■■■  夏の名残のお戯れ 

真夏の盛りのチャット。
涼を求めた話題が冷や奴に向かう。
何故かそこで、三蔵と豆腐という組み合わせ出来上がる。
「書くねv」
かくして某サイト様で「豆腐を食べる三蔵にゃんこ」の可愛らしいお話が掲載される。
更に日記で……

*   *   *

夕方の市場。買い物をする主婦たちに混ざって買い出しに勤しむ八戒さんと荷物持ち3名。
とあるお豆腐屋さんの前で立ち止まる八戒。
「今夜は冷や奴にしましょうね」
古くからあるらしい小さな豆腐屋の店先には、昔ながらの長い大きな水槽に豆腐がたくさん沈んでいて。
「絹ごし2丁お願いします」
冷たい水につけられた豆腐を器用な手さばきで掬い上げるお店のおじさん。
後ろの方で大騒ぎしている2人とは、他人のような顔をして
なんとなく隣に立って眺めてる三蔵に八戒が微笑みかける。
「珍しいですか?」
「いや、別に」
それでも、興味深そうに眺めてる三蔵をみて、嬉しそうに笑う八戒。
「三蔵。冷や奴に、なにをかけますか? 鰹節とか葱とか、七味や辛子つける方もいらっしゃるんですよね」
「冷や奴なら....」
三蔵が、なにか言いかけたとき。
ドガッ。
悟浄との悪ふざけが過ぎて吹っ飛ばされた悟空が、背後から思いきり三蔵にぶつかって。
「あっ」
咄嗟に出された八戒の手の先を掠めて三蔵の身体が揺れた先には。

ざばんっ!

「うわ....」
「あ.....」
「わ.....」
「........」

次の瞬間、悟浄の爆笑が響き渡る。
水槽の中、ぴくりとも動かない三蔵の周りだけが氷点下まで気温が下がって。

「あ、えっと。ご、ごめんっ、三蔵っ」
「..........」
「ごめっ、ほんとに、ごめんっ。冷たい?」
「..........」
「えっと。手、引いて....」
「....てめえら.....」
地獄の底から響く声。
「水も滴るイイ男ってのはあるけどな。お前、豆腐まで滴ってんの....」
懲りない悟浄の揶揄い声に、三蔵の怒りは簡単に沸点に到達する。
ガウンっ、ガウンっ。
「わっ、やめっ。てめ、なんだって水没した銃が撃てんだよっ」
「るせえっ! 逃げんなっ!!」
「冗談ッ」
逃げ出す悟浄を追い掛ける三蔵の後ろ姿に八戒が叫ぶ。
「三蔵、着替えはっ」
「アイツ殺してからだっ」
「じゃ、はやく戻ってきてくださいねー」
そのままくるりと振り返って、唖然と立ち尽くす豆腐屋さんに、頭を下げる。
「本当に申し訳ありませんでした。大切なお豆腐、全部めちゃくちゃにしてしまって....」
「いや、いいけどよ。あの、アンタ、あの人たちは大丈夫なのかねぇ?」
「ああ、あれはいつものことですから」
にっこりと微笑んで。


とある夏の日の午後の出来事。

『というハナシを考えてました。某管理人さんとのお話の最中。
うーん。いくらなんでもこれは書けないよーって(笑)』

*   *   *

「書けないって……可愛いさんぞさま、書いてらっしゃるじゃないですか。
 豆腐で。
 しかも『今度は貴女の番です』って……」
 その時には既に、『豆腐』から発展した話題が、あーんなことや、こーんなことや…に膨れ上がっていた。
 いいもん、いいもん。
 ネタ振られたら、書くもん(泣)。

 

*   *   *




 ぴたん、ぴたん。
 水が滴った。
 三蔵が歩くごとに、法衣から水が滴った。
「ぷくく………」
 ぴたん、ぴたん、ぴたん。
「ぷくくくくくくく………」
 ぴたん、ぴたん、ぴたん、ぴたん。

 くるうり。

 真白き法衣に、真白き豆腐をまとわりつかせた人が、ゆっくりと振り返った。
「………いいから。八戒、たった今即座に笑いを止めて、宿を探せ」
「ええ、勿論。………ぷくくくくくく」
 4人で旅立って初めて、八戒は回転しつつ飛来するハリセンの、持ち手の側を側頭部に食らった。

