■■■  夢で逢えたら 





なんてことない日だったのだ。
森の中を抜けようとジープを走らせる一行に敵が襲い掛かり、それらは無機質なものへと変化していく。
いつもと変わらない、日常生活だったのだ。

ただ、二手に分かれた時の相手が珍しく八戒だったとか。
防護壁を張った時に足場が崩れてしまったとか。
運良く生き延びて、今現在、八戒の腕の中にいるとか。




「オイ、八戒。八戒!」
頬を軽く叩くと、「ん・・・」と軽く意識を戻した事に安堵する。
体勢を立て直そうとして、未だ抱きすくめられた形だという事を思い出した。
落ちる瞬間、コイツに咄嗟に抱きかかえられて、そのまま重力に引き摺られた。
目を覚ました時には、もう辺りは日が落ち始めていた。頭上までは、かなりの距離。声を出して助けを呼ぶのも、なんだか癪に障る。

もっと癪に障ることがある。
助けて貰ったとか、下敷きになって貰ったなんて事よりも。
この状況を少し嬉しく思ったことが腹立たしい。

「八戒・・・」
目の前の鎖骨に顔を埋める。
覚醒している時には、こんな事、死んでもできるか。
今なら、まだ。




「さん、ぞう?」
ガバッと身を起こそうとすると、途端に八戒が苦痛に歪んだ顔をする。咄嗟に八戒の手があばら骨を庇った事で折れたのだと知る。
負担をかけないようにそっと身を離そうとすると、
「もう少し、このままで」
「馬鹿か?」
「こういう時じゃないと、ね?」
「どういう時だよ」
雑魚妖怪に追われて、自らの足場を自らの手で失い、マヌケにも崖から数メートル下へ落ちて、漸く誰にも邪魔されずに2人きりになった時か?

にこっと八戒が微笑む。
「どこか痛くないですか?」
お前が聞くな。それは俺の台詞だ。
少し青ざめている八戒の額には汗が浮んでいる。身を起こしてそれを掌で拭ってやると、熱があることに気が付いた。
「お前、熱が、」
「折っちゃったからですかね」
何を呑気な事言ってやがる。
慌てて頭上を見渡すも、既に暗くなって何処から落ちたのかさえも分からなくなってしまった。
残り2匹の下僕がいつ来るのか。いつまで、八戒が持ちこたえるか。
何故、もっと早く気が付かなかったとか。
一瞬でも不埒な事を思った自分が情けなく恥ずかしい。


「何、考えてますか?」
「残りの馬鹿2匹だ」
「目の前の馬鹿の事を考えてくださいよ」
「お前は大馬鹿だろうが」
酷いなあと笑いながら八戒は三蔵へと手を伸ばす。
「三蔵、もう一回くっ付いていいですか?」
小さな岩場に大人2人。さほど離れていない距離をもっと縮める為に近寄ると、すっぽりと腕の中に囚われる。
「...何しやがる」
「嫌がらないんですね」
「寒いだろうが」
「そうですね」
お互いの大義名分。
今日が寒い日でよかった。




※※※




「ん・・・」
ふと目を覚ますと、見慣れない天上が視界にぼんやりと映り、身体を起こそうとしてズキンと痛みが走る。
「イタタタタタ.......」
「くっ付くまで安静にしてろ」
「三蔵!」
「寝てろ」
起き上がろうとした八戒に、窓辺で新聞を読んでいた三蔵が立ち上がる。
「あれ?ええと?」
「馬鹿達が来た。それだけだ」

それだけ?

もし、本当にそうなら随分と都合のいい夢を見ていたということになる。
「夢、ですか......」
「どんなだ?」
珍しい事もあるもんだと、驚くしかなかった。
三蔵が他人の話、しかもヨタ話に付き合おうとは。

「いえ、気を悪くしないでくださいね」
「いいからさっさと言え」
別に苛立つ様子もなく、本当に珍しい事もあるもんだなとぼんやり思いながらも、夢の内容を思い出しつつ話し始めた。
「僕と三蔵2人きりで温めあって過ごすんです。寒いですねとか言っちゃって。で、余りの寒さに意識が朦朧としてきて、もう駄目かと思って......」
「思って?」
「最後に僕からキスしたんです。たぶん、お別れの」
そこまで言って、八戒は漸く三蔵の方を見た。
だって、気持ち悪いでしょう?こんな感情を向けられたら。
でも、今は夢の話だから。
許してくれますか?


「てめえ、やっぱり大馬鹿だな」
「・・・三蔵」

「別れじゃねえよ。始まりだろうが」







 終 




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◆ note ◆
「Level 4」様の水城夕夜さんから、10万打のお祝いにお話を頂戴致しました
夕夜さんのお話のスタイリッシュなセリフや、映画的に画像の浮かぶようなシーンが大好きなので、是非とも夕夜さん的格好良さのお話をお願いします!と、事前にリクエストをさせて頂いておりましたが……今、とても幸福です
八戒さんの首筋に顔埋めて、鎖骨に懐く三蔵様の映像が、頭から離れません

夕夜さん、漠然としたリクに、こんなに格好いいお話をありがとうございます
幸せです