星の見える夜 小話 |
「八戒。振り向いちゃダメだけど。窓から三蔵が覗いてる」
「…ホントですか?」
宿の前庭で、満天の星の下の冷え込む空気のことなど忘れたように、悟空が笑った。
明るい色の瞳がこの暗闇の中ではただきらきらと、星空を写し取ったように輝いている。
「ここまで降りて来て、一緒に観ればいいのにな」
「三蔵はお風呂上がりだから、風邪ひいちゃいますよ」
「そっか」
傍らでは宿の子供が熱心に天体望遠鏡を覗き込んでいた。
倍率のさほど高くもない望遠鏡でも、天高くに輝く星を捉えて観ることはとても楽しい。
望遠鏡の丸い視野の中を小さな明かりがゆっくりと、天の巡りに従い逃げ行く。
「……そう。実際の星の動きとは逆の方向に逃げて行くから……グリップを両方、少しずつ動かして追い掛けて……」
望遠鏡の操作に慣れて来た子供は、次々と違う星を観測し始める。
実際に「これ」と狙った星を覗くのはまだ難しいらしく、グリップを適当に動かしては、視野をかすめた星を観て行く、といったものであったけど。
星は空一面に散らばっていた。
一見、何も見えないような暗闇も、目を凝らせば小さく暗い星が、やがて浮き出るようにそこにある。
星の中にいる。
星の中にいる。
遥か遠くから届く光を玩具のような望遠鏡で覗く僕らのいるこの場所も、小さな星のひとつでしかない。
目を凝らし漸く見つかる、恒星に映し出される小さな暗い星のひとつ。
「あ!双子星!」
レンズを覗き込んでいた子供が、歓喜の声をあげた。
「どれどれ?」
悟空も交代で望遠鏡を覗く。
連星も三連星も、広い夜空には沢山あるのに。
でも、たった今自分で捉えて見つめる星は、特別美しく輝く星。
小さな小さな、輝く星。
「ねえ、今度はあの星を観てみましょうか?」
天の狩人の連れた、猟犬の瞳になぞらえられた蒼い星を指さすと、子供と悟空の瞳もまた輝いた。
しゃがんで望遠鏡の角度を調整する、子供の目にはきっとあの星が映っている。
「あの星が一等眩しい」
こめかみが痛くなるほど澄んで冷たい空気の中、赤く染まった鼻をすすり上げながら天を見上げる悟空の声には、称賛さえ籠められて。
「三蔵も見えたかな」
相変わらず、振り返らないように努力をしていたのだけれど。
全天で一番眩しい蒼い星を、一緒に観ていたいと願う。
この時間、この夜空を感じて。
今一緒に、あなたとこの星を観ているかもしれない。
窓ガラスを隔てて、同じ星を観ているのかもしれない。
「……八戒?」
返事も出来ずに、ただ僕は空を見つめていた。
蒼い星を、ずっとずっと見つめていた。
三蔵が本当に同じ星を観たのかどうかなんて、僕には判らなかった。
美しい星を共に眺めたいと願える人がいることが幸せで、胸が苦しかった。
いつか僕はあなたの手をひき、
凍える夜に透き通るような光を投げかける星を追う。
◆ 終 ◆
◆ note ◆
『星の見える夜』の後書きの妄想を書く筈が、夢満点なお話になってしまいました
星を、一緒に観たいなあって
本当にそう思っちゃったから
イヤン、をとめだわー