□□□
□□◇ 豆腐百珍

 小綺麗な宿に、三蔵一行は宿泊を決めた。
 但し、全身ずぶ濡れで、至る所に崩れた豆腐を貼り付けた三蔵は、裏口から入ってくれるようにと、宿の主人に頼まれた。
 主人も、三蔵のずぶ濡れの姿を見るまでは、丁寧な物腰を通すつもりだったのだろう。
 が。
「………ぷくくくくくくく」
 初対面の人間の、如何にも気の毒と言いたげな忍び笑いは、三蔵の自尊心をいたく傷付けた。
「先刻、角のお豆腐屋さんの水槽に突っ込んじゃって」
「それはまあ、ご災難なことで」
「ささ、湯殿はこちらでございます。どうぞ…」
 事情を説明する側もされる側も、ビミョーな微笑の絶える間がない。
 ただ、三蔵だけが憮然とした面もちで沈黙を守っていた。
 沈黙しつつも、三蔵が眠れる火山の如き怒りに支配されていることは明白なので、悟空も悟浄も近寄りもしない。
「あ。俺達先に部屋に行ってるし」
「うんうん。三蔵はゆっくり風呂に浸かりなよ」
 三蔵の躯から半径3メートルの円弧に結界があるかのように、ふたり揃って離れている。
 ハリセンの持ち手を握る三蔵が、じりじりとした表情を浮かべているのを見た八戒は苦笑した。
「僕も一旦部屋に荷物を置いてきます。後からお風呂、追い掛けますね」
「来んでいい!」 
 三蔵は尖った声で返事をし、案内される廊下を足音高く去って行った。

「水に落ちた時の吃驚した顔と言い、その後の照れっぷりといい、三蔵って尽く々く可愛いですよね」
 宿の部屋に入って開口一番、八戒は悟浄と悟空に向かって言った。
「……いや、あれは般若の形相だったろ」
「照れじゃなくて、ハッキリ怒ってたし」
「可愛らしいじゃないですか」
 繰り返す八戒に、ふたりとも言葉がない。
「そ、そう言えば八戒、お前まだソレ持ってたんだ」
「ええ、約束しましたからね」
 悟浄は八戒が大事そうに抱え込んでいるものを覗き込んだ。
 ゆらゆら、ちゃぷちゃぷと、それは水に浮かんでいた。
「……どーする気?」
「やですね、食べるに決まってるじゃないですか。三蔵の所に持って行ってあげようと思ってますけど」
「ああ、そう……」
「あなた方もご一緒に如何です?三蔵がお風呂でゆったりしている所で、まったりふたりでって思ってましたけど。お湯に浸かって肌なんか上気させた三蔵が、後れ毛きらっとか。目元ほわっとか。そこをふたりっきりでしっぽりと思ってましたけど。いらっしゃいます?」
「………遠慮させて頂きます」
「そうですかあv」
 八戒はソレを抱えて上機嫌で風呂へと向かって行った。

 ぽつりと、悟空が洩らす。
「食うんだ、アレ」
 溜息をつきながら、悟浄が返す。
「らしいな」
「なあ悟浄、もしかして三蔵、まだ気付いてないの?ここの宿のこと」
「気が付くヒマなんか、ねーだろ」
「八戒の愛情ってさ、どっか歪んでるよな」
「………」
 溜息をついて悟浄は天井を見上げた。
 八戒の愛情。
 深いということには、疑いを挟む余地はない。
 ただ、確かに………
「トーフ。まともに食ってやれよ。……コンニャクじゃねえんだからな」

