pierce 




「ね。なんで八戒イヤカフスなの?ピアス穴開けんの、嫌いな訳?」
「別に、そういう訳でもないんですが。たまたま、気に入ったカフス使ってるからって、だけですかね」
 悟浄の袖が耳を掠め、僕のイヤカフが落ちた。
 薄べったく湾曲した金属の、硬質だけど安っぽい音が、こんこん、と続いた。
「ダレカに貰ったんだったかなあ?」
「お、意味深じゃん」
「別にそんなんじゃないんですけどね。躯に穴を開けるのが嫌って訳でもないし。ただ、そのまんまにしているってだけですよ」
「ふーん」
 悟浄は僕の顔を、まじまじと覗き込んだ。
 艶やかな髪が流れ、紅玉の瞳が悪戯そうに輝く。
「開けてやろっか、俺が」
 間近に見る悟浄の顔は、端正に整いながらも、不貞不貞しい。
 人の躯に傷を付けてやる、と、こんなにも嬉しそうに言う、その悪趣味を、
 実は僕は信用してない。
「…あなたにやって貰うより、自分でやった方が手際よく出来そうな気がしますけどねえ。それに自分よりごついヤロウに穴開けられるのって、なんか少し、不本意です」
「俺だってヤロウに穴なんか開けたって、楽しかねえよ」
 悟浄は急に、興味を失ったかのように椅子に深く座り直した。
 どっかりと椅子の背にもたれ、余り気味の脚を手持ち不沙汰そうに組んで、煙草に火を着けた。

「悟浄、ホントは傷なんか付けるの、好きじゃないじゃないですか」
「そーかも。俺は精々キスマーク程度かも。どんなにがっちり痕付けても、一週間で泡みたいに消えちゃうようなのが、いっかな」
「マーキング?」
「継続してマーキングするかどうかは、時と運と気分次第」
「不誠実だなあ」
「自分の心に誠実だと言って」
 咥え煙草の紫煙に目を眇めながら、悟浄はそう言って、僕を見た。
「そーゆーのは、お前さん向きだろ?」


 痕。
 消えない傷。
 深く深く、貫通して。
 残る。

 悟浄に返事をしようと微笑みかけ、遠くから僕を捜す人を見つけた。
「そうですね。好きですよ」
 辺りを見回すために巡らせた首から、金色の髪が揺れた。
 僕の姿を見つけられないで、きれいな顔に苛立たしげな色が浮かぶ。
 三蔵。
 立ち上がって三蔵の許へ向かおうとする間際、悟浄を振り返った。
「消えない痕って、すごく淫靡ですよね」
「……すけべえ」
 僕の背にかけられた、呆れ返ったような声音も、聞こえない振り。
 背後に向かってひらひらと手を振り、僕は三蔵の方へ歩き出した。

 軽いプラスティックの、ガンタイプのピアッサー。
 使ったばかりのそれに、シンプルなファーストピアスをセットし直して、無理矢理みたいに三蔵の掌に載せる。
「ひとつは自力で開けたんですけど、並べて開けるのには微妙にずれちゃいそうで怖いんですよ」
「だからって何で俺にやらせようとするんだ。医者に行け」
「見知らぬ医者よりあなたに開けて貰う方が、100万倍いいに決まってるじゃないですか」
 ごねて嫌がるのは、判っていたんだけど。
 どうしても三蔵に開けて欲しくなって。
「耳朶に斜めに貫通しちゃったら嫌だし」
「他人の耳たぶのコトなんかに、責任を持つのなんか御免被る。……おい!」
 三蔵が指さす先、僕の肩に血が滴っていた。
 自分で開けたひとつめのピアス穴から、滲むように紅が流れ出る。
「こんなに出血することもあるんですねえ。折角氷で冷やしてからやってたのに。……三蔵、あなたがもたもた抵抗してるからですよ」
「俺の所為か!?」
「ほら、こうやって言い争ってるから僕も血の気が上がっちゃったのかも。また冷やしますから、そしたら今度はちゃんと開けて下さいね」
「冗談じゃねえ」
 三蔵は、掌の上のピアッサーを異形を見るような目つきで見ていた。
「……じゃあ、」
 反対の空いている方の手の、指を掴んだ。
「耳でなくてもいいです。あなたが開けてくれるんなら、ボディピアスでもいい」
 怖じる指を、僕の胸元に押し付ける。
「……!」
「……こことか。でなければ、もっと別の、あなたしか見ないところに」





アナタニシカ見ツケ ラレナイトコロニ






 鏡の前で、痺れる程に氷で冷やした耳朶に、消毒のコットンを滑らせる。
 僕に握らされたピアッサーを、気の進まない顔で持つ三蔵の顔が鏡に映った。
「マークしてる所に合わせて……。カシャンって、一瞬ですから」
 本当は『ガチン』と大きな手応えがあるのだけど、その辺は正確に伝えないでもいいだろう。
「そこを押すだけだから、簡単でしょう?」
 鏡越しに微笑み掛けると、三蔵が唇を開いた。
「……簡単な訳がないだろう。これからお前の顔見る度に、コレが目に入る。失敗すりゃ、一生モンの後悔の元じゃねえか」

 そうして欲しいんです。
 気鬱そうな三蔵の、手許がぶれて穴が裂き傷になったら、僕は多分もっと嬉しい。
 ずっと後々まで残る傷跡を、あなたにつけて貰いたい。

「一見で目に付かないトコロでもいいって、先刻言ったじゃないですか」
「てめェは本気で言ってやがるのが、嫌なんだよ!」
「痛っ」
 針が肉を穿つ音と、軽いプラスティックが、撥条で勢い良くぶつかる音がした。
 仕事を終えて、茫然と安堵の中間の表情を浮かべる三蔵の手からピアッサーを受け取り、もうひとつピアスをセットする。
「その調子でもうイッコ」
「覚えてやがれ……」
 鼻に皺を寄せ、憎々しげに言う三蔵は、とても可愛らしい。

 覚えてますよ。
 忘れやしませんから。
 躯に刻み込んだ痕と共に、あなたのその顔、その声、その指までも、永遠に。 

 撥条とプラスティックの音が、また。
 ……piercing
 

 可哀相に、他人の躯に穴を穿つ作業をいやいや済ませた三蔵は、酷く疲れたようだった。
 僕が彼の躯を抱き締めるのも、シャツを開いて胸をさらけ出そうとするのも、抵抗するのも面倒臭いといった風情で、なされるがままになっていた。
 ただ、接吻けるのに首に回し掛けた手が、僕の耳元近くに触れかけ、火傷したように逃げ出そうとした。
 折角つけたばかりのピアスからも、目を逸らしてばかり。

「ちゃんと大事にしますから。あなたに開けて貰ったピアス」

 三蔵の躯を覆い、目に付く所全てに唇を滑らせた。 
 首筋から鎖骨、きれいに肉の付いた胸まで。
 キスを降らせ続けていると。

 ぽたりと、紅。

 青白い素肌の上で、表面張力一杯の円味を持った雫が輝いた。
「僕にしか見えない所に」
 きっととても似合うだろう。
 
 三蔵に接吻けを降らせながら、僕は雫を見つめ続けていた。










illustration by SAYAKA







 終 



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◆ note ◆
八戒兄さんのピアス話を気に入って下さったサヤカさんにお願いして、イメージイラストを描いていただきました。
(「絵が浮かびそうです」とのサヤカさんの一言に、食らいついたさ!)
ずうずうしいおねだりに美しいイラストを描いてくださり、更にはトリミングのご許可も快くくださったサヤカさん、ありがとうございます
見る度、どきどき幸せです…