■■■  種子 

 ひそりと、うずめられた種子。

 三蔵を、花のようだと僕は思った。
 凛とした立ち姿だとか、どれだけ痛めつけられたとしても、強く立ち上がる所だとか。
 野生の、美しい花のようだ。

「香るところも」
 腕の中に抱き締めた人の、首筋に接吻けながら香りを吸い込んだ。
 体臭は殆どない。
 汗を流してしまった後には、この人が手放さない煙草の香りだけ。
「何か、言ったか?」
 頸動脈辺りを強く舌でなぞられながら、三蔵は平素を装った声を出そうとする。
 早く、もっと甘い声が聞きたい。
 僕のことしか考えられなくなっている、三蔵の声が聞きたい。
「あなたが、いい匂いだって言ったんです」
 唇を胸元の淡い色に染まる尖りに移した。
「……!」
 噛む前から、三蔵はそうされることが、判っていたみたいだ。
 身を震わせながら、それを待ち、堪えた。
 別に痛くした訳じゃない。
 食べる真似をしただけだった。
「人間は雑食だから、肉に臭みがあって食えんぞ」
 張りのある声が喉に絡んで、切羽詰まっているように聞こえる。
 僕は三蔵のその声が、とても好きだと思う。
「こんなに美味しいのに。まるで果物みたいですよ」
 もぎたくなる。
 歯を立てたくなる。
 耳元で言うと、三蔵が唇を噛んだ。

 美しい花に賛美の言葉を贈るように、三蔵に囁き続ける。
 どれだけ、三蔵がきれいなのか。
 僕の手で乱れる姿が、美しいのか。

 顎をくるんでいた指で、首筋から鎖骨を辿り、脇腹をさすって腰へ。
 青白い下腹を通り過ぎて、腿から膝頭へ。
 暖かさだけを与えるように、ゆっくりと掌を移動させる。
 快楽を刺激しない触れ方を、三蔵は好み、そしてじれったく思うから。
 ベッドの中で、性的なニュアンスを匂わせない接触を続けると、三蔵は途端に途方に暮れる。
 心地よさにそのまま溺れて眠ってしまいたい欲求と、微かな感覚も拾い上げる膚から生まれる、欲望の波に呑み込まれたい欲望と。
 欲されることに慣れ過ぎた躯が、不安に震えた。
「……ウザい。ヤるならさっさとしろ」
 精一杯の不貞不貞しさも、吐息交じりで迫力がない。

 僕の掌は、三蔵に触れるか触れないかの接触を繰り返す。
 柔らかに、柔らかに。
 それでも確かに、三蔵の躯に種子を植え込む。
 悦楽の種子を。
 滑らかな膚の上、『触れた』ことを三蔵に報せる為の。

 三蔵の熱を感知することに長けてしまった僕の指で、つま弾くように、触れかかる。
 たった今、子供を宥めるように撫でていた指の、気付かれるぎりぎりの、悪戯。

「……っ」

 三蔵は一瞬息を詰め、深く吐き出す。
 蠢き出した快楽を、吐息に逃そうとするみたいだ。
 いや、多分本当に、彼はそうしたいのだろう。
 性的なものに溺れ込むことを、畏れているのだから。
 自分の浮かべる悦楽の表情を、見せてあげたら三蔵はどうするだろう。
 目を背けるか、それとも ――――

「きれいですよ、とても。こんな風に……」

 先程辿ったばかりの素肌に、指を走らせる。
 今度は、明確な意図を三蔵に判らせながら。

「……ッ、はぁッ」
「……目元を染めながら睨み付けるところなんか。唇、噛まないでください。充分色づいてますから」

 掌で触れながら植え付けた、快楽の種子が芽吹く。
 滑らかな皮膚の下、温まった体の血流に乗って根を張り伸ばす。

「ンンッ!」

 三蔵の体表を覆い尽くして、感覚に閉じ込める。
 
「声、堪えようとしないで」

 噛んだばかりの桜色の充血を指で弄ぶごとに、三蔵が香った。
 汗になる前の、体温と同じ温度の香りが立ち上った。
 眩暈を呼ぶような甘さを湛えていた。

 やがて密やかな場所に指を向かわせると、三蔵は髪を振り、香りは一層振りまかれた。
 躯を浸し犯す快楽から、逃げ出そうとする最後の抵抗。
 いやいやをするようにゆっくりと揺れる金糸が、引き攣るように撥ね上がった。