 三蔵の案内されたのは、こじんまりと居心地のよい、家族向けの露天風呂だった。
 体中にまとわりついた豆腐の欠片を落とし、髪を丁寧に洗って温泉に浸かったところで、大きなくしゃみが聞こえ振り返った。
 八戒だった。
「来ちゃいました」
 手早く躯を流した八戒は、何かを大事そうに持ったまま湯に入って来る。
 盆だ。
 盆の上には並ぶ徳利と猪口と、器に盛られた……
「冷や奴、今夜食べましょうってお約束でしたよね」
「俺は豆腐は食わんぞ」
「今晩のひと品にと思っていたんですけど、宿の夕食メニューと重なっちゃって…。折角の温泉ですし、お酒頂きながらつまむくらいなら、いいかなあって」
「豆腐は暫く見たくもないと言っているんだ」
「調理場の方にお願いしたら、お豆腐冷やして色んな薬味揃えて下さったんですよ。生姜、あさつき、葱、茗荷、アタリ胡麻に七味に一味に花鰹。タレも甘いのと生醤油と、二種類ちゃんと…」
「食わないったら、食わない!」
「三蔵」
 八戒は悲しげに睫毛を振るわせた。
「……懐かしさの感じられる、手作り豆腐。三蔵が食べてくれないって知ったら、あのご主人悲しむでしょうね。……水槽に突っ込まれて、お豆腐滅茶苦茶にされて。挙げ句無事に残ったお豆腐が、ヒトの口に入らないなんて」
「何を言われようが、俺は……」
 言い募ろうとする三蔵だが、声に弱気が滲み出ていた。
「日々の天候の移り変わりを肌で感じながら大豆を作ってくれたお百姓さん、ごめんなさい。朝早くから手塩にかけてお豆腐を作ってくれたお豆腐屋さん、ごめんなさい。美味しいお豆腐の為に薬味出してくださった調理場の皆さん、ごめんなさい。……ああ、第一次産業、第二次産業、第三次産業、総舐めで皆さんごめんなさいっ!」
 がばりと、八戒が動いた。
 顔を両手で押さえて、泣き真似でもするのかと、三蔵は一瞬思った。
 泣き真似程度ならば、後ろを向いて、見ぬ振り聞かぬ振りで通してやろうと、思っていた。
「……やけ酒ーーー!」
「うわああ、ヤメロっ!」
 両手に徳利を持ち、一気に二本を口に咥えようとしていた八戒を、三蔵は慌てて留めようとした。

 八戒は、酒乱ではない。
 呑んでも呑んでも乱れない、ザルとか枠とか分類される部類だ。
 酒を呑んでも、外面には全く変化が現れない。
 が、その精神には、アルコールは微妙に働きかけるようだった。
 タガが、少しだけ外れる。
 僅かながら、八戒の気分を野放図の方に差し向ける。
 普段抑制しまくりの八戒の、暴れる野生馬のような本能の手綱が、暴走の方向に緩められる。
 ましてやここは、ふたりきりの風呂。
 三蔵も八戒も全裸だった。
(『欲情』と『浴場』のダブルミーニングなんて、ヤメてくれ!/涙)
 危機を感じ取った三蔵は、必死で八戒を止めようとした。

「食うから!俺が豆腐を食えばお前は納得するんだな!?」
「……ホントに?(ぐすん、ぐすん)」
「ああ」
 八戒は途端に、晴れ晴れとした笑顔を見せた。
「じゃ、あーんしてくださいv」
「あぁ!?」
 おろし生姜と花鰹の付いた豆腐を箸でつまんで、笑顔の八戒が詰め寄る。
「みなさんのご好意なんですから、きちんと戴きましょうねvはい、あーーんv」
「……あーーん(涙)」
 仰け反りつつも味わった冷や奴のタレが、三蔵には妙に塩辛く感じられた。

「はい、あーーーーんv」
「うう。あーーーーん(涙)」
 八戒は三蔵の口に豆腐を運び続け、やむなく三蔵も口を開け続けていた。
「今度はこっち、はい、あーーーんv」
「あーーー…ぐふっ」
 豆腐のつもりで口を開けて待っていると、猪口の酒がやって来る。
 噎せつつも、三蔵は八戒の『あーんv』攻撃を受け続けた。
 冷や奴が半ばまでなくなった時、八戒は小さく驚きの声をあげた。
 小さく割った豆腐が、箸の先からぽろりと落ちたのだった。
 仰け反った、三蔵の胸元に。
「冷たっ…!」
「動かないで!」
 身じろいだ三蔵の躯を八戒が素早く抑え込んだ。
「なっ……?」
「動いたら、落っこちちゃうじゃないですか」
 八戒は三蔵の躯の下に、素早く自分の膝を入れていた。
 抱き抱えられた三蔵は、八戒の言葉を素直に受けることが出来ない。
「貴様落とす気か!?」
「だから、落としませんよ、そんな勿体のない……」
「ふぅっ……んンンッ!?」
 三蔵の胸元の豆腐を、八戒は舌ですくおうとした。
 ゆる。
 豆腐は押されて、薄く染まった突起の上で止まった。
 冷ややかさに三蔵の突起が堅く尖る。
「はっか……、ア、やっ……!」
「動かないで、三蔵」
 八戒の声が大きく響き、三蔵の身が一瞬強張る。
 しどけなく膝に抱かれて半身を仰け反らせ、湯に頭から落とされないようにと八戒の肩にしがみ付く三蔵の背が。
 ひくり。
 引きつる。
 八戒は蕩けそうな笑みを浮かべた。
「……ちゃあんと食べてあげますから」
「ん……ぁ……っやぁっ……!」
 上気して染まる三蔵の素肌(の上の豆腐)を、八戒はゆっくりと喰らった。
 ざらりと舌を這わせ、豆腐を押し潰すように舐めると、絹ごし豆腐は三蔵の上で滑らかに形を崩して行く。  

