夢も見ない深い眠りの中、腹部への急な圧迫が痛覚を訴える
四肢まで動かない
耳を揺るがす騒音

「…朝っぱらから人のことコロス気かーーーーー!」

なんとか重りを振り払って起き上がった三蔵が叫ぶ
とたんに嬌声を上げながら逃げて行く子供達(プラスαのおサル1匹)

A CHANPAGNE RHAPSODY 3−シャンパン狂想曲−



「悟空、てめェ!なんでオマエまで俺の上に乗っかってたんだ!!
覚えてやがれ!!」
「すいませんねーーー
なんとか朝食済むまではこの部屋に入らせるの、止めてたんですけど」

ベッドの上、立てた片膝の毛布に顔を伏せて息を整えていると、たった今悟空と子供達が走って逃げていったドアの影から八戒が顔を覗かせた
ぐっすり眠っている三蔵を置いて、八戒は朝食の仕度から店の仕込みまで済ませたらしかった
自分より遅くまで起きていたであろう八戒が血色よく過ごしているのが気に障った
時計の針はまだ8時を指している
それでも三蔵はそこそこ睡眠時間を摂れた計算だ

「あの子達、三蔵のことかなり気に入ったようですよ
『おじちゃん』ってのも、そう大して悪気があったわけでもなさそうだし…
悟空は楽しく昨日の一日過ごしたみたいですねえ」
「…楽しく?

ピクリと跳ねあがった三蔵の蛾眉に八戒は苦笑する

「今日も三つ子を引き連れて、朝食の前にどこか行ってたみたいですよ
ほら、見てください
三つ子達のお土産ですよ!
昨日の三蔵を見て、わざわざ譲って貰ってきてくれたんですから」

コップに数輪の紅ばら…
丹精された大輪の花は、部屋中に香りを漂わせている
昨晩仕立て直しの際に八戒が「紅いばらがあれば」と悟空に話しかけていたのを思い出した
そうか、そうか
八戒も悟空も、三つ子も店長もあの美女も、ついでに悟浄も、みいんな仲良く通じ合っていて羨ましいこったなア!
昨日、八戒までもが自分に味方してくれなかったことを改めて思い出してしまった
開き直って、思いっきり傲慢な顎の角度で聞いてみる

「おい、今日は何をどうすればいいんだ?」
「三蔵…怒ってます?」

怒らいでか!?

「そう…今日の開店は昼の部11時から2時まで、夕の部5時から11時まで
そういうことでね…僕、開店前の10時まで時間貰えたんです」

そういうと八戒は三蔵のベッドに膝をかける
窮屈そうに木のきしむ音がする
八戒はそのまま三蔵の両脇に腕を伸ばし乗り上げてきた

「なっ…」
「あと2時間、ちょっとエネルギーの補給させてください」

そのまま毛布越しに三蔵の膝を割り進むとのしかかって倒れ込む
全身を全身で抑えつけられた格好の三蔵は身動きが取れなくなる
三蔵の金糸に顔を埋めたままで八戒は囁くように続けた

「あなたの分の朝食は厨房に残ってますから、ご自分で暖めてくださいね
僕も疲れてるんです
ちょっとくらい僕の安眠枕になっててくださいね
僕は昨日から全部あなたの為に働いてるんですからね
少しぐらい言うこと聞いてくれても罰はあたらないと思うんですよ」
「コラ!?
俺の為だと!?
単なる嫌がらせで遊んでいただけだろーがッ!
コロスぞ、八戒!八戒!!」

…まあ、相当楽しんで遊んだのは事実ですけど…
全部あなたの為にしたということも事実なんですよ
あなたが「頼む」なんて可愛らしいことを言うから頑張ったのに、怒られちゃうなんて割りに合わないなあ
平和な時くらい、平和な楽しみを見付けてもいいじゃないですか
八戒はもう全てを口に出さずに、自分の下で暴れる麗人の体温を楽しみながらひと時の眠りにつくことにした




