砂塵行 
 砂漠のあちこちにあるような岩場だった。近隣の者も殆ど通らぬ乾いた砂漠の道。干し草同然の草が僅かにおい生えた、赤茶けた岩肌。ひび割れが続き、風が吹き付ける度にぱらぱらと剥落片が落ちる。
 岩場の周囲にそって移動する三蔵一行のジープにもそれは当たり、時折「パチッ」という音を立てて同乗者達の顔にぶつかる。

 そんな中で紅孩児の刺客が三蔵達を襲った。
 いつものように、4人がばらばらにそれぞれの目の前の敵を倒して行く。間違えて「味方を攻撃しないように」という配慮からではなく、ただ自分の目前に立ちはだかる者を排除する為に。その為に三蔵達は自分の前方向かう。突き進む。
 砂漠に赤い花が咲き、すぐに染み込み乾いて行く。
 立ち上がるだけの体力のある刺客がいなくなった時、それはまき起こった。

「伏せろ!竜巻だ!」
 驚くほど目の前に、巨大な竜巻があった。黄塵に染まった空に、竜のように身をくねらせる竜巻。大地を震わせ、全てを巻き上げようとする風。
 八戒の頬を石が弾き、皮膚が破れた。その痛みに我に返り三蔵の姿を目で追う。…遠い!甲高い悲鳴を上げてジープが懐に飛び込む。目にも口にも砂が入り、ただうずくまるしか方法がなかった。砂上に伏す自分の身体が強い真空の力に持ち上げられ…天地が判らなくなる。同行者達の声も風の音にかき消された。


『…三蔵!』

 じりじりとした灼熱感に、三蔵の意識が戻った。
 見上げた空には太陽だけが見える。地平線は、ただ白く乾いた砂漠が続く。身を起こすと、頬に金髪が張り付いていたことに気付く。
 どうやら竜巻に巻き上げられ、ばらばらに放り出されたらしい。
「悟空!悟浄!どこだ!!」
 大声を出そうとして、枯れた喉に咳き込む。
「八戒!!返事をしろ!無事な奴はいねェか!?」
 見渡す限りの砂漠に、返答を返す者はいない。そしてすぐに、同行者の中では自分が一番「生き残る体力の弱い」存在であることを思い出す。
「…チッ!」
 節々の痛む自分の身体に対して、心の中で悪態を一通り投げつけて嘆息する。
「まあ、オレが生きてんなら奴らも生きてんだろ」
 自分の居場所も、奴らの居場所も判らない。探して貰う為にひとつところで待つなど、この砂漠では無駄だ。自分の性にもそれは合わない。
 …ならば自分の為すべきことを為すだけだ。
 三蔵は歩き出した。
 西へ向かって。

 八戒は岩場に叩き付けられた瞬間に意識を取り戻した。
 背中に激しい痛みが走るが、やがて呼吸が出来るようになる。肋骨が骨折して肺を傷つけるようなことになっていたら、目も当てられないことになるところだった。自分の身体の無事を確認していると、胸元から小さな動物が顔を出す。
「ジープ!無事だったんですね。良かった」
 どうやら自分の身体は、天高く舞い上げられ、上下に振り回された挙げ句に落下したらしい。上空何百メートルもの高度から落下する可能性もあったのだ。幸運だった。他のみんなは無事だろうか?
「…三蔵!悟空!いますか!?悟浄、いたら返事をしてください!」
 暫く耳を済ますが、返答はない。
「さーて、ジープ。活躍して貰いますよ。急がないとね。三蔵法師の干物なんて見つけたって御利益ありませんからね。干し肉悟空も、お皿の乾いた悟浄も、僕は御免ですからね」
 飼い主の巫山戯た言い種に真摯な調子を聞き取ったジープは、空を高く一回転して変化した。
 八戒はクラッチとアクセルとブレーキを同時に踏み込み、キーを回す。エンジン始動と同時にブレーキから足を離すとジープは未だかつて無い急発進をした。

 ヴォン!!

