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突然!江流くん 〜とーさま編〜
今日はこれからお買い物。
大好きな「とーさま」と手を繋ぎ、江流さんは上機嫌です。
良くも悪くも目立つお二人は、既に市場の顔なじみ。
方々のお店から威勢のいい声が掛けられます。
「よう、兄さん!活きのいい魚入ってるよ。ボウズの頭にゃDHA!
今夜のおかずに買ってきな!」
店先に並ぶ生簀の中から泳ぐ魚を掬い上げ、
掴み上げては「どうよ!」と見せる店主さん。
魚がピチピチと跳ねる度、
銀の鱗が陽に映えて、きらきらと光撒き散らします。
「すっごーい。おサカナさん、げんきいいのねv」
間近で見る活け魚に、江流さんは興味津々。
ご主人様の手を離し、店主さんの傍で更によく見ようとなさいます。
「お、ボウズ。魚好きか?」
「んとね、あのね、こうりゅうあんまりたべたことないの」
「そりゃいけねぇなあ。育ち盛りに肉と魚は欠かせねぇ。何でまた?」
店主さんは咎めるようにチラリとご主人様を見られます。
「えとね、えーっと…そだ!『むしぇっしょう』だから」
ご主人様と僕は凍りつきました。
そ、その話をなさっては、ややこしい事になってしまいます;;
すっかり『親子』で通っているのに、本当の事が解ったら誘拐犯と思われかねません;;
しかし、
「な、何だって?む、むしぇ??」
舌ったらずが幸いしました。
店主さんは首傾げ、助けを求めるように僕等をご覧になりました。
「あははは;;江流君はすっかりお魚が気に入ったようですね。
よし、今夜は焼き魚にしましょう。店主さん、他の買い物済ませてきますから、
その間に10匹ほど捌いておいて頂けますか」
「へい、毎度あり!アンタいつも沢山買ってくれるから大助かりだ。
ほらよ、これオマケ。ボウズにワカメの味噌汁でも作ってやんな」
言いながら、店主さんはワカメの一杯入った袋をご主人様に投げられました。
「有難うございますv」
こういったご好意は素直に受けておくべきもの。
ご主人様はニコヤカに、買い物袋にワカメの袋を収められました。
と、
つつと近寄られた店主さんが、ご主人様の腕を引き、
何事か囁き始められました。
「実はさ、ウチの…ほら、そこに立ってるだろ?娘がさ、
アンタのこと気に入っちまったみたいでよ。
もしよかったら、その、なんだ;;一回茶でも誘ってやってくんねぇか?」
なんと!
確かに店の奥、長い黒髪を編んだ女性が恥ずかしげに頬を染め、
ご主人様を見詰めては、モジモジとエプロンを弄んでいらっしゃいます。
「いや、勿論無理にとは言わねぇ。けど、男手一つで子供育てんのも大変だろ?
やっぱり『母親』が必用な時もある。
娘はさ、俺が言うのも何だが気立てもいいし、器量だってまぁそこそこだ。
アレはアンタが子連れでもいいって言ってんだ。
惚れちまってんだなぁ。
はは、親ばかって笑ってくれてもかまわねぇぜ。けど…」
「ダメーーーーーーーーッ!!」
延々切々の訴えを打ち切ったのは江流さん。
捕らわれていないもう片方のご主人様の手をしっかり握り、
思い切り威嚇の眼差しで、下から店主さんを睨みつけていらっしゃいます。
「とーさまは、こうりゅうのっ!だれもとっちゃダメなのっ!
とーさまはずーーーーーーっと、こうりゅうだけのものなのっ!!」
大声で。
一撃必殺の殺し文句。
魚屋の店先のみならず、周り全ての人々が、呆気に取られ瞬間石化しました。
正直困り果てていらっしゃったご主人様は、
この上もなく嬉しそうに微笑まれ、江流さんを抱き上げると、
「申し訳ありませんが、僕の腕で抱しめられるのは一人だけ。
この子を愛し、守りきることだけで精一杯です。
お気持ちは有難いですが…」
何人も立ち入れぬ絆。
見せ付けられて流石に店主さんも諦められたご様子でした。
「…いや、気にせんでくれ。アンタの都合も構わず言い出した俺が悪いんだ。
娘もこれで諦めがつく」
娘さんは目元を拭っていらっしゃるご様子でした。
けれど健気にも此方を向いて、微笑を見せて下さいました。
本当に美しい、穢れのない笑顔でした…
「ま、これはこれ。明日っからも遠慮なく顔出してくんな。
息子にはしそこなっちまったが、俺ぁアンタが気に入ってんだ。
今時珍しい礼儀と知性ってヤツを備えててよ。
魚、ちゃんと捌いとくから、ほら、買い物行ってきな」
店主さんは遺恨無く、爽やかに送って下さいました。
僕達は野菜を買い、切れかかっている調味料を求め市場に店を探しました。
この市場、抜けた所がちょっとした広場になっています。
中央には噴水もあり、街の人々の憩いの場所になっているようです。
目的の店は市場の外れ、広場に近い所ににあって、
買い物を済ませた僕達は、魚屋さんに戻る前に少し休憩する事にしました。
「人込みの中沢山歩いて疲れたでしょう。何か飲み物買ってきましょうね」
ご主人様は僕に江流さんをお預けになり、
近くに出ている露店に向かわれました。
ほっと一息です。
ね、江流さんv
(ぎゅきゃっ!)(う゛きゃっ!)