やっとのことで自分より重たい人間の下から逃げ出した(逃げ出す!このオレサマが!!)三蔵は やっと朝食にありつけることになった
洗いざらしのシャツとジーンズに着替えて厨房に立つと、ちょこちょこと小さな影が寄ってくる

「お寝坊だなあ、さんぞうは」

気に障ることを言いながらも3人で小鍋を火にかけて粥を暖め直し、葱や添え物のピータンなどを素早く刻み出す
3人は暖めた壷皿に粥を入れると蓮華や椀まで手際よく三蔵の前に並べた

「へえ、お前達、小さいのに慣れてるなあ」
「あったりまえじゃん、ごくう
毎日見てるもん、おれ達をなめてんなー?」

毎日の様に八戒の料理する姿を見ているのに、何ひとつとしてその手順を覚えられない三蔵と悟空は自分たちのことは棚に上げることにした
三蔵が遅目の朝食を摂る間、それを見守りながら悟空と三つ子達はしゃべりっぱなしだった

三蔵の注文の取り方が無愛想だったとか
結局村中で足腰の立つおばあちゃんは全員来ていたとか
酒を注いでる姿勢に有ってもお数珠を持って拝まれると反射的に礼を返していたとか
三蔵の腰を撫でようとした酔っ払いの男がいたが、何故かその瞬間だけ八戒が飛んできて鉄串で手をしばいて去っていったとか…
八戒にしても、悟空と子供達にしても、よく見ていたものである
しかし、話のカモにされている三蔵本人はたまったものではないので、ただひたすら粥を口に運ぶ

「でねえ、おれたち見てたんだけど、中々すじがいいよ
さんぞうもごくうも、いっそここにずっといてよ」

粥と一緒に空気を思いっきり飲み込んでしまい三蔵はむせる
背中をさすりながら悟空が子供達に旅の途中であることを説明する

「ここも居心地いいけど、俺達行かなくちゃいけないんだ」
「そっかー、淋しいけどしょうがないね」
「かあちゃんもがっかりだろうなあ」
「おれ達にとうちゃん捕まえてやるって張り切ってたんだけどなあ」
「と…とうちゃん…!悟浄のことかあ!?」

肯き合う子供達の会話に、むせ込みが止まらなくなった三蔵を、悟空と子供達は呆れて見ていた




宣言通りの時間には既に働き始めた八戒は、三蔵の衣装を整えることにも余念がない
今日の衣装は白のメス・ジャケット
これは燕尾服の後ろがカットされた丈の短いジャケットで腰のラインが全て出る
カマーバンドやカマーベルトではなく深紅のサッシュベルトを左脇で結んで垂らすことにする
襟元にはタイの替わりの遊び心の金鎖と紅ばら
ディップで濡れたような輝きを髪に与えて毛先を遊ばせる

「八戒、オマエは俺の嫌がることがそんなに楽しいのか」
「やだなあ、三蔵、誤解ですよ
やるからにはカンペキを目指さないと…」

鏡の中の八戒は『思いっきり楽しいです』と雄弁に目が語っている

「だって三蔵ったら似合うんだもんなあ…」
「やっぱりずっとここにいればいいのに」

子供達と勝手な会話を交わす悟空の頭にハリセンを飛ばす

「ええとですね、こういう人だから客商売には不向きなんですよ」
「不向きなことをさせるのに一番前向きなヤツが好きなこと言ってんじゃねェよ」

鏡越しに凄むのと同時に店長がまた声をかける

「時間だア!出てくれ、三…」
「それはヤメロっ!」

「…ちゃん」を口の中に仕舞い込んだ店長は厳かに言い直した

「お時間です、お願い致しますです…」

そして、働きながら三蔵はあることに気付いた
夕べは相当チップを貰ったはずである
手に押し付けられたものもベルトに挿し込まれたものも合わせると相当な金額になるはずである
あれをタダ働きの代金に充当すれば、ここにいる期間も短く出来るのでは…
思いかけたところで、目の前の椅子に座る男が白い包帯を巻いているのに気付く