「八戒……、ウ、んァッ……!」

 すっかり体内に呑み込まれた指を探るように動かすと、それに合わせて息を詰めた。
 熱を帯びた息が、熱を帯びた躯から放たれるごとに、益々熱さを高めて行く。
 きつく瞑った目蓋の、金色の睫毛に滲むように涙が浮かんだ。
 眦に、今にも零れ落ちそうに。

 三蔵の躯に蠢く種子の根に、それは吸い込まれる。

「……っ、はっか……い……!」

 三蔵の躯が、最後の「瞬間」を人手に任せて迎えることに、捩れた。
 厭うて捩れながら、ねだるように腰を浮かせた。
 吐息を堪えようと噛み締められた唇は、濡れながら開かれたままだった。
 寄せられた眉根に浮かび上がる表情も、快感に身を委ねた者のものだった。
 素肌をしとらせた甘い香りが、雫になって表れ、流れる。

「そのまま、イッて」

 僕の言葉に睫毛が上がり、紫暗色の瞳が揺らいで現れた。
 濡れたその色を僕の目に焼き付けて、また目蓋が震え、閉じる。
 早めた手の動きに応えるように、三蔵の腕が僕の背に回った。

 花が開く。
 僕だけの花が、甘い香りを漂わせて。
 風に揺らいだ花のように、花弁を乱して蜜を零す。
 三蔵のほころんだ唇の色合いで、艶を浮かべて咲き誇る。

「……俺だけ、かよ。てめェも、さっさと、……来い」

 悪い口の言葉がなくても、僕ももう待つ気はなかった。
 開いた脚の奥に、躯を進めて。

「……っ」

 とうとう零れ落ちた涙を吸い取り、こめかみに彷徨わせた唇で、甘い吐息を吐く花に触れた。
 吐息を全部飲み込もうと、触れて塞いだ。
 息苦しげな三蔵が、細首を枉げても、塞ぎ続けた。

「ねえ、三蔵。あなた、感じて来ると吐息の香りが変わるって、ご自分で知ってました……?」

 甘い甘い、僕だけの知る花は、ただ咲きこぼれて美しかった。



 and, seeds of ...... - 3 years ago -

 斜陽殿を辞した三蔵は、三仏神の言葉を反芻していた。

『そなたにその大罪人を追跡して貰いたいのだ。名は”猪悟能”。
 ―――― 人間だった青年だ』

 恋人を奪い返す為に、妖怪千人の血を浴び変化したという。
 それ程の執着を持てるのは、どんな人間なのだろうと思った。
 自分とその恋人以外の者など、顧みることなく殺戮を行える、残酷極まりない男。

「『殺さず』が残酷でないとは、思わんがな」

 三蔵は、自分の養い子を見ながら、ぽつりと洩らした。
 神々の名に於いて、500年の時を幽閉の孤独に過ごす罰を科せられた、こども。
 三蔵の視線に気付いた悟空が振り返った。
 金瞳が、晴れやかな空を映して輝いた。

「何、三蔵?」
「何でもねえ」

 罪も罰も、それを与える側の論理で計られる。
 妖怪千人を殺した男の罪を、罰を、また神々が計るのか。
 そこまで思い、自分が舌打ちを打ったことに気付いた三蔵は、眉を顰めた。

 神の処罰が不服と思うなら、それならば自分は彼の罪を裁けるのか?
 我欲に飲み込まれ、醜くあがいた男を、自分は罰することが出来るのか?
 躊躇わずに殺戮を行った彼の心を、一体どう……?

『名は”猪悟能”。 ―――― 人間だった青年だ』

 自分を滅ぼしてしまう程に強く、人を想える男。
 それ程の想いとは、どんなものなのだろう。
 三蔵は、まだ逢ったこともない男のことを思い浮かべながら、煙草に火を着けた。

 ひそりと、うずめられた種子。
 密やかに、密やかに、根を張るは
 心の内。


 














 終 




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◆ note ◆
カウント88888のゾロ目を踏んでくださった、梅子さんへ
頂戴したリク内容は、「匂い、もしくは香り」で「あまいの」
香水は詳しくなく、さんぞさま天然の匂いのお話でした
八戒さんの数字、踏んでくださった方がいらして嬉しかったです

梅子さんへ、乱れて八戒を呼ぶさんぞさまと、そのさんぞさまを間近で眺める八戒さんを捧げます
オプションで、ちっこい悟空(笑)←活躍しなかったなあ…
何時も遊びに来て下さって、ありがとうございます