■■■ 傀儡
この世に生まれた瞬間に、為すべきことを知っていた。
この世に自分が生まれ落ちた、その理由を知っていた。
我は使役されるもの。
式神なり。
「ククク…!この数ヶ月間、奴らを追い回した苦労が、漸く報われるぜ!」
実体化した俺達の前で、主は狂ったように笑い続けた。
自分の躯が、大量のデータによって生成されていることが、自分で判る。
式神としては、最大限に緻密な呪術構成によって、俺達は作られた。
戦闘に特化した肉体は、今にも駆け出しそうだった。
しかし、主の前に俺達はただ立つ。
命令がなければ、俺達はただの土塊と同じ。
言ってくれ。
命を下してくれ。
闘う為に作られた躯の、研ぎ澄まされた神経が、ぴりぴりと。
ひりひりと。
命を下してくれと、びりびりと。
「お前達に命を授ける。お前達の姿形、能力のオリジナルである、玄奘三蔵一行を殺せ。お前達は奴らと同じ戦闘能力を持つ。奴らを倒せなくば、せめて相打て!俺がこの手で、魔天経文を奪う為に!」
授けられた命が、俺達の躯を漸く動かす。
俺も、居並ぶ他の式神 ―――― 濃い焦げ茶の髪の子供、艶やかな黒髪の男、紅い髪が長く流れる男 ―――― も、主の前に膝をついた。
闘いの為に作り出された躯に、目的が与えられていのちを得た。
後は、自らの躯が壊れるまで闘うだけだ。
自然と、唇が笑みを象る。
見れば他の式神達も、にやりと笑みを浮かべている。
俺と同じく、土塊に吹き込まれた命。
壊れるまで闘い続けるだけの、使役されるもの。
我らは、式神なり。
「お前達に名を遣ろう。オリジナルと等しい能力を持つお前達には、オリジナルと同じ名を遣ろう。お前の名は、玄奘三蔵だ。孫悟空、沙悟浄、猪八戒だ。オリジナル共を、叩き潰せ…!」
主の哄笑が続いた。
夜明けと共に行動を開始する。
主はそれまで、短い睡眠を摂ると言った。
式神である俺達は、眠らずに夜を過ごした。
生まれて初めて見る月を、「悟空」は大きな目をして見上げていた。
何とはなしに懐を探り、指先の感知したものが煙草であることを、焼き付けの知識で知った。
煙草を咥えると、「悟浄」がすかさず火を寄越す。
にや、と、不貞不貞しそうな笑みに唇の形を作りながら、その実俺達は、何故自分達が月を見上げるのか、煙草を求めるのか、理由が判らぬままだった。
不要な行動。
式神としては、無駄な部分。
「悟浄」はそれでも、ライターの火をじっと見つめていた。
俺はその火を、煙草の先に大事に吸い取った。
「八戒」は、そんな俺達の様子を、困ったように笑いながら眺めていた。
―――― 見守る。
「八戒」の瞳にそんな言葉をふと思い付いたが、それも不要なことかと、口には出さなかった。
何も口に出さなくとも、やがて夜が明けるだろう。
朝日は昇るだろう。
俺達は、命を果たしに行くだろう。
「玄奘三蔵」
「孫悟空」
「猪八戒」
「沙悟浄」
呼ばれることのない、呼び合うことのない名を、それでも俺達は心の内に抱き締めながら。
主の命に従って、この土塊の躯が動く限り、その名だけが拠り所。
◆ 終 ◆
◆ note ◆
さんぞvs式神さんぞで、両方譲らず向き合って進む様子見てたら、
「式神さんこちゃんでいいです。うちんちに遊びに来て下さい」って思いました