「……八戒。お前は俺が破門されるのを、そんなに見たいか」
「そんなつもりじゃないことは、判ってるでしょう?それにバレなきゃいいんです。バレたところで、異教の習慣を調べる為だったとか、あなたなら口先で何とでも出来るでしょう?」
「お前、来世は絶対畜生だ」
「諦めの悪い。三蔵も意外と肝が小さいなあ……」
「貴様」
「さ、子供達が待ってますから」
 八戒に押し付けられた真っ赤なコートを、三蔵は指先で摘み上げた。
「大体、既に思いっ切り異教の風習の御馳走を食べた後じゃないですか。毒をくらわば皿までって、よく言いますよね」
 目の前のテーブルには、ターキーにクリスマスプディング、彩り鮮やかなオードブルの数々。
 ……の残骸や、ソースの色だけ残っている皿が並んでいた。
「毒か。そーか、毒か」
「揚げ足取りしてないで。ほら、悟空も悟浄もとっくに支度済んでますよ」
 赤い衣装に身を包んだ悟空が、躯が隠れそうな程大きな荷物を背負っているのを、お揃いの衣装の悟浄がからかっていた。
「三蔵、さっさと観念した方がいいと思うぜ?ここで逃げると、きっと後引くって」
「そうそう。それにコレ、やってみたら結構楽しい」
 にやにやと笑いを浮かべる悟浄に一瞥をくれ、三蔵は目の前のフルートグラスを掴むとひと息に空けた。
 法衣をソファに投げつけるように脱ぎ捨てて赤いコートを着込む三蔵に、悟空は歓声を上げる。
「似合う!やっぱ三蔵が一番似合う!」
 八戒は、赤い帽子からはみ出す三蔵の金髪を撫でつけ、更に真っ白な長髭を付けさせた。
「本当によく似合って……」
「それ以上言う気なら、ここから一歩も動かんぞ」
「判りましたから、さあ」
 赤と緑のリボンが首に花結びになったジープが、三蔵の肩に乗った。
 八戒の開いたドアの外、舞う粉雪が街灯の明かりに浮かび上がっていた。
 しんしんと冷え込む空気が、四人の鼻をうっすらと赤く染める。
 さく、さく。
 ブーツの足跡が降り積もった雪に記された。
 足跡のひとつは、歩幅が不規則に、踊りながら続いていた。
「なんか、すっげ楽しい!雪って俺、好きだ!」
 くるくると回る悟空に、悟浄が雪玉を投げ付ける。
「走ると転びますよ!」
「奴ら犬か」
 あっと言う間に小さくなって行くふたりの影を、三蔵と八戒はゆっくり追った。

「雪ですね」
「見れば判る」
 つっけんどんな返事に、八戒は嬉しそうに微笑む。
「ホワイトクリスマスですよ」
「知るか」
「ロマンティックだと思いませんか?」
「コレがか!?」
 自分の鼻先にぶら下がった白い髭を三蔵が引っ張って見せた。
「あなたがここにいるだけで、僕にとっては世界中のロマンティックを全部集めたような気分です」
「……めでたい奴」
 八戒がまた微笑みを浮かべた。

