■■■  過去も未来も星座も 

 扉の陰から、銀の髪がちらりと輝きを見せた。
「……アンタどっから来たんです?流石にびっくりするんだけど」
「もしかして、わたし嫌がられてます?」
 銀糸の髪が揺れ、その本体、人当たりのよさそうな笑顔が現れた。
「嫌がられ……。確かに嫌かもしれないけどね。それでもアンタを嫌ってナイ自分が、けっこー不思議」
「それって喜んでいいんでしょうかねえ?」
「さあね。ま、とにかく座れば?久し振りに会えて、」
 言葉がコンマ数秒止まった。
「久し振りに会えて、嬉しいよ。光明」
「烏哭」
 『光明』と呼ばれた男は、嬉しそうな笑みを浮かべた。



 光明は突然現れる。
 会いに行ってもすれ違うこともある。
 巧く捕まえられることもある。
 思いも寄らぬ所で、ふらりと姿を見せることもある。

『……やあ』
『元気そうですね、烏哭。もしかしてまた背が伸びました?』
『とっくに止まってるって。アンタ俺に身長追い抜かされてから、そればっか言ってるよ』

 いつだって、突然の出会いに昨日別れたばかりのような挨拶をして、そして平気な顔で隣に座り込むのだ。
 変わらぬ微笑みを浮かべて。





「三蔵法師ってホント気楽な商売だよね。身分やら責務やら居場所やら、縛り付ける物があっても振り切って走って逃げて許されるなんてさ、むしろ市井の人々を見習った方がいいんじゃない?」
「しがらみは避ける性分だって、言ったじゃないですか」
「聞いた聞いた。ボクら気が合わないよね、ホント。大体あの時の『手加減したンですけど』って言い種も、神経逆撫でてくれたし。あり得ないことばっか、アンタ」
 懲罰房の扉の内と外の、妙に間延びした会話を思い返した。
 三蔵継承を決めようという場で突然牙を剥いた烏哭も異常だった。
 粗暴を剥き出しにした犯罪者に平気で声を掛けた光明も、並みではなかった。





「 ―――― 嘘つき。しがらみ避ける性分なんて言って、アンタなんであの時わざわざ俺の処に来たんだ?」





 烏哭の問いに応えはなかった。
 光明は微笑み、銀糸を揺らしただけだった。
 銀糸のかろやかな光が踊り、そして消えた。





 運命の変わり目に突然現れては消える光明を、烏哭はこっそり悪魔のようだと思っていた。
 何の役にも立ちはしない。
 ただ、烏哭を見つめ。
 変わらぬ声で、変わらぬ微笑みを見せる。

『 ―――― 烏哭』

 自分はしがらみを避けると言うクセに、他人にはそれを赦さない。
 烏哭はそんな光明に腹を立て、そして諦め受け入れた。
 優しげな笑みを浮かべながら辛辣な言葉を吐き、それでいて、自らはとどめを刺してもくれない残酷な悪魔だ。

 人生の節目に現れ、そして見つめる。
『烏哭』
「 ―――― 光明」
 乾いた唇から乾いた声が漏れた。
 久しく声に乗せたことの無かった名だった。
 蛍光灯の白っぽい光の下、向かい合わせのスチールチェアのシートが、乾いた色合いの反射を返していた。

「随分暇そうですこと」
 尖った声のする方向に、ゆっくりと首を巡らせた。
「……まさか椅子に座ったままで寝てたんじゃないでしょうね?ニィ博士」
 ニィ、と呼ばれた男は、女性の視線の先の物に気付いた。
 指に挟んだまま、殆ど吸われることのなかった煙草が細長い灰になっていた。
「あ、熱い」
 微かな身じろぎに白く燃え尽きた灰が落ちた。
「ちょっと。ラボで火災なんて冗談じゃないわよ」
 歩き去りながら言葉を投げ付ける黄博士を、ニィは黙って見送った。
 キイィ。
 スチールチェアのスプリングが軋む耳慣れた音に、ニィは漸く自分の存在する場所を思い出した。
「ホント、毎回毎回、唐突に現れるんだから。顔見るだけで満足して帰るくらいだったら、次に来た時には顔写真でも押し付けてやろうかな。それとも今からでも墓前に嫌味ったらしく供えて来た方がいいかもしれないね」
 小さく呟き、流石に自分が殺害を指示した相手の墓には、行き辛いものがあると気付く。
「いっそ一緒のプリクラ写真でも撮ってたら、あの人も納得したかもしれない」
 遡れもしない『時』を、思い描いた。
 床に散らばった灰が、エアコンの送風に煽られて散乱して行く。