「なんだオマエか、……ご注文は?」
「片手で食べやすい物を…」

一瞬ぬか喜びをした玄奘三蔵法師は現実に引き戻された
そう、代理の料理人と例の子持ち美女が戻らないことには開放されないのだった
早く戻って来い、悟浄
早く2人とカネを持って戻れ
…そしてイッパツ殴らせろ…

開き直りとふて腐れ度がMAXになってしまった三蔵は、休憩時間に酒を要求した
昨晩と今日の昼間のチップで相当良い酒が飲めるはずだ、と

「こうなると思って夕べ隠したんですけどねえ」
「フン!飲まずにいられるかってんだ
飲まれなきゃいいんだろ!」

体力回復した三蔵は、燻製の魚や肉をつまみにワイルドターキーの18年ものをロックでかぱかぱ飲み出した

「こうなると思ったんですよねえ…」
「フン!オマエがここまで底意地の悪いヤツだとは知っていたがな!」

ろれつこそは回っているものの、ワイルドターキーをひと瓶あけてしまった三蔵は目付きがアヤシくなってしまっている
目許が少し赤らんで、伏せ目がちとも取れる目つきで…相当色っぽかったりもする

「こうなると思ったんですよねえ、ホント…」

八戒の嘆息も全く気にならないようだった




夜の食堂はまたも繁盛している
流れる様に動く三蔵はひたすら注文をとり、料理を運び酒を注ぐ
二日目ともなると顔見知り気分になるものか三蔵に対して声を掛けてくるものも増え、酔客が懐きだしていた

「三蔵法師様ア!
やっぱりキレイだなア!」
「見てるだけでゴクラクに行けそうな気になって来るもんなア!」
「ありがてえ、ありがてえ」

どうやらからかいではなく、本気でありがたがっている様子である
それが喜ばしいことなのか悲しむべきことなのか、暴れ出す訳にも行かずなんとも情け無い気持ちになり、 時折酒を引っ掛けながら仕事を続けていた

「その辺の女よりキレイなんだもんなア!」
「三蔵様、あんたア、本当に男なのケ?」

八戒が気付いた時には遅く、酔客が三蔵の腰を触ったところだった
破裂するぞ!…と八戒が覚悟をした時、三つ子のひとりが胡弓を持って三蔵に走り寄った

「客商売だからね!上手くあしらわなきゃあ!」

子供に言い含められるかのように声をかけられ、三蔵は流石に唖然とする
そのまま弾き出した胡弓は聞いたことのある曲だった

 雲想衣装花想容
 春風払檻露花濃
 若非群玉山頭見
 會向瑶台月下逢

うたい出す三蔵に店中が驚きを隠せない

「李白の『清平調子』…牡丹の花の美しさに楊貴妃の美貌をなぞらえた詩ですね…」

李白が玄宗皇帝の寵愛する楊貴妃の美しさを詩にし、宮中の演奏家と当時随一の歌手が 当の皇帝の前でうたい上げたのだという記録が残っている
牡丹の花のような、あの美しい人は、仙女だろうか?あれこそは皇帝の愛でる花である…と

八戒の目の前で、三蔵は少し怪しげな胡弓に合わせてゆったりとうたっている
ほんのりと染まった頬で、視線は遠く見遥かすかの様だった
うたいながら、ふと気付いたように胸の紅ばらを手に取り指先で弄んで見せた
悩ましげに伏せた睫毛が金に光る
客の視線が揺れるばらに集中する

腕が孤を描き、ばらがその手から放たれることを誰もが期待した瞬間…

シュッ!

それは放物線ではなく、直線で飛んだ
突き刺さるかという勢いで投げられたそれは、顔の寸前で受け取められた

「た、ただいまあ…熱烈歓迎じゃん、三蔵サマ」
「遅ェんだよ、てめェは!」

眼の下に隈を作った悟浄が店のドアを開けた所だった
ばらを受け取ってしまった悟浄の後ろから美女が現れ、つんとそっぽを向きながら通り過ぎる
そのまま子供のところまで行くと胡弓を受け取り、そのまま続きをうたい出す