 舞い落ちる雪の中、暖かな灯りが近付いた。
 静けさの中、澄んだ鐘の音が響き渡る。
 小さな教会の聖堂が、夜闇に浮かび上がっていた。

 八戒が腕を差し伸べた。
 盛大な溜息をひとつついた三蔵が、腕を伸ばした。
「ロマンティックでしょう?」
「阿呆」

■■■  クリスマスなんて大嫌い!! なんちゃって  

 長安まで買い出しに来たという八戒が三蔵の許に立ち寄った。
 溜まり気味だった資料の整理や部屋の掃除を手伝い、夕食を共にと招いて三人揃って悟浄宅に帰宅した。
 後になって思い返せば、扉を開いて自分の姿を見た悟浄の表情は、僅かな驚きを浮かべたものだったと、三蔵は気付く。
「……よお」
 扉を押さえる悟浄の腕の下をかいくぐり、悟空が真っ先に家の中に入った。
 普段通りの仏頂面の三蔵の背を、八戒が押す。
「どうぞ」
 促されて漸く、三蔵も室内に足を踏み入れた。
「三蔵達の所に寄って、忙しそうだったからお仕事ちょっと手伝って。そのまま引っ張って来ちゃいました」
「年末年始の坊主は、そりゃあ忙しいだろうなあ」
「今日、御馳走なんだろっ!?ごっちっそーっ、うー!」
 玄関先で八戒が悟浄に声を掛けている間に、三蔵は勝手知ったる悟浄の家の、居間のソファに向かった。
 真っ先に家の中に駆け込んだ悟空が、嬉しそうに飛び跳ねながら八戒にまとわりつく。
「今日は腕によりをかけましたから。丸ごとの七面鳥に餅米と栗を詰めた物がもうオーヴンに入ってるし、テリーヌも何種類か作ってみました。プディングにブランデーかけて火を着けたり。そうだ、ミートローフの飾りのマッシュポテト、悟空に絞らせてあげましょうか。まあ、まずお茶でも飲んで……あ、僕の作ったシュトーレン食べて下さいね。ラム酒漬けのレーズンがずっしり、分厚くまぶした粉砂糖が馴染んで、甘いですよ」
 悟空の瞳が、初めて聞く食べ物(と思しき物)の名前に、陶然とした色に染まって行った。
 素知らぬ振りの三蔵とて、実際に口にしたことのないものばかりだ。
「……八戒」
「何です、悟浄」
 三蔵に聞こえぬよう囁く悟浄に、八戒も囁き声で返事をした。
「悟空は食いモンで釣ったとして。あの最高僧サマはどーやってだまくらかしたんだ?」
「そんな人聞きの悪い……美味しいお酒がありますよって、言っただけです。余計なこと、言わないでくださいね」
 微笑む八戒が悟空と共に台所へ向かう後ろ姿を、悟浄は黙って見送った。
 ふたり分の食事にしては、道理で分量が多かった筈だと、思い当たった。
「ま、いっか」
 クリスマスだ。
 イブは例年酒場で過ごし、女達の嬌声の中でクリスマスを迎えていた。
 たまには健全なクリスマスを過ごすのも、面白いかも知れない。
「滅多に見られない余興も控えてそうだしな」
 悟浄は物騒な来客の顔をじっと見た。
「……何だ」
「いや、何も。ま、盛大にやろうぜ。流石のあんたも、こんな機会は滅多にねえだろ」
「そんなに珍しい食い物ばかりなのか?」
「珍しいのは取り合わせだと思うけどな。おアトは見てのお楽しみ」

 真新しいクロスに覆われたテーブルを皿が埋め尽くし、隙間には濃い緑の柊が飾られた。
 オードブルもサラダもオリーブやフルーツに飾られ、悟空を喜ばせた。
 テリーヌの色も上品でいて鮮やかで、凝ったソースが味を引き立てていた。
 香ばしい香りと共に現れた大きな七面鳥は、八戒に言われて悟浄が切り分けて行った。
「一家の主人が切り分けるんですって。ここは家主にやって頂きましょう」
「悟浄っ、俺、沢山頂戴!」
「こいつ満足させるには、豚の丸焼きの方がよかったんじゃねーか?」
「お代わり沢山ありますから」
「いいから静かに食え!」
 賑やかな食卓には、後から後から新しい皿が運ばれ、ぽってりとしたシルエットのワインのボトルが、幾本も空けられて行った。

 椅子にもたれ掛かった悟空が、幸福そうに叫んだ。
「もー、食えねー」
「おやおや。まだケーキがあるんですけど」
 空いた皿を下げながら、八戒が呟く。
「ケーキ!?大丈夫、俺まだ食え……もごっ」
 飛び起きようとする悟空の口を、八戒は掌で塞いだ。
「ちょっと、腹ごなししませんか?リフレッシュしてから、ケーキと新しいシャンパンを開けましょう」
 三蔵が胡散臭そうに片方の眉を上げた。
「腹ごなしの、軽い散歩なんかどうです?」
 一旦台所に消えた八戒は、赤い服と大きな包みを持って部屋に戻って来た。
「聖夜の清しい空気を吸って、君もサンタクロースになろう!」