 ぴちゃ。
 ちゃぷ。
 ぴちゃ、ぴちゃ。

「よせっ、……あ、ヤ、……やめっ」
 肌になすり付けるように舌で押すと、その都度湿り気を帯びた音がし、また揺らいだ湯が躯に当たり、雫を零す音がする。
「三蔵のここ、朧豆腐で隠れちゃいました。……くす」
 八戒はくぐもった声で言い、三蔵の薄紅の尖りごと、豆腐を歯で扱くように撫で取った。
「ア・ア、……ああアっ、八戒っ、噛む…の、無し……ィ」
 音階を狂わせながら、嬌声が湯殿に続いた。
「……んぁ、っ。……ひあぅ……」
 八戒は三蔵の胸元に新しい豆腐を乗せては、唇を寄せた。
 熱い湯に浸かりながら、氷で芯まで冷やした豆腐と、躯を這う八戒の口唇に三蔵は肌を粟立てた。
 時折背を撥ねさせるが、三蔵の躯からは力が抜け切っていた。
 八戒の腕にもたれ、がっくりと仰け反った頭の金糸がゆらゆらと湯に揺れる。
「三蔵。とても美味しいですよ。あなたも如何ですか?」
 問われても、三蔵はすすり泣くような声しかあげられない。
「コッチの方がいいかなあ」
 八戒は三蔵の唇に猪口を近寄せたが、しゃくり上げるような動きに、酒は零れて行くばかりだった。
「……熱い。も、湯あたりで、だめ……だ。湯から上がるから、離せ……」
 目を瞑ったまま、力無い声を出す。
「そうですか。美味しいお酒なんですけどねえ」
 八戒は酒を口に含んで、小首を傾げた。
「……躯、少し冷やしますか?涼しくしたらお酒も呑めます……?」

 三蔵は、自分の躯が俯せに下ろされたのを感じた。
 上半身を露天風呂の縁に並ぶ大岩の上に、しがみつくように乗せている。
 ざらざらと頬に触れる、冷たい岩を感じ、三蔵は振り向こうとした。
「そこなら涼めるでしょう」
 低い位置から聞こえてきた声に、三蔵は自分の取らされている姿勢に気付いた。
 腰を見せつけるように、上半身を伏せていた。
 湯の中に残る脚は、八戒にがっちりと絡め取られて。
「!それはヤだ!八戒!それはヤメろっ……!」
 突き出した尻に八戒の掌が掛かり、押し広げるように力が籠められる。
「嫌だ!八戒、嫌だっ」
 うち振るう金糸が、跳ね上がった。
「ひぁ!」
 三蔵の滑らかなすぼまりに、ざらつく舌が押し入った。
 強引に割り入り、より深く差し込まれる。
「う、あ。あっ」
 舌が狭い場所を往復し、三蔵は躯の奥の痺れが全身を巡るのを感じた。
 身震いをしたその瞬間。
 温い温度の物が、体内に流し込まれ、躯を硬直させた。
 液体が流し込まれ、逆流しないように舌で栓をされている。
「や、だ。う。」
 舌が躯から離れたと思ったが、即座に指で押さえられ、またそこへねじ込まれた舌を液体が伝う。
 尻を掴んだ掌が前に回され、三蔵自身をゆるゆると撫でさすった。
 刺激に躯を捩っても、固定された腰は逃げることを許されない。
「あ、あ、う。」
 急激に三蔵の躯から力が抜けた。
 湯あたりとは違う、躯の温まり方と、脱力具合。
「八戒、てめェ、酒、ぶち込んだな……?」
「正解」
 押し込んでいた舌をちろちろと動かしながら、くぐもった声の返事がした。
「直腸はアルコール吸収がよ過ぎるから、ほんの少しだけ。一緒に味わいたくて」
「味なんか、判る、か」
「美味しいのに」
 八戒は漸く三蔵から口唇を離した。
 ぐったりと岩の上に俯せる三蔵の背が、湯煙を通して白く輝き、艶めかしかった。
「ねえ、まだ熱いですか……?」
 ひた。ひた。
 残りの冷や奴を、三蔵の背に並べる。
 薄く割った豆腐は、三蔵の熱を吸って行く。
「お燗は人肌、湯豆腐も人肌」
 豆腐を浚う舌のなぞりに、三蔵が呻いた。
「……お寺では、そうは言いません?」
 三蔵はもう一度、さっきよりも長く呻いた。
 三蔵の尻に乗せた豆腐が、ゆっくりと肌を滑り落ちて、湯に泳いだ。
「おや。ホンモノの湯豆腐に」
 白く四角い豆腐が、静かに沈んで行った。

