、酒のせいで。かなり体が温まってきている。
「なぁ・・・・本当に呆れないか?」
「え?」
「・・・・甘えてもいいか?」
「はいvvいくらでもどうぞvv」
ゆっくりと、顔だけ振り向かせて。
三蔵は触れるだけのキスをした。
「・・・・お前からもして」
「・・・・はい」
八戒は嬉しそうに笑って、深い絡め取るようなキスを。
唇が離れて、照れたように俯く三蔵を抱き締める。より一層、強い力で。
「俺は甘える事に慣れてないから・・・・」
「そのままの貴方がいいんですってば」
「また我侭言うぞ?」
「貴方の我侭なら喜んで聞きます」
「素直になれないぞ?」
「何を言いたいかなんて、僕はわかってますから大丈夫です」
「・・・・一回しか言わねぇからな?」
「はい?何です?」
「・・・・またこうして一緒に星を見たい・・・・」
「・・・・・・・・・・・・はい」
そうして振り向いて、もう一度触れるだけのキスを。
「今日は素直なんですね」
「・・・・酒のせいだろ」
「・・・・くす。そう言う事にしておきますね」
くすくす笑われて、それでも抱き締められた体が心地よくて。
三蔵は黙って目を閉じた。
------愛してます、貴方だけを。
その言葉に少しだけ泣きそうになったなんて、八戒には絶対に言ってやらない。
◆ アトガキ ◆
『Westside Hero』様のゴロ番を踏み、おねだりを致しましたv
…踏んだの「3838」だったですけどね…当然83で描いて頂いて…
リクエスト内容は”「三蔵が八戒に甘える(でも出来ない)」というジレジレ”
「こんな三蔵見てみたいv」と思っていたら…見事にその願い叶いました…
るなさん、ありがとうございます
しかも、あの後ろ抱っこ………