sweet 
 誰よりも近く、紫暗の瞳を見ることが出来るのは僕だと、
 そう思えるのは嬉しい。
 吐息を触れ合わせながら、揺らぐ瞳が濡れて行くのを見る時とか。
 引き瞑った目蓋の、その縁に生えそろった長い睫毛が、
 髪の色よりも少し濃い色合いだと、気付くのだとか。
 時折食いしばる歯は、ついばむ接吻けを繰り返せば、簡単に解けると知ったこととか。

 どうしようもなく有頂天な気分を、言葉で表すこともしてみるのだけど、後から後から胸にわき上がるので追い付くということがない。

「好きですよ」
「好きですよ」
「愛してます」

 言う度にあなたは、眉間にしわを寄せるけど。
「しつこいんだよ、てめェは!真顔で言うな!」
 嫌がるような、困惑するような。『辟易』という言葉を表情で表すと、きっとこんな顔。
 けれど高まる熱に浮かされて、どんな時よりも素直な姿を露わにする、そんな時に囁く言葉には気まぐれに頷いてもくれるから。

 重なる近さで、晒された首筋に唇を滑らせながら。
 乱れた金糸から見え隠れする、貝殻のような耳朶に向かって。
 注ぎ込むように囁きを続ける。

「愛してる」
「あなたを愛してる」

 背に回る指がしがみついたり、首に絡む腕が力を増したり。
 肩に爪を立てたりしながら。
 切なげな声を。淫らな溜息交じりで。

「八戒……オレも、」

 小さなライトひとつしか灯していない、暗く静かな部屋の中には、先程までの熱がまだ、ゆらりとたゆとうていた。
 三蔵は髪を掻き上げながら、剥き出しの腕を煙草に伸ばした。

「寝煙草は禁止ですよ」
「起き上がってる」
「ベッドの上じゃないですか」

 酷く嫌そうな顔をするので、拗ねられる前にアッシュトレイを引き寄せた。

「今日だけ。特別です」
「そんなに簡単に枉げる規則なんざ、端っから振りかざすんじゃねーよ」

 先程までの、途切れがちな声とは違う、憎らしい口調。
 誰よりも近く乱れた姿を僕に見せた直後、三蔵は決まって不機嫌そうな顔を見せる。
 バランスを取りたいのかもしれない。
 膚と膚の間の、暖かな空気をかき混ぜたいと、余裕を見せつけたいのかもしれない。

「規則になんか、どうせ縛られやしないくせに」
「判ってんなら、いい加減てめェも諦めろ」

 僕は笑い、背を預けていた壁に、頭をこつんと押し付けた。
 そんな僕を見て三蔵が、マルボロを咥えながら眉を顰める。
 紫煙が目に滲みたのかもしれない。

「てめェの笑いは気にくわねえな、八戒。それは、全く諦める気がないという意味か」

 僕は答えずに、三蔵の横顔を眺めた。
 唇が僅かにすぼめられると、マルボロの先端に赤い火が灯る。
 三蔵の唇を見るのも、その小さな灯りを見るのも、とても楽しい。
 唇が薄く開き、紫煙が洩れた。
 人に向かって煙を吐きかけないとか、そういう当然の配慮のこととは判っているのに、背けられた首から肩への青白さは、いつでも僕を誘う。

「おい。煙草が吸いにくい」

 邪険にされて唇淋しく、空いてる三蔵の腕を掬った。
 三蔵の眉が動いた。
 肩から続く滑らかな膚には、薄い傷痕が幾筋も残っている。必要最低限の筋肉しかつかない躯は、筋張っているのにしなやかだ。
 腱を確かめるように指を這わせ、掌まで辿り着く。
 僕の手でくるみ込むよう、薄目の掌に拳を形作らせ、指の付け根に接吻けた。

 中指の節に唇を押し当て、味わうようにゆっくりと囓る。
 食べ物みたいに、歯触りを楽しみ、舌で確かめる。
 何の食感に一番近いのだろうかと、少し考えてみたけれど、三蔵に似た食べ物は思い辺りはしなかった。
 替わりに浮かんだのは、三蔵の鎖骨。三蔵の耳朶。三蔵の踝。三蔵の頸椎。
 腰骨の尖りから続く、翳る膚。鳩尾の先の、臍の窪み。
 全部三蔵のものだから、突然物欲しくなっても代替が利かないのだなと、悲しくなった。