 三蔵の躯が、小刻みに震えた。
 性感の身震いだった。
「……おい、このままじゃ湯が汚れる」
「ここ、湯船小さいから一度使った湯は落とすそうですよ。それにとっくにお豆腐の欠片が」
「だからと言って、更に汚すな」
「汚れじゃなくて、有効活用だったらいいですか?……豆乳でも入れてみるとか」
「……は?」
 八戒の言葉の不可解さに、三蔵の眉が片方だけ上がった。
「まず、豆乳風呂を楽しむんです。お肌に良さそうじゃないですか」
 言いながら、三蔵の躯をまた湯に引き込む。
「もしかしたら、お湯葉がすくえるかもしれませんね。……湯葉パック。タンパク質補給出来て、きっとつるつるになるんですよ?」
「……馬鹿を言うな……」
 湯葉は煮立たせなければならないだろうと、思わずまともに返答しかけて、やめる。
「湯葉パックを楽しんだ後に『あなたの』が混ざったら、お豆腐が出来るかも」
「……何故そうなる……」
「豆乳ににがりを入れて固めた物が豆腐ですから。あなたのニガシオを交ぜれば」
「…………」
 三蔵の口と目が、めいっぱい開いたままになった。
 驚いているその隙に、八戒の腕が忙しく動き出す。
「豆乳は取りに行ってるヒマはないし、先にニガシオ入れちゃいましょう。さ、たっぷりどうぞ」
「や、やめ……!」
 会話の間に萎えかけていたものが、八戒の手慣れた愛撫にまた張り詰めて行く。
「やめろっ」
「もう、三蔵ったら。先刻から嫌だ嫌だって、子供じゃないんですから。好き嫌いはいけませんよ」
「お前まさかっ!その湯葉と豆腐、俺に食わせる気なのかっ!?……じゃねえ!にがりは塩化マグネシウムだ!俺のもお前のも、どーやったってタンパク質だろーが!?豆腐が出来る筈がねえんだよ!!」
「試してみなくちゃ判りませんよ。……ところで先刻から声が響きっぱなしなんですけど、回りのお風呂に聞こえちゃいますよ。僕は別にいいですけど」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(涙)!」
「我が儘言ってると、大きな声で豆乳頼んじゃいますよ。『スイマセーン』って……」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(う、うわああああん)!!!」