 小さな教会に、子供達が集まっていた。
 三蔵達が聖堂の中に入った時には、既に悟空と悟浄の扮したサンタクロースに、子供達が群がっていた。
「サンタだ!」
「ホンモノのサンタクロースだ!」
 新たなサンタクロース達の出現に、子供達は三蔵と八戒の方に喜び勇んで駆け寄って来る。
「め……めりーくりすます」
 八戒に目配せされた三蔵の、付け髭の奥からの不明瞭な声に、子供達の歓声が弾けたように上がり、はしゃいだジープが聖堂を飛び回った。
 背負った袋から小さな包みを取り出すごとに、楽しげな笑い声とお礼の声がする。
「ありがとう、サンタさん」
 小さな子供が、しゃがんだ三蔵に、背伸びしながら抱きついて来た。
 満面の笑顔で、頬に柔らかな唇を押し当てる。
 面食らう三蔵を、善良そうなシスターや子供の付き添いの大人達が、微笑ましそうに見守っている。
「……八戒、覚えてろ」
「あはははは。でもほら、誰もサンタクロースが三蔵法師だなんて、気付いてませんし」

 町はずれの小さな教会に、親を亡くした子供達が集められていた。
 近隣の学校の子供達と共に、クリスマスを祝うのだという。
 サンタクロースに扮してくれと馴染みの商店の店主に頼まれ、八戒は苦笑しながら請け負った。

「ありがとうよ」
 その店主らしい男が、八戒に近付いた。
「そっちのあんたも……助かったよ、俺達親が扮装したら、イッパツでバレちまうからな」
 近付いて小声をかけて来る男から、三蔵は慌てて顔を背け、もごもごと返事をした。
 なんとあっても、この真っ赤な服に付け髭、ぴかぴかのブーツ姿の自分が、今代三蔵法師であることが知られてはならないと、三蔵は思った。
 大人達の目から逃れようと、子供の群の中に自ら突っ込んで行く三蔵を見て、悟浄の目が笑った。
「ねえ、やっぱやってみたら楽しいだろ?さん…」
「シィッ!このバカ、俺は今サンタクロースだ!」
 三蔵の名を口に出しかけた悟空を、三蔵はこっそりと小突いた。

 よちよち歩きの幼児がひとり、おぼつかない足取りで三蔵に歩み寄った。
 幼児に気付かなかった子供の躯がぶつかり、よろけた拍子に伸ばした腕の先に、しゃがんだ三蔵がいた。
 小さな掌が付け髭を掴むのを見た悟浄が思わず叫ぶ。
「三チャン!?」
 危ういところで髭を抑え込んだ三蔵の周囲で、子供達が目を丸くしていた。
「……さんちゃん」
「サンチャン?」
「サンタのサンちゃん!」
「このサンタさん、サンちゃんって言うんだって!」
 『サンちゃん』を連発する子供達に取り囲まれ、三蔵は眩暈を堪え、ただ立ち尽くしていた。

 踊る雪をかいくぐり飛ぶジープが、甲高くひと声鳴いた。
 いつの間にかリボンに飾りを追加して貰ったらしく、軽やかなベルの音が、羽ばたくごとに三蔵達の耳に届いた。
 雪化粧を施された家々の窓が、聖堂に灯った蝋燭の明かりのように美しかった。

「楽しかったな!」
「ああ、こんなに愉しい見物、この先十年は見られねえだろ」
 笑いながら歩く悟浄と悟空の後を、三蔵はひと言も口を利かずに歩いていた。
「三蔵?」
「………。」
「三蔵、もう髭外してもいいんですよ?」
「………。」
「まあ、正体もバレずに済んだことですし。皆さん、喜んでいらっしゃいましたねえ」
「………。」
 黙々と歩き続ける三蔵を見ているうちに、八戒の背筋が気弱く円味を帯び出した。
「……三蔵?」
「俺はサンタのサンちゃんだ。てめェ、誰だ?気易く勝手な名前で呼ぶんじゃねえよ」
「さん……」
「髭だと?てめェの髭は生えたり引っ込んだりするのか。ほぉ、便利なモノ生やしてやがるな。ああ、髭。襟元カヴァーされるのは、結構暖かいもんだなア!」
「三蔵、怒ってらっしゃいます?」
「何故俺が怒るんだ?お前、俺を怒らせるようなことをした自覚があるのか?ならひとりで勝手に反省してるんだな」
 取り付く島もない。