「食うなよ……?」

 真剣に食われることを恐れるような、そんな声音がおかしい。
 おかしいけれど、一度感じた餓えのようなものが、僕の動きを止めさせてくれなかった。
 夢中になって、三蔵の関節を囓った。
 滑らかな硬張り。
 軟骨の、微妙な歯触り。
 舌先でなぞる、まろみの楽しさ。

 感覚が鋭敏なままの三蔵が、紫煙と共に溜息を洩らすのを聞き取る。

「てめ。そんなに嬉しそうに囓るな。本気で喰う気か!?」

 拳銃を握り慣れているのに、細さの目立つ指まで唇を動かした。
 日焼けしない膚は、それでも腕の内側とは僅かに違う色合いだった。
 ほんの少しだけ、クリームを帯びたような。
 張り詰めた滑らかさの指。
 囓る歯を移動させると、三蔵の煙草が揺れる。その揺れを恥じるように、彼は荒い動作でマルボロに吸い付いた。
 関節に。
 指先の、すべすべの爪に。
 咥え、嬲るように味わう。

 三蔵の胸が震え、唇から垣間見える歯が、マルボロのフィルタを噛んだ。

 三蔵と目が合い、彼の目元がほんのりと染まっているのが、無性に嬉しかった。
 感覚に囚われて、波に溺れ込むのに感じる抵抗を、自分で無視しようとしている時の三蔵が、とてもとても、好きだと感じた。

「きれいですよ」

 すっぽりと指を呑み、唇で刺激した。
 三蔵自身を愛撫する時と同じに、舌先でなぞり上げた。
 紫暗の瞳が、堪え切れずに揺れ動く。

 三蔵の指に挟まれたまま、ゆっくりと灰になって行くマルボロを、僕は浚って火を消した。
 ぼんやりとそれを目で追う人に、声を掛ける。

「三蔵。愛してますよ、あなたを」

 羞恥と忘我の狭間のあなたが、自分でどんな表情を作ればよいのか迷っている内に。
 歯を、きつく立てた。

「 ―――― !」

 切なげな声と同時に白い腕が首に絡み、ぴたりと胸が張り付くと、速い鼓動が僕を力づけた。

 言葉よりも、うんと素直な躯がひっきりなしに僕を呼ぶ。
 絡み付いては、呼び続ける。
 愛の言葉を滅多に紡がぬ唇が、それでも震えて動くのが、僕にはとても幸福だった。
 溜息の意味するところを、過大解釈しているのかもしれないと、そう訴えたらあなたは、嫌がるのだろうか。笑うのだろうか。困るのだろうか。
 マルボロの香りを残しているくせ、蜂蜜よりも、角砂糖よりも甘い声が、僕にねだった。

「もういい加減動けよ」

 ほんの少し腰を上げて、拗ねるように動いてみせるから。
 焦らすように突き上げて、また溜息を聞きたくなる。

「愛してますよ」
 僕だけを映す、瞳を見上げながら。
 気まぐれな唇が、言葉を返してくれるのを期待しながら。















 fin 







《HOME》 《NOVELS TOP》 《BOX SEATS》 《SERIES STORIES》 《83 PROJECT》



◆ note ◆
カウンタ66666を踏んでくださった、葉月綺乃さんへ
リクエスト内容「砂吐くほど、甘々な83」でした
あまあま……
会話であまあまする筈が、とにかく味覚食覚のあまあまに終始
……言葉で喚起されるイメージが、あまりに直截的な自分が憎いです
砂吐きまで行けたかどうか

ひたすら甘い気分堪能している八戒さんと、
結構甘さの嫌いでない三蔵様、
三蔵様の左手中指の関節を、綺乃さんに捧げます
66666ヒット、踏んで下さって、遊びに来て下さった方の数だけの感謝を
綺乃さん、ありがとうございます