 その頃、隣の風呂に悟浄と悟空が浸かっていた。
「今更のよーだけど、全部丸聞こえでーす」
「丸聞こえでーす」
「よく響いてまーす」
「まーす」
 ふたり、頭の上に手拭いを載せた姿で、湯に手足を伸ばしている。
「休める時には休みまーす。久々の温泉は、気持ちいいでーす」
「でーす。このお湯の、泉質はぁ」
「泉質はぁ」
「放射能泉でぇす」
「効能はぁ」
「高血圧ぅ・動脈硬化などでぇ、入浴とぉ飲泉でぇ痛風ぅ・慢性消化器病ぉ・神経痛ぅ・胆石・筋肉痛にぃよいとされまぁス」
 いつの間にか胸元にタオルを巻き、壁に張り出された泉質の説明文を読み上げる。
「隣の湯の泉質はぁ」
「塩泉、塩化物泉、食塩泉ともいいまあス」
「効能はぁ」
「よく温まりぃ、筋肉痛ぅ・関節痛ぅ・打撲に捻挫、冷え性、慢性的婦人病やぁ、病後の回復によいとされまぁス」
 悟空がふと疑問を持った。
「塩泉って、先刻三蔵の言ってた塩化マグネシウムも入ってる?」
「かもな」
「じゃ、豆乳入れたら、三蔵達の風呂って本当に豆腐風呂になるかもしれない?」
「……さ、さあ…な……」
 悟浄は、とてもイヤンな想像をしてしまった。
 『豆腐をまとわりつかせる三蔵』どころでない、『豚坊主豆腐』だ。
 ぷるぷる白い寄せ豆腐の中に、下手をすれば繋がったままのふたりが閉じ込められて……

 ぶるっ。

「ヤなモン考えちまったぜ。危なく今晩の飯が食えなくなるところだった……」
「メシって言えばさあ、ここ、トーフばっかなんだろ?俺絶対後で腹が減ると思うんだけど」
「しょーがねーだろ、八戒がここを選んじまったんだから」

 八戒が選んだ宿は、豆腐料理の古典専門書のメニューを再現した食事が看板だった。
 メニューは6つの等級に別れ、家庭でも日常的に呈される『尋常品』から、『通品』『奇品』『佳品』『妙品』、豆腐の真髄を極める『絶品』まで。
 細く切っては素麺としてつゆを張り、若鮎に見立てて揚げては、蓼酢を添える。
 各料理の名称も季節感と通人の洒落に溢れ、調味も醤油、味噌、胡麻、胡桃、山葵……バラエティに富んだものであるらしい。

「……ダメ。きっと今、何見ても豚坊主豆腐に見えるわ。おいサル、奴らが風呂から上がる前に、外にメシ食いに行くぞ」
「いーの?」
「良いも悪いも、昼間の三蔵見て豆腐に食欲転嫁したのは、八戒だろ。俺達は真っ当な食欲を満足させに行くんだ。……奴ら?ふたりにしておいてやった方が、八戒に後で感謝されるから!豆腐は奴らに任せて、急げ!」

 夜が更けて行く。
 町の豆腐屋の主人が翌日の仕込みに励んでいた。
「……そう言えば、今日はエライ目に遭ったなあ」
 水槽ひとつ分駄目にされた豆腐は、気前よく弁償して貰えたのだが。
 穏やかそうに微笑む青年と、元気な子供、朗らかな男。
「それと水浸しの……」
 金の髪と真白き法衣も輝かしい、若き美貌の僧。
 騒動を見ていた者から、あれが尊き三蔵法師なのだと聞いた。
「有り難い三蔵様だと知っていたら、お代なんか貰わなかったんだが。また明日来てくれないものかなあ。今度はウチの豆腐、山ほど持って行って頂きたいよなあ……」
 呟きながら、作業を続ける。

 豆腐屋の主人と三蔵一行は邂逅を果たし得るだろうか。
 果たしたとして、三蔵に豆腐を差し出す主人の運命は……?

 ハリセン程度で済めばいいネ、と。
 無責任に想像した所で、お終い、お終い。

*   *   *



「書いたよお」
「アップして」
「『水蓮さんのリクエストにより』って太字で書くよ?」
「『湯豆腐』ってリクエストしました(にっこり)」











 終わりですってば 




《HOME》 《NOVELS TOP》 《BOX SEATS》 《SERIES STORIES》 《PARALLEL》 《83 PROJECT》




◆ note ◆
水蓮さんのリクエストですうっ(涙)
リクエストのキーワード、忠実に追い掛けただけなんですう
水蓮さんへ
真夏のお戯れでございました
日記掲載のご許可に感謝!

※アップ前校正に出した所、「水蓮のリクエストキーワード。『三蔵』『湯豆腐』『熱燗』『湯葉』」 との注釈を頂きました
……「豆腐と一緒にお風呂に入ってそうね」等などのお言葉は、入れんでもよかですか?(笑)