 八戒がぴたりと足を止めた。
 十歩進んで三蔵も足を止めた。
 悟空と悟浄の声が、雪に吸い込まれながら遠くへ消えて行く。

「ごめんなさい!僕はそれでも楽しかったです!」
 振り向く三蔵の視線の先で、立たされ坊主のように夜道にひとりぽつんと八戒が、『気を付け』の姿勢で声を張り上げた。
「クリスマスに一緒に食事して、笑って、ワイン飲んで!普段はしないようなはしゃいだ格好で、夜の雪道を歩いて、教会の鐘を一緒に聞いて、蝋燭の明かりが映えたきれいなあなたが見られて!」
 三蔵はその姿を眺めながら、腕組みをした。
「ディナーの準備をしていた時も、長安へ向かう途中も、あなたの部屋で片付けを手伝っていた時も!ずっと嬉しくてしょうがなかったんです!」
 三蔵は顎をしゃくって先を促した。
 八戒の声が、徐々に小さくなって行く。
「今だって。こんな言い訳してる最中でも、真っ赤なコートの肩も髪も、雪がふわふわ飾りみたいにきれいに見えて。三蔵と一緒に降る雪を見るだけで、幸せで」
 八戒が深く息を吸い込むのを、三蔵は見ていた。
「怒られても、幸せでごめんなさい!三蔵、メリークリスマス!」
 負けない大声で三蔵が叫び返した。
「この、最悪の大バカ!真っ先にそれを俺に言え!!何がロマンティックだ!?何時迄俺をこんな寒い所に立たせるつもりだ!?反省したらさっさと来い!」
 目を丸くした八戒は、聞いたばかりの言葉を頭の中で反芻してから、十歩の距離を三歩で追い付いた。
「…このっ!?」
 自分よりも幾分体格の大きな男に、走った勢いのまま飛びつかれ、三蔵がよろけた。

「三蔵、メリークリスマス」
「メリークリスマス」
 憮然とした声が、聖夜を祝う言葉を紡いだ。

 さく、さく。
 静かな足音が、また続いた。
「ケーキは俺はいらん、何かつまみを追加しろ」
「ええ、チーズがありますよ。大根スライスのカナッペに明太子ディップなら、すぐ出せますけど。……でも、ケーキも自信作なんですけど」
「味見くらいならしてやる。……シャンパン、美味いんだろーな?」
「勿論!」
 八戒は、さっきまでプレゼントの入っていた袋を掲げ、どっしりとしたシャンパンボトルを取り出して見せた。
「サンタクロースの扮装、本当はボランティアなんですけど。クリスマスプレゼントにって、今頂きました。……充分冷えてますね」
 三蔵と八戒に声を掛けてきた男は馴染みの酒屋の店主なのだと、楽しげに囁く。
 呆れ顔を見せる三蔵の前で、八戒はボトルのシールを毟って針金を捻った。
「わ」
 針金が緩むと同時に、コルクが飛んで軽い音を立てた。
 細やかな泡が吹き出し、甘い香りが漂う。
「たった今走ってボトル揺すったばかりだろうが」
「景気付けの時は、抜栓の音立てたっていいじゃないですか」
「地面に吸わすな、勿体ない」
 シャンパンに濡れた掌を振る八戒を後目に、三蔵はボトルを奪い取った。
「あ」
「美味い」
 ボトルに唇を付けてシャンパンを飲んだ三蔵は、満足げに八戒を見た。
 ボトルを取り返そうと伸びて来る手を無視して、ふた口、み口と飲み続ける。
「交替してください!」
「するか、バカ。……実に美味い酒だな」
「三蔵!?……三蔵!?」



 


 
 あなたと共に過ごせる奇跡を感謝して。
 I Wish Your Merry Christmas !!










 ハレルヤ! 




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◆ note ◆
沢山のありがとうと好きの気持ちをこめて

雪は降ってますか?
好きな人と会えましたか?
きれいな言葉を、誰かに伝えることは出来ましたか?
ねえ、幸せ?

タイトルはクレイジーケンバンドの曲名からでございます
♪今夜、愛し愛されたいんだ♪