 砂が爆発を起こしたように広がる。
 元いた場所からどれくらい、どちらの方角に飛ばされて来たのかも定かではない。取り敢えず、この地点を中心としてぐるりと周囲を探してみよう。それで見つからなければ……。
 心が馳せた。三蔵の向かうであろう方向へ向かって。
 西へ。

 跳ねる小石を避けるために、それまで身体に巻き付けていた被布が残っていたのが幸いした。日差しがきつい。薄い絹の布地では完全に日を遮ることは適わなかったが、無いよりはマシだった。
 全身は砂でざらざらだった。
 太陽がゆっくりと動く方向に向かって歩いていたが、やがて自分の汗が出なくなったことに三蔵は気付いた。
 このままでは脱水症状を起こす危険がある。
 上からの陽光と砂地に反射する光で、周囲は殺人的な光に満ちている。この砂漠では、日中は70度を超えることもあるという。三蔵は砂丘の凹凸に日陰を求め、砂を掘った。僅かな影だが、それでも直接日光に焼かれる皮膚の痛みは減る。…日陰で、50度近いだろう。
 体中に被布を巻き付けると、三蔵は眠ることにした。もう一度目覚められる確証はないが、このまま歩き続けるよりは、生存の確率が高いだろう。

 「フン」
 鼻で笑おうとしたが、ひゅうっという微かな空気の漏れる音しかしなかった。

「参ったね」
 悟浄は盛大にため息を付いた。意識を取り戻した時、自分の身体は砂に半分埋もれかけていたのだ。そのまま茫然と転がっていたところ、身体の下に動くものがある。飛び起きると自分の傍らにあった刺客の死体が、流砂に飲み込まれる所だった。慌てて自分の身体を砂の重みから助け出し……。
 見渡せば、死体。
 どうも地形は先ほどとは変わっているようである。砂と、ごつごつの岩。そして転がる死体。
「俺、何処に来ちゃったのかしら」
 死体の中に、知己の顔の無いことをひとつひとつ確認して歩く。強烈な竜巻に、衣類を殆ど失ったまま事切れている者もいた。全身の骨が粉砕されているのではないかと思えるような死体もあった。
 決して気分の良いものでは無かったが、その検分は続いた。
「…これで最後かな」
 足の先でひっくり返した死体の顔を確かめる。
「…ま、殺したって死ぬようなヤツ等じゃないのよね」
 奇跡的に残されていた煙草に火を付ける。深く吸い込み吐き出された煙が、消える。死体は、日差しにあっという間に水分を奪われて行った。干からびた皮膚の感触が手に残る。
「いくら美人でもひからびちまったらお仕舞いだかんなあ。俺の助かったのは普段の心がけがイイから当然として、ヤツ等はなあ…」
 手をかざして、太陽を見る。白く激しい光。むき出しの腕に、肩に、風と共に砂つぶてが当たった。日焼けに弱そうな色白な顔を思い出す。
「…心がけの悪いヤツ等を、さっさと探しに行きましょっか…」
 煙草を肩越しに投げ捨てると、歩き出す。強情な金髪美人が、何が何でも向かっているであろう方角に向かって。
 西へ。

 喉の痛みに三蔵は目を覚ます。素肌は乾いて砂で真っ白だ。唇がひび割れている。
 …まだ日が強いのか。
 ロクに出ない唾液を、無理に飲み込み、自分に強いて目を瞑る。
 まだだ。夜になるまで待たなければ。今歩き出した所で、すぐに暑さで力が尽きる。もう一度砂地を掘る羽目になるだけだ。それだけ体力の無駄になる。
 薄らと目を開けて、もう一度太陽を見る。僅かに昼の真っ白な光からは変化している。
 もう少しだけ、目を閉じていよう。
 焦る自分の心を止めているのか、自分の体が休息を求めているのか。それすらも判らずに一層深く被布を顔に被る。