 白く薄い破片のように、いっそどこへともなく飛んで行けたら。

「 ―――― くだらないなあ、我ながら」
 灰の行方を目で追いながら、ニィ・健一は声に出さずに呟いた。
 風に流され、砕け、小さく消えて行く灰を眺め、そして端末のモニタに目を戻した。





 いっそどこへともなく。
 時を越えて。
 今度は自分から、アンタの元へ。
 『元気そうじゃない?』
 『驚いた。もしかして、また背が伸びました?』
 『判る?』










 終 




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◆ note ◆
ゼロサム8月号ネタバレ???です。
『時をかける中年』です。
誤字の可能性もありますが(三蔵のウエスト56センチとかさあ!)、もうアノ年齢設定は、時をかけちゃったと受け取ることにしました。
光明の持つふたつの経文が強力な法力を放ち、互いに影響しあい、時空を歪めるんです。
8月号の光明39歳は、タイムリープで剛内の死に目に会いに行ったんです。
そこで健邑=烏哭と出会った光明は、三蔵を川から拾う時には、逆に烏哭を引き寄せちゃったんです。
江流7歳時の光明月見酒も同じく、ふらり放浪していた烏哭を時空を越えて呼び寄せたんです。
単に「これがかわいーんですよー」って状態の、まだほっぺあたりがぷっくらな江流ちゃんを烏哭に見せびらかす為だけにです!!

時をかける光明様は、親馬鹿の一念から経文を操作して時空を乱してタイムスリップを繰り返していたという可能性すらあるやも!?

たたずむ貴方の側へ、走って行こうとしてるんです。
褪せた写真の貴方の傍らに。


□ 後日追加 □
 一賽舎HP上で、ゼロサム8月号「江流14歳」は「江流4歳(光明39歳時)」の誤りであるとの訂正発表がありました。
 江流4歳、烏哭17歳、光明39歳です。
 『最遊記』において三蔵(玄奘)の「約10年前」の記憶の烏哭は「23歳、当時最年少の三蔵」で、このふたりの年齢差は約10歳と受け取れましたが、より正確には「約13年前」に「烏哭23歳」、「玄奘と烏哭の年齢差13歳」であり、その烏哭が三蔵を継承したのは遡って17歳の時であったということになります。

 光明が17歳の烏哭と出会った時点で江流は4歳な訳ですが、『リロード』2巻P83で登場した玄奘の見た夢?の、光明が玄奘を拾い上げる場面に烏哭らしき人物が傍らにいたのは、まあ、……夢マボロシだから……ということでFA?
 ゼロサム8月号には、「最高僧『三蔵』の称号を最年少で継承したばかりか、その才と人柄で、ふたつもの天地開元経文の守人を務める」との、光明を描写する台詞もありました。玄奘が子供の頃に周囲から妬まれていた理由に「三蔵法師に拾われた」「三蔵法師の育て子」ということがありましたが、素直に読めば「赤ん坊を拾った時、光明は既に三蔵だった」と受け取れます。光明が三蔵を継承したのは、江流を拾った35才時より以前のことである、という認識で、今のところ間違ってなさそう……ですかねえ???
 光明35才以前、烏哭17才、玄奘13才。
 三蔵継承者の若年化は、作品世界の時代のきな臭さが濃くなるのに連れているのかもしれないし、烏哭ひとりの存在に拍車が掛けられているのかもしれません。

 年齢設定は作品読込みの重要な手掛かりになります。ついつい血眼で重箱の隅つついてしまいます。ですが、過ぎればこれも無粋なことになるのかもしれません。
 『 ―――― ●年前・禅奥寺』
 ゼロサム8月号の舞台・時代設定です。
 光明と烏哭の関係を描いた今回の『act.×× "burial" 烏哭の章』のチェックポイントは、烏哭が17で三蔵を継ぎ、その時光明は30代の終わりだった、ということだけでよいのかもしれません。


□ 更に追加もえもえ □
>玄奘の見た夢?の、光明が玄奘を拾い上げる場面に烏哭らしき人物が傍らにいた
 光明の傍らにいた人物が、烏哭以外の人物だとしたら、それもまたもえもえです。例えば、別の三蔵法師だったりしたら、とか。光明が経文ふたつ持ってることに縁のある三蔵だったりしたら、とか。