SUKIYAKI SONG 
「何で俺が、よ?」
 悟浄の口元から、紫煙と共に呼気が白く洩れた。
 ひとつ大きな溜息を吹き上げ、暗く曇る天を見上げた。
「めっちゃくちゃ、寒ィじゃん」
「何で俺がー!?」
「お誘いしたのはあなたでしょう」
「貴様が言い出しっぺだからだ」
 窓の外のちらつく雪を見て抗議した悟浄に、三蔵と八戒は同時に言い放った。
「お客様を餓えて帰らせるなんて、悟浄も嬉しくはないでしょう?」
「さっさと行け。ついでに酒も買って来い」
 また同時に。
「へーへー。行って来ますよ。肉。買いに行きゃーいいんでしょうよ」
 食費用の財布を八戒から手渡され、悟浄は情けなさそうな顔をして見せた。
「……なあんか。雪、酷くなりそうな気がすんだけど」
 スキヤキの肉をひとりで平らげる勢いの悟空が、悟浄の視線に気付いたのか顔を上げた。
「……んまいーーー」
 至福。
 釘の一本や二本刺してやろうと思っていた悟浄は、悟空の余りに幸せそうな表情に、がっくりと肩を落とした。

 実際美味いのだ。
 肉はちょっと張り込んだし、スキヤキのタレとても、八戒特製のザラメ糖入り。
 新品のスキヤキ鍋の上で、肉の脂身もとろけ、ふつふつじゅうじゅう。
 先に入れたザラメ糖が焦げてカラメル化した、甘い薫りが暖かな部屋に立ちこめる。

「肉、追加してくれんの?」 
 期待に満ちみちた悟空の瞳に、悟浄はアッサリと勝負に負けた。
「……行って来まあす」

 ぶるっ
 悟浄はひとつ、身震いをした。
 熱燗でぬくもった躯が、もたもた歩いているうちに、冷えかけていた。
「さぶ……。こりゃ、奴ら今日は泊まりかぁ?」
 肉と共に酒の追加も言い渡されたが、一升瓶で2本は必要なのかと、思わず財布を覗いた。
「坊主とサルのクセに、遠慮もねえな」
 財布の中身に益々寒い気分になりつつ、悟浄は足を早めた。

 早く、部屋に帰りたかった。
 熱燗と、スキヤキ。
 こもる湯気。
 ……賑やかな、食卓。
「何しろ、寒過ぎ」
 暗い空から、雪は後から後から降り続く。
 通い慣れた商店街への道が、見知らぬ光景のようだった。
 通りを歩く人も、寒さにかがむように、下を向いて歩く。

 静かだった。

 雪が雑音を吸い込むと、どこかで聞いたことがあったかもしれない。
 夕日も沈みかけ、子供達の姿も声もない。
 誰もが、家路に向けて黙々と歩き続けるばかりだった。

「寒過ぎんだよなあ」
 泥交じりの雪道が、新たな雪に覆われて、悟浄の足跡が黒々と残った。
 靴が、雪に埋もれる。
 歩くごとに、爪先が雪を、少しだけ蹴り出し、沈む。

 肉屋と酒屋をハシゴした。
 ついでにストックの切れかけていた、ハイライトもカートンで買った。
 更についでにマルボロも3つ買い、まるで冬眠準備のようだと思った。
「…ま。明日にゃやむでショ」
 希望的観測ではあるものの、日差しの映える新雪を思い、悟浄の気が僅かに晴れた。

 ガキ共が、きゃーきゃー喚きながら、遊び回るんだろ。
 きっと明日は煩くなるな。
 しもやけ、あかぎれ、りんごの頬。
 ガキの雪合戦の流れ弾が、何故か俺は当たる確率が高い。ような気がする。
 それは被害妄想か。
 どーせ、ぶっつけられたところで、躾で投げ返すんだが。

 新しい煙草に火を着け、また紫煙を吹き上げた。
 眩しい新雪の中で駆け回る子供達の間に、雪合戦に混ぜてくれと駆け出す悟空の姿を思い描いた。
 雪まみれで転げ回る悟空の、嬉しげな顔が浮かんだ。
「……サルだしな」
 くすり。
 知らずに洩れた笑みに、後から苦笑した。

 天に向けて紫煙を吹き上げ続けた。
 肉と酒の、ビニール袋が手に食い込み、かさかさ、カチャカチャと音を立てた。
 雪道を俯いて歩く人波に逆らいながら、悟浄は天を眺めながら歩いた。

「明日にゃやむでショ」

 とっぷり暮れた夜道に、近付く家の灯りが、悟浄には妙に暖かく、目に映った。










If only you were here
You'd wash away my tears
The sun would shine once again














 fin 







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◆ note ◆
引き続きゼロサム7月号ネタでした
……この、季節感の無さは、どうしたものやら(笑)