 脳裏に、脳天気な旅の連れ達の顔が浮かんだ。 

「気付いたかね?」
「…ここ、どこ?俺は一体…三蔵!三蔵は!?三蔵はどこだよ!?」
「急に動いちゃならんよ。ほら、水を飲みなさい。あの竜巻に巻き込まれて、よく無事だったものだ」
 水の満たされた椀を見て、悟空は自分の喉が乾いていたことに気が付く。受け取った水を一息に飲み干して、目の前の老人に問いかける。
「俺と…一緒に竜巻に遭った奴らがいるんだけど。見なかった?」
「わしらがあんたを見つけたところには、他には誰もおらなんだが」
「そっか。助けてくれてありがと!じゃあ、俺探さないといけないから」
 礼を言うと、飛び起きて走り出す。どうやら砂漠の遊牧民のテントに寝かされていたようだ。
「三蔵!三蔵!!何処だよ三蔵!」
 強い声で呼び止められて、悟空は振り向いた。
「ここからずっと先の方に行くと、大きなオアシスの街がある。この辺りの道は全てその街へ通じておる。人を捜すならそこへ行った方がいい」
 老人は遙か彼方に指を向ける。
「ありがとう!じいちゃん!」
 言うが早いか悟空は走り出した。老人が指した赤みを帯びてきた太陽に向かって。
 西へ。

 三蔵は夢を見た。
 普段神経に障ることばかりする、旅の同行者達。自分の下僕。

 そんなに馴れ馴れしくオレの名を呼ぶな。オレを誰だと思っている。
 一番自分の名前を呼ぶ回数の多いヤツ。語尾を伸ばして呼ぶな。繰り返し呼ぶな。一度で聞こえる。大体お前はしつこいんだよ。見つけてやったじゃないか。どうしてまだ呼び続けるんだ。
 オレの肩に腕を掛けるヤツ。オレに向かってそんなにずうずうしいことしたヤツは、今までいねェんだよ。身分が違う。オトモダチじゃねェんだ。払いのけてもまた腕を肩に掛けやがる。学習しやがれ。
 当然の様にオレの隣にいるヤツ。先に座っておいて、オレが隣に座ることを当然の様に待っていやがる。ナニ様のつもりだ。オレは自分の都合でそこへ座るだけだ。名前ひとつ呼ぶのに沢山の意味を含ませやがって、こちらに読みとらせようとする。省略し過ぎだ。横着だ。
『三蔵』
 囁くように名を呼び、手を差し出す。

 その手を掴もうとして、目が覚めた。

「おう、悟空」
「悟浄!三蔵は!?」
「…お前ね、俺の無事を喜びなさいよ」
「だって殺したって死なねえもん。三蔵見なかったのかよ!俺、こっちの方角に街があるって教えて貰ったんだ。人探しするなら行ったらいいって」
「俺はとにかく予定の方角に向かって歩いてただけだ。途中で道にぶつかったからまっすぐに来たんだが…」
「じゃ、みんなこっちに集まって来てんだな!?」
「どんどん道が大きくなって来てるからな。こっちに向かうだろ」 
「じゃ、急ごうぜ!三蔵いるかもしれないんだろ!?早く探さないと…」
 少しでも早く三蔵の元へ行きたい悟空は、煙草に火を付ける悟浄が眉を寄せたことに気付かない。
 『無事でいるなら急がなくてもいい。
  いないかもしれないから、早く確認する必要がある』
「…とにかく、行くか」
「悟浄、遅えよっ!!」
「はいはい」

 目蓋の向こう側が眩しくなくなる。三蔵が起きあがると被布に積もっていた砂が音を立てて落ちた。髪からこぼれた砂が目に入る。口の中もざらつく。
 それでも空を見上げた。
 赤い赤い太陽。黄塵の空が茜に染まり、沈殿して行く。続くのは透明な青、群青。星が姿を現す。一気に空気が冷えて行くのが判った。
 寒さに身震いをすると、先ほど見た夢が微かに蘇った。手だ。温かい手。途中で消えた…。
 折角このオレが手を伸ばしてやったというのに。
 立ち上がり、膝に力を込めて歩き出す。前方にはただ黄昏の空。

