recreations 
 霧の濃度が急に増したようだった。

 周囲を見渡し、突然自分がひとりであることに気付く。
「参りましたね。迷子ってヤツですか?」
 八戒は困った様子もなく、ひとり空に向かって呟く。
「さーて、僕が迷っちゃったんでしょうかね。それともあのふたりが、でしょうか?…自分の精神衛生上、後者にしておきましょうかね」
 頷きつつ、また延々と続く階段を登り始める。と、前方から微かな声がして来た。
「……!……どこ行きやがった!悟空!八戒!!」
「あらら、探されちゃいましたね。相当苛立った声ですねえ。最近、ホントイライラしてるんだから、あの人は。帰ってきたら悟浄へのお仕置き、楽しみですよねえ」
 先ほどよりも足取りを少し早めて、声のする方へ進む。霧の中の淡い太陽の下でも輝く金糸の髪が、八戒を見下ろしている。
「ったく、悟浄どころかてめェらまでふらふらしやがって。手間ァ増やさせるんじゃねェ!さっさと悟空も探せ!」
「……」
 あと数歩で三蔵と同じ石段に到着する、という所で、八戒は足を止めた。
「どうした?」
「…舐められたもんですねえ、僕も。三蔵のニセモノが、この僕に見破られないなんて、そんなことあり得ないんですよ」
「な、なんだと」
「伊達に一行の世話係りしてませんからね。まず三蔵のヒップライン。あの人実はボトムの下、素肌ですから。ライン出るの嫌うんですよねえ、あれで…。あなた、トランクスでしょう?三蔵の腰がそんなにもたついたシルエットだなんて、まさか!そんなことあり得ませんね」
「な、な、何を言い出す、八戒…」
 三蔵は、腰を庇いながら一歩階段を上がった。
「あのボトム、かなりぴったりフィットでライン丸判りになりますからねえ…。法衣で隠しちゃうのが勿体ないくらいですけど、でもアカラサマにすると変な連中が吸い寄せられちゃうし。ああ、ニセモノさんに三蔵の私生活情報なんか教えたら、勿体ないですよね。あと大体、香りが違うんですよ。あの人の髪や、襟元から立ち上る香りと言ったら…体臭とは違う、なんだか不思議な芳香があるんですよねえ…。フェロモンってヤツですかねえ。刺激されてエンドルフィン、出ちゃう、出ちゃう…」
「クッ…。てめェら、やっぱ怪しいんだよ。男4人で旅なんかしやがって…」
 滔々としゃべり始めた八戒に、三蔵は構えるポーズを取る。どうやら八戒に見破られた通り、三蔵のニセモノらしい。
「…そういう偏見むき出しの意見は、当事者の反感を買うモンですよ?覚えておいた方がいいと思いますね。ところで僕もかなり苛立ち度マックス状態が続いてるんですよね」
「ンだとゥ?」
「カミサマだかなんだか知りませんけどね、三蔵を苛立たせるような日程狂わせされると…あの人の日常管理している僕の調子まで狂うんですよ。イライラしてると、あの人触らせてくれないし。悟空まで、妙に不安感じてぴりぴりしっぱなし」
 じゃり。八戒の靴の下で、砂がにじられる音がした。
「長い時間をかけて餌付けして、ようやく馴染んでくれた可愛らしい小鳥ちゃんが、苛立って触らせてくれない、とかね……。そういう切なさなんか判らないんでしょうねえ?大事な人のニセモノなんかを作るような、無粋な人には」
 じゃり。八戒がまた一歩石段を上がる。
 次の瞬間、三蔵の手に現れた愛用の拳銃が火を噴く。

 ガウン、ガウン!

「死にやがれ!」
 三蔵が叫び、銃口から立ち上る煙の香りを吸い込んだ瞬間…背後に回り込んだ八戒が脇腹に拳をめり込ませた。
「ぐはあ…っ!」
 三蔵のニセモノは倒れ込みながら銃を八戒に向けようとする。
「はあッ!」
 八戒の掌から気孔が放たれ、もともと小振りのS&Wの銃身の半分が吹き飛んだ。一緒に、はらりと金糸が数本石段に落ちる。
 へたり込む三蔵のニセモノに、八戒はゆっくりと近付く。
「言ったでしょう?イライラしてるんですよね、僕も。三蔵と同じ顔して、僕に銃を向けるんですか?ニセモノと判っていても、腹立たしいし、可愛らしくて笑っちゃいますね」
 石段に背を預け、後ずさりする三蔵。八戒はその腹の上に、膝を付き体重を載せる。
「ぐっ!…はっか…」
 三蔵の顔の両脇に、八戒はドンと手を突いた。
「…ホラ。三蔵の顔で、三蔵の声で、僕の名前なんか呼んだりしたら…駄目じゃないですか。人の心を乱すその罪深さを…身をもって知るんですね…」

 ニセモノの三蔵の頬に向かって、地獄の番犬の目で微笑む男は、白くて長い指を伸ばして来た………
「いっやーーーーーーーーーーーッ!」
   (「やーッ」「やーッ」「やーッ」…←こだま)
「あーっ!八戒ー!どこ行ってたんだよ」
「ああ、すいません、悟空。霧に迷わされちゃったみたいで」

 この階段を登り続けて、どれほどの時間が経ったのだろうか。悟空ひとりだけが元気にぴょんぴょんと跳ね上がる余裕を見せている。
 うんざりした表情の三蔵は、黙々と足を上に運び続ける。
「てめェ…。これ以上手間かけさせんな」
 三蔵は横目でじろりと八戒をねめつけた。息が上がり、首筋に流れる汗がタートルネックの襟に吸い込まれる。
「…やっぱり汗も、いい匂いなんですよねえ…」
「ああ!?なに素っ頓狂なこと言ってやがる」
「いえいえ、こちらのことで。…さーて、スッキリしたところで、頑張って登りましょうか!」
「八戒、オマエまで訳ワカランこと言って、苛立たせるな!無駄なエネルギー消耗させるな!!」

 三蔵の怒声に笑顔で応えながら、どうやら無駄なエネルギーをどこかで消耗させて来たらしい八戒さんは、元気に石段を登り始めるのであった…。

(Gファン3月号『最遊記』に続く…わけないじゃん)

















 無駄に終ル 







《HOME》 《NOVELS TOP》 《BOX SEATS》 《SERIES STORIES》



◆ アトガキ ◆
「tantra」に続き、またもやGファンネタバレ
しかも前より腐ってる
でもあれ読んだ人のうち、83書いてる人のかなりが同ネタ思い付いたのではと…
風邪ひいて咳が止まらず筋肉痛で苦しんでいたのに、妄想激しくてついつい(笑)
バカでごめん

  「三蔵のボトムの下素肌」は作者サマ同人誌時代の設定だとか…
   後から情報聞いて喜々として改訂しちまいましたv 010411