大変です!!
たった今、ベンチで隣に座っていらっしゃった江流さんが、
江流さんがいらっしゃいません!!!
どうしましょう;;どうしたらいいんでしょう;;;
こんな事ご主人様に知れたら『おしおき』どころでは済まされません。
『鰭酒』確実です!
僕は上空舞い上がり、懸命にお探ししました。
なんとしてもご主人様が気付かれるより先に見付けなければっ!
僕はこの時ほど江流さんの金髪に感謝したことはありません。
あの方の稀なる髪色は、とてもよい目印になります。
幸いにも直ぐに発見する事が出来ました。
僕は驚かさないように、広場を挿んだ市場の反対、
街道の口に立つ江流さんへ近付きました。
江流さんは立ったまま、何やらモゴモゴと呟きながら、
目を閉じ、両手を合わせていらっしゃいます。
い、一体何を??
「……あん」
「あん」??な、なな、ナント悩ましげな(///)
ついつい幼児化していらっしゃる事も忘れ、顔を赤くなどしておりますと、
「何処行っちゃったのかと思いましたよ。江流君、何してるんですか?」
両手に紙コップを持ったご主人様が傍に来ていらっしゃいました。
「あのね、おまいり」
「へ?」「きゅ?」
「これ、『おはか』でしょう?おししょうさまねぇ、いつもこうするの。
だからこうりゅうも『あん』するの。『まんまんちゃんあん』」
言って、江流さんは再び目の前の石塔を拝み始められます。
でも、それは…
「西 天竺 東 長安」
側面に掘り込まれた『道標』…
旅人に教えるにしては余りにアバウトではありますが、
この際そんなこと置いといて、
なんて…なんて可愛い勘違いさんでしょう!
も、も、どうしろって言うんでしょう!!
ひとしきり『あん』して納得されたのでしょうか、
江流さんはニッコリと、悶絶寸前のご主人様と僕を見上げられました。
広場のベンチで心臓を落ち着け、
魚屋さんで捌かれたおかずを受け取って僕等は帰路に付きました。
夕暮れ時、はしゃがれてお疲れが出たのでしょうか、
江流さんは歩きながらコクリコクリと舟をこぎ始められました。
ご主人様が屈まれて、背中を差し出されますと、
江流さんは何の迷いも無く掴って凭れかかって行かれます。
僕はご主人様から魚の袋をお預かりします。
少しでも『おんぶ』が楽にできるよう。
間もなく、スヤスヤと寝息が聞こえてきました。
「ふふ、無邪気なものですね。
こんな風じゃ光明様、可愛くって仕方なかったでしょう…
ちょっと羨ましくなっちゃいます。ねぇ、ジープ」
「きゅうv」(はいv)
「…お魚屋さんでのあの言葉…『三蔵』が言ってくれたらどんなにか…」
「きゅきゅきゅんきゅきゅぅ…」(ご主人様ぁ…)
そんな…切なげに…
「贅沢言っちゃいけませんよね。口じゃなくてもあの人は、カラダでちゃんと伝えてくれていますから…」
(きゅおあっ!)(うおあっ!)
微妙な爆弾発言にクラクラしつつ、
危うく落としそうになった魚をしっかり咥え、
僕等は家路を急ぎました。
あ、玄関でごくさんが手を振っていらっしゃいます。
もう直ぐ夕飯。
「むしぇっしょ…」基「無殺生」なんてキレイに無視して美味しくお魚いただきましょう。
魚を焼くいい匂い、きっと江流さんも目覚められるでしょう。
口にされた時どんな感想持たれるか…
お聞きするのが僕はとっても楽しみですv
◆ おわり
◆
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◆ note ◆
佐倉龍之介さんから、「月来香」様の人気作品、『Pretty Panic』(連載)『ぷりぱに』に続く、可愛い可愛い江流くんのお話を頂きました
元の『Pretty Panic』は、江流くんがちっこくなるまでに、三蔵さまが難にあったり、また、八戒さんが悩んだり、色々な出来事が描かれたお話です
その中から出て来た「かわいいさん」な江流くん……みっつですvvv可愛いです
このお話を龍之介さんが書かれる時に、ちょこっとリサーチ(作品の中で使われる言葉が、関西圏以外で通用するかどうか…^^;)をした御縁で、ぷりてぃな江流くんのお話を頂戴致しました
何でもやってみるものです…v
『とーさま編』の次は、『ごじょ編』が有るそうです
楽しみです。龍之介さん、ありがとうございます