 ああ、まだオレの名を呼ぶ声がする。

 道の遙か彼方から灯りが近付く。
「おい、アレ…ジープ?」
「八戒…八戒!!」
 腕を振る悟空と悟浄のふたりの前に、ジープが止まった。
『三蔵は!?』
 三人の口から同時に発せられた名前に、年長ふたりは苦笑する。
「街にはまだ到着してません。僕はこれから別の道を探します。悟浄達は街で待機していて下さい」
「八戒!俺も行くよ!!」
「三蔵とすれ違うかもしれないんですよ。街で待っていて下さい。悟浄も」
 珍しく強い口調の八戒に、悟空も素直に従う。悟浄はその声に焦りを聞き取る。
「おい。気イ付けて行けよ。うっかり三蔵サマ轢いたら洒落にもなんねえ」
「…ええ。気を付けましょう。じゃあ行って来ます」
 悟浄に気を遣われたことに気付いた八戒は、また苦笑を漏らす。が、すぐに前方に視線を戻す。エンジン音と砂煙が続く……。
「ナニ?あの急発進は。まじ轢くかもなあ」
「悟浄ー!早くしろよおっ!」
「ったく、しょーがねえのなあ。お前らは」
 きっと出会えるだろう。既に3人は会えたのだから。肝心のクソ坊主と会えない筈がない。自分が煙草に火を付ける手が、先刻よりゆっくりしていることに悟浄は気付いた。
 …そっかあ。俺達刷り込まれちゃってんだなあ。
 『西へ』って…

 北斗七星を右手に進む。左手には月が昇って来ていた。
 オレは、オレの進むべき道だから、進んでいるだけだ。なのにどうして声が気になるのだろう。こんなにも焦る気持ちで足が進むのだろう。いや、ちんたら歩いていたら野垂れ死ぬだけだ。だからオレは進むんだ。

 名を呼ぶのはやめろ。気になる。気が急く。
 …本当に自分の名を呼ばれるのを耳で聞きたくて。
 手を差し出すのはやめろ。すぐに消える幻のくせに。
 …巻き付けた布地を通して、全身の体温が奪われて行くのが余計に判る。余計に寒くなる。

 満天の星が、月が、砂漠を照らす。夜だというのに自分の影さえ見える。道標となる星は、余りに遠く感じられる。
 以前はひとりで旅していたのだ。たったひとりで孤独な旅を。

 一際、寒さを強く感じる。喉が乾いて痛い。砂地を歩いた所為で膝が疲れた。唇が割れて血が出る。……乾き死にを目前にしてこんなことが気になるなんて、オレも甘やかされたもんだ。

 誰の所為だ?誰が甘やかしたんだ?
 甘やかした責任くらい取りやがれ。


 その時、光が目に入った。

 八戒は街へと収束される道を何度も走った。砂漠へと迷い込みたくなる衝動を抑えながら、探し残しがないように、目を皿にして走った。
 北斗七星は常に左に。そうすれば、目指す人が向こうからやって来る筈だから。
「あれも一種の莫迦のひとつ覚えですかね。こういう時には役に立つもんですね」
 腹立たしささえ感じてくる。自分をこれだけ焦らせる相手に対してか。走るしか手だての無い自分に対してか。
 道沿いに三蔵を捜すということは、三蔵が生きて歩いていることを期待してのことだ。もし、砂漠のど真ん中に死んでいたとしたら……。
 八戒は、ぶるっと頭を振った。
「冗談じゃないけど。…その時はしょうがないから探しに行ってあげますよ。僕が野垂れ死ぬまで探してあげますよ。でも……生きてなかったら承知しませんからね」

 ふと、何か目にかすった様な気がした。慌ててジープを止めようと思った瞬間、銃声が闇を切り裂いた。

 ジープのエンジン音だ。近付くライトが、もしかして通り過ぎてしまうのかもしれない。
 一瞬そうも思ったが膝が折れそうで走り出せない。枯れた喉も大声を出せない。自分の腕が、求めるように前に出てしまったことに気付いた三蔵は、自分を嗤った。
「オレもオレだがな。このオレにこれだけ苦労させる下僕も下僕なんだよ!」
 思った瞬間、一番自分らしい行動が自然と出た。

