忍耐と執着 
 その日は、朝からとてもいい天気だった。
 所謂絶好の行楽日和。
 或いは、洗濯日和。
 シアワセな人は無条件で更にシアワセになるような、
 反して、そうでない人はその晴れ渡った空にさえ恨み言の一つや二つや三つや四っつ…言いたくなるような。
 そんな晴天。
 前日に辿り着いた宿が、運良くも一人部屋を人数分、空いていて。
 おかげで、夕食後。それぞれがそれなりに、有効にそして心安らかに過ごせた翌朝だけに、食卓を囲む面々の顔は個人差はあるものの、概ね『上機嫌』の範疇に分類されていた。
 最も、元気が有り余りすぎて…ついでに並んだ朝食が質量ともに充実していたり何かした事に大喜びな悟空と、それをからかって遊ぶ事を一種義務のように思ってるフシのある悟浄のかけ合い漫才めいたやり取りが、掴み合いの喧嘩に発展する一歩手前辺りを彷徨っていたりはしたが。まあ、概ねは。
 一応…平穏。
 そう表現しても吝かでないだろう、そんな朝。
「三蔵…」
 常通り…掃除機にも似た勢いで、並べられた食事の大半が悟空の胃袋に収まり、珍しくも騒動が発生する事も雷が落下することなく終盤に差し掛かった頃。
 ふっと、思い出した。
 如何にもそんな感じの何気なさで…八戒が斜め向かいに座した三蔵の名を呼んだ。
 因みに、面倒見の良い彼の保育士の傍らには無尽蔵の胃袋が、向かいには朝帰りの色男が席を占めている。
「…愛してます」
 それらを一瞬にして意識の彼方に追いやったらしい八戒が、黙々と…嬉しそうでもなく、かと言って疎かにする事無く…食事を摂る三蔵へピタリと視線を合わせ、言った。
 何の前触れも、脈絡もなく。
 いっそ見事と言ってイイ唐突さで。
 余りにサラッと言うものだから、うっかり聞き逃してしまいそうな程。
 まあ、それでも、ソレは充分に爆弾になりえる言葉で。
 言うなれば火の点いたダイナマイトのようなモノ。
 一瞬で、他の3名の動きを凍りつかせる程度の威力は軽くあった。
 驚きの余り、言葉もなく…大好きなツナとコーン入りのオムレツを取り落としている事にも気付いていない悟空と。
 食後の一服に銜えた煙草に、火を点けようとライターを取り出したままで動く事を忘れた悟浄と…。
 そして…何より、真っ向から爆弾発言をかまされた当の本人である三蔵は…けれど、一瞬後には何食わぬ顔で珈琲を飲み干すと、空になったカップをニコヤカな笑みを湛えた八戒に差し出した。

「で、一体何だった訳よ?アレ」
 あの後、何事も無かったように注ぎ足された珈琲を飲み、滞りなく食事を済ませた三蔵が、雷を落とす事も壁に銃弾で彫刻する事もないまま席を立ち。
 その嵐の前の静けさとしか思えない静かな背中を、対照的にけたたましい悟空が追いかけて行って。
 そのどちらにも、取り立てて声をかけ呼び止めたり、或いは連れ立って席を立つ理由も必要も見出せなかった悟浄は、向かいでのほほんと食後のお茶を飲んでる親友に問い掛けた。
「え?」
 聞こえてなかった筈などありえないのに、わざとらしく怪訝そうなカオをしてみせる八戒に、もう一度同じ問いを繰り返す。
 特別、何がなんでも知りたい訳ではなかったが、有耶無耶にしてるとどうにも…落ち着かない。その程度の好奇心で。
「あぁ…賭けをしたんです」
「賭け?」
「えぇ…」
 曰く、例の告白を1万と8百回。
 言えた暁にはソレに対して真剣に取り合って貰えるらしい。
 途中で放棄すれば八戒の負け。
 無視出来ずに怒鳴りつけるなりなんなりの実力行使にでれば三蔵の負け。
 そう言う事だそうな…。
「…で、なんで『1万と8百回』なんだよ?」
「煩悩の数だそうですよ?正しくは百八らしいですけど。ソレくらいだったら簡単に達成しそうだって…で、1万と8百回」
 クスクスと…笑って答る、一見非常に人当たりのイイ親友の顔を見返して。ついで悟浄はこっそり三蔵に同情の念を抱いた。
 あの…忍耐と言うモノに縁が有るとは到底思えない三蔵が、それほど長く耐えられる気がしない。
 よしんば、それなりに保った所で、相手は無くした最愛のヒトの仇を討つ為に千人斬なんて無茶をしでかすような男である。
 結果は端から見えていた。














 end 







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◆ note ◆
「A PLANET」の未来恵様から、「83ラバーのお姉さま」限定配布とのことで、頂戴致しました
「お姉さま」で笑った方、そこに直れい!
めぐむちんが、良いって言ってくれたんだもん!
クールな目線で描く、八戒さんと悟浄のやり取りが楽しかったです
めぐむちゃん、ありがとうございますv