■■■  VELVETEEN - DOLL - 

 手の中の心地よい重み。
 脇の下に手を差し込み持ち上げれば、くたりと躰を預けてくる。
 緩やかに縺れる金糸の髪。
 なめらかなミルク色の頬。
 そして、透きとおる紫色の。

 硝子の瞳。


「さあ、これでいいですね」
 チョキンと小さな音をさせて、玉止めの間際で糸を切りながら、八戒は一人ごちた。
 器用な手の中には、黒い天鵞絨(びろうど)の小さな衣装。
 突き合わせより幾分控え、前を釦で留めないまま羽織る、ボレロという丈の短い上着だ。
 なめらかさを楽しむように、艶やかな布の表面に長い指を滑らせる。
 二度ほど繰り返し、次に指を進ませる方向を変えると、生地は毛羽立ち、その光沢を変化させた。
「さあ、お着替えしましょうね」
 八戒は一旦小さな衣装を傍らに置くと、身長2フィートあまりの人形を取り上げた。
 自分の正面の応接セットのテーブルの上に向かい合うように座らせ、今着ている衣装に手をかける。
 しどけなく投げ出された脚が、微かに揺れた。



「何してんだ、いったい」
「ああ、三蔵」
 声を掛けられて、八戒は振り返った。
「髪、まだ濡れてますよ」
「何してるのか、訊いてんだ」
 シャワーを浴びて戻ってきた三蔵は、不機嫌そうに言葉を重ねた。
「人形の衣装を作ってたんです。ほら、美人さんでしょう?」
「………」


 強く生暖かい風に追いたてられながら、西へと向かっていた。
 日が暮れるにつれ怪しくなっていく空模様に、四人の不機嫌は募ってゆく。
 ここしばらく、集落はない。
 今夜も野宿の予定だったのだが。
 森の中で、幾分か風雨が遮られるとはいえ、やすらかな眠りは望むべくもなかった。
 少しでもマシなところをと、野営に適した場所を求めて未練がましくジープを走らせたが、行けども行けども同じような地形ばかりで。
 もうこれ以上進んでも危険なだけだと、三蔵が停止を命じようとした時。
 
 ふいに森が途切れ、古い洋館が現れた。


 その屋敷は大きかったが、宿泊施設ではなかった。
 それでも、嵐に追われてきた人間を放り出すのが忍びなかったのか、館の主人は四人を招じ入れてくれた。
 人手が足りないので何もできないと言われたが、それでも食事と風呂を与えられて、四人はホッと息をついた。
 石造りの洋館はひんやりしていて、窓を締めきっていても、蒸し暑い感じはしない。
 追いついてきた嵐が、窓に大粒の雨を叩きつけはじめていた。


「ここの娘さんの人形なんですけど、ほら、誰かに似てると思いません?」
 八戒の言葉に、並んでソファに腰掛けた三蔵は、顔を顰めた。
 袂からマルボロを出そうとして遮られ、尚更不愉快そうな顔をする。
「匂いが移っちゃったら申しわけないですから、ちょっと我慢してくださいね」
「なら、さっさと戻して来い」
「後は新しい服に着替えさせたら終わりですから」

「この人形はここのご主人の叔母さんのモノなんだそうです。先日未亡人だったその方が亡くなって、ご主人夫婦はこの館を、娘さんはこの人形を遺産として受け取ったそうです」
 隣に座る人によく似た色の髪を、慈しむように八戒は撫でた。
「で、人形は手入れがよくて状態がいいんですけど、流石に衣装が古びてしまっているので作りなおそうとしたんだそうなんですが」
 針仕事は得手じゃないのでそのままになってしまって。
 そう言われてベッドを借りたお礼代わりに引き受けたのだと、八戒は話を締めくくった。
「借りを作ったままっていうのは、貴方も嫌でしょう?」
「…ふん」
「まず、今着ているものを脱がせましょうね」
 白いゆったりとした衣装を、八戒の手が繊細な動きで剥いでいく。
 その指先の動きに、三蔵はふい、と視線を逸らした。
「あれ、この子男の子なんですね。へえ、男の子の人形っていうのもあるんだ」
 感心したように呟く八戒の声に、三蔵は再び頭を巡らした。
 着ていたものを全て取り去られ、纏っているものはといえば豊かな金髪だけの、横たえられた人形がそこにあった。


「ほら、見て」
 八戒の指が、人形の胸から腹、腹から脚へと滑っていく。
「すごくなめらかですよ。エステティックといって、手に入れてからも、自分で表面を磨くんだそうです。人形でもエステって言うんですねえ」
「なんて手つきで触ってんだ」
「え?」
「ヤらしいって言ってんだよ」
「あれ?人形にヤキモチ焼いてるんですか?大丈夫、僕には三蔵だけですよ?」
「馬鹿か?とにかく撫でまわさなくても服は着せられんだろ。さっさと済ませろ」
 人形の上を