 一枝濃艶露凝香
 雲雨巫山枉断腸
 借問漢宮誰得似
 可憐飛燕倚新粧
 ……

見覚えのある美女の出現に、安心した客は再びグラスを乾し出す
目の前でうたう女の姿を確認して三蔵はようやく自分のシゴトの終りを知り、そのまま悟浄に向かって歩き出した
昨日から丸一日、この瞬間を待ち続けていたんだからなっ!
目で物を言う三蔵の姿に悟浄は一瞬寒気を感じたが、自分の後ろに控える若者を前面に押し出す

「ほら、連れて来たんじゃんよ
こいつが運転出来るって言うから無理矢理飛ばさせて来たんだぜェ」

がっしりと2人を腕にホールドして厨房に向かう
八戒が苦笑いしながら自分を見てることに気付いた三蔵は、若者をそっちに押し付けながら睨みつけた
終りだ終り!オマエに遊ばれるのなんか、金輪際ゴメンだ!!

「俺がどれ程の目に会ったのか、オマエに想像出来るとは思わんがな、悟浄
オマエここに残るんだろ?
祝福してやる
餞別代りにこれくれてやるぜ」

両手を組み合せて、斜め下から悟浄の顎をクリーンヒットした
たまらず吹き飛ぶ悟浄

「なっ…!
お前それ冗談ごとじゃねえっての!」

鍋釜ごとひっくり返った悟浄が手当たり次第に物を投げつける
気楽な優しい腕が、真綿の様に自分を締め付け捕らえようとする触手に替わった瞬間を思い出したのだ

「俺等がひとつ所に落ち着けるわけねーだろッ!!!」

一際大きな声で叫んだ悟浄に言い返す

「解ってんなら速攻出発の用意しろッ!」
「はいはい、荷物は出来てますよ」
「ちぇー…面白かったのになあ」

後ろからのんびりとした返事を返され振り向く

「オマエ等全員下僕のクセにいちいち気に障るんだよ!
明日っから性根入れ替えろ!」




三蔵はそのまま着替えに部屋に戻る
やっと旅の続行だ
髪のディップだけ落としたくて、バスルームに向かい湯を張る

「さんぞう…」

三重奏の声に呼ばれ振り向いた

「やっぱり行っちゃうんだね
まあ、どうしても客商売には向かないせいかくもあるんだねえ」

しかつめらしくかけられた言葉が不意に笑いの神経に触りそうになった

「おう、最後に世話になったな、ちび共」
「おれ達見てたんだけど、ホント惜しかったよ」
「かあちゃんだけでなく、こいつもかなりホンキだったからなあ」

一番後ろからひとりが進み出る
…胡弓を弾いた子供だ

「はい、これ
記念にこれあげる」

前かがみに受け取ろうとした三蔵の首にまだ細い腕が回され、頬に柔らかい唇を押し付けられた
驚いた瞬間…

「うわっ!」

コルクと共によく振ってあるらしい炭酸の雨が顔面を直撃した
よろけて後ろのバスタブの湯に落ちる

「最初のしつれんの記念だから大サービスだよ」
「オマエ…女の子だったか…」

子供の手にあるのは三つの山を持つワッペン型のラベルの張ってある、黒っぽいシャンパンの瓶
しかも白いタキシードは薄いピンクに染まっている…
オマエら、それは本当にバカみたいに高価いんだぞ
そう思いながら受け取る
一口飲むとゆっくり腕を上げて自分の頭にピンクの液体を振りかける
熱い湯に足を伸ばしながら、ピンクシャンパンのシャワーを浴びる

「最初っから大物狙いとは見上げた根性だ!
誉めてやるよ」

それだけ言うと、もう笑いの発作を堪えることをやめる
バスルームに響き渡る子供達と三蔵の笑い声に、八戒、悟空、悟浄が目をむく
三蔵が大声で笑っている………覗きに行きたい衝動が起きたが、邪険にされそうで諦める

「まあ、生きていれば今後も機会があることでしょう」
この日数度目のため息を吐き、エプロンを若者に渡す八戒

それにしても…楽しかったし…

旅仕度を済ませた下僕3人組みは、缶ビールを飲みながら待つことにした

三蔵がピンクシャンパンのシャワーを浴びている間……


−END−


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