ROSE OF ROSES
花を咲かせよう
きれいな花を
大事に大事に見守って
僕にその蕾を触れさせておくれ
僕の手の中で開いておくれ
僕だけにその香りを聞かせておくれ
僕だけに手折らせておくれ
◇
なんでもない平和な日だった。
その日はポーカーで買い出し係が珍しくも三蔵に決まり、不機嫌な彼のお手伝いに僕がお供する事になったのだ。消耗品といってもそれらは相当な重さになり、市場の外れで一旦待たせた彼と荷物を、僕がジープで拾う事になった。
「ねえ、このまま少しドライブしませんか」
「どうせいつだって長距離ドライブしてんじゃねェか」
呆れた様に三蔵に掃き捨てられる。やっぱりダメですか?折角ふたりきりなのに。後部シートは荷物の山だけど静かにあなたと過ごせるのが嬉しくて、その時間を少しでも引き伸ばしたくて……
「…悟浄が煙草を待ち兼ねてるしなあ…するか」
「え?」
「ドライブしてやってイイって言ってるんだよ」
なんてことはない、ちょっとした回り道。でも空は明るく風がそよいでいる。少し街から離れると、木々の緑や小鳥の鳴き声に溢れている。こんな静かなところへあなたと来られるなんて。
「たまにはこういう気分転換もいいですね」
「たまにはな」
無愛想な返事のあなたも普段より眉間の筋肉がリラックスしている。素直じゃないなあ。暗い茂みを通り過ぎ急に光が刺し込むと、そのまぶしさに目を細める。
瞳の色がよく変わりますね、あなたは。太陽の下、今の瞳はとても明るい色をしてますよ。
こっそりと思いながら横顔を眺める。口に出すときっと怒り出すから。しばらく緑の中を走り進むと、丘の上に出た。先ほどの街が一望できる。
「三蔵、ほらきれいですよ」
「ただの街じゃねェか」
そんなことを言いながら車から降り立ち、ゆっくりとした仕草で好みの煙草に火をつける。金糸が陽光と風にさらされて、表情よりも生き生きとして見える。本当に光りの似合う人なのだ。薄暗い寺院の生活で日焼けに縁遠かったのが急に幌もないジープでの旅…。
色白さは保たれているけど少し髪の色が明るくなったかな?
触れてみたくて、腕が少し動いた。こういう時にあなたや悟浄のように煙草でも吸えば、手持ち無沙汰が誤魔化せるのかもしれない。
僕は草の上に寝転がって伸びをする。
今はあなたが一緒にいてくれるだけでしあわせだから、いいか。
気持ちのいい風を受けながら、きれいなあなたを見ていられるから、いいか。
「気ィ抜き過ぎてんじゃねェよ」
そんなことをいいながらあなたも僕の隣に座る。何もしないで、何も言わないで過ごす時間。ゆっくりと綴れ織りが成されていく様に、きれいな模様が浮き上がっていく様に。そんな貴重な、貴重な時間。
ふと、すぐ傍に小さな野の花があるのに気付く。少し可哀想だけど手折ってしまう。くるくると指で弄ぶと、薄い花びらがひらひらと躍る様だった。
何も言わずにそんな僕を眺めるあなたの髪に挿す。イヤがられるかな?さすがに。ああ、僕も余分な事は言わないほうがいいのに…
「三蔵は花も似合いますね」
「けっ」
でも、予想とは違って花をつけたままでいてくれた。手折った花が可哀想だったから?見つめる僕にさすがに居心地が悪そうだ。こんなに気持ちのいいところで不機嫌にさせないように、目線をそらす。
ああ、空がきれいだ。深呼吸するとすがしい気分になる。僕は目を閉じ、広々とした大地を感じる。
ふと、翳ったような気がして目を開ける。三蔵の顔が目の前にあった。
「花代を支払わないとな…」
そっと僕の唇に触れた。
三蔵、少し頬が紅潮してる?嬉しさで僕ははじけそう。そのまま腕を伸ばしてあなたを引き寄せる。
「調子に乗るなよ」
「はい、でもちょっとだけ」
「ちょっとだけだからな」
調子に乗るなと言われても、やっぱりちょっと乗っちゃいますよ。だってこんなに幸せを感じられる事なんて滅多にないです。僕はあなたの頬に触れ、顎を持ち上げるとまた接吻ける。
あなたの瞳に自分の姿が映る喜びを、あなたも感じてくれるのだろうか。
「オマエの瞳…森の色だと思っていたけど、明るい草の色だったんだな…」
三蔵はそうひとこと言うと、また僕の胸の上に顔を降ろし…。目を閉じた。
◇ end ◇
□■□ おまけ □■□
「八戒ーーー!」
荷物を降ろす僕に悟浄が突っかかってくる。
「俺はな、ずーーーっと、ずーーーーーーーーっと、お前が戻ってくるの待ってたんだぜえ!それなのに、ナニ!?気分が良かったからってドライブだってえ?ちょっと俺達の関係も冷えてきたってカンジィ?」
「ああ、ごめんなさい。でも煙草を待ちわびてる悟浄のお陰で、三蔵、ドライブを了承してくれたんですよねえ」
「ナニゴトよ、それ」
確かに煙草を切らしたのは可哀想だったみたいだ。反動でさっきからずっと吸いっぱなしになってる。すねてる悟浄は、まだしつこくからんで僕の首をホールドすると、そのまま声を顰めてにやりと笑う。
「でえ?ドライブ誘ってえ?八戒だけ頭に草っぱがついてんだけどお?お前、折角おでーとしたんだったら押し倒して相手にハッパつけさせて来なさいよね」
戯けているのは分かっているけど、時折悟浄には仄めかされる。
「押し倒すだけがデートじゃないですよ、悟浄。相手を上にさせるってのもテクニックでしょう」
僕は済ました顔でそういうと、悟浄の腕をすり抜けた。
振り向いて悟浄の顔が驚愕に固まっているのを確認すると、僕はひとり、笑う。
ああ、今日は楽しかった、などと聞こえよがしに独り言など言いながら。
□■□ ホントにおしまい(笑) □■□
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