 天へ向けて銃を発射する。一発。車が止まった。もう一発。
 腕を真上へ向けるのも疲れ、垂らす。前進しようとした足も膝から力が抜けがちで、もつれそうになる。座り込むのだけは、よせ。自分で自分に言い聞かせる。
 ただ傲慢に胸を反らして立つ自分の姿を、ジープのライトが照らし出すのを待った。

「三蔵!」
 八戒が駆け寄る。腕を差し出して来る。デジャヴの様な違和感が走り、その腕がまた消えてしまうのかという一瞬の恐怖が三蔵を襲った。
 が。
 次の瞬間、強く抱きしめられる。痛みさえ感じるくらいにかき抱かれる。身動きもままならずに、戒められているかの様な錯覚さえ起こる。
「こんなに人を心配させて…!」
 八戒の苦情が聞こえたが、その腕の優しい戒めに全身の力が抜けた。
「三蔵!三蔵!?」
 八戒はくずおれる人を抱き上げてジープへ運ぶ。革袋に詰めた水を唇に含ませ、顔全体に水を掛けてやる。そのうちに三蔵の手が革袋に奪うように伸びた。貪る様に水を飲む。

 八戒は、銃声を聞いてから三蔵の姿がライトに照らされるまで、そしてその影が長く伸びて行くのを見るまで、自分の鼓動が煩く感じられるくらいに緊張していた。
 三蔵が道を外れていたという恐怖感。それでも近付いていたという喜び。遂に発見したという安堵感。その身体を抱きしめた瞬間にわき上がった不条理な怒り。

 ようやく、声を出せるようになった三蔵が、不機嫌そうな顔で言った。
「…遅ェんだよ」
 銃を持った左腕ごと、全身をぐったりとシートに沈めている。目だけはいつもの強い力を持っているが、髪はばさばさで埃だらけ。水を掛けた所為で、顔のところどころが泥っぽい。唇もひび割れて血が滲んでいる。
 これだけみすぼらしくなってしまった三蔵を見ることも珍しい。いつかジープごと川に落ちた時以来かもしれない。八戒はそう思いついて、自然と笑みをこぼした。
「すいませんね。でもこちらも必死だったんですよ。…下僕にご褒美は?」
「あ?」
 一瞬跳ね上がった三蔵の眉が、急に痛む唇を圧迫されて寄せられる。横暴な接吻けはすぐに優しくなり、肩と頭を包み込むように腕を回される。
「…あんまりにも余裕がなかったんですよね、走り回っている間。全く心臓に悪い人ですよね。エラそうだし」
 接吻けの合間合間に甘い声で苦情を申し立てられる。三蔵は息を継ぐのが精一杯だった。時折唇の傷に歯が当てられて痛む。
「下僕が文句を言えると思っているのか。後で覚えてやがれ」
 そう、心の中でだけいうと、右手を八戒の背中に回した。

 悟空は道に面した場所で眠っていた。宿で借りた毛布を纏い、座ったままで眠っていた。
「おい、起きな。悟空。…サル!」
「…んだよ。サルサル言うなよ…」
「いーのかよ。お出迎えする為にここにいたんだろ、チビ猿ちゃんは?」
 笑いを含んだ悟浄の声に、はっと気付く。足で突っつかれていた様だが、そんなことは気にもならなかった。悟浄は明るむ空の方角を眺めている。
「ホーラ、あの生臭坊主が簡単に死ぬ訳ぁねえんだよ…」
 彼方に黒い点が見える。悟空は走り出した。どんどん大きくなるジープの影。
 朝日が昇る。
「ったく、仰々しいご登場だぜ。御来光と共に帰ってくるなんざ」
 悟浄はゆっくりと、影に向かって歩き出した。もうジープに乗るふたりの姿がハッキリと見える。ハイライトを口にくわえ火を付ける。丁度パッケージが空になったところだった。くしゃ、と片手でそれを捻ると、背中の方に向かって投げ捨てる。お行儀に煩いヤツが来る前に捨ててしまえ、と思って投げたのだが、何となく振り向いた。パッケージが風に吹かれて転がって行く。

 その行方を暫く見ていたが、悟浄はまた歩き出した。
 ジープのふたりと、駆ける悟空と、朝日に向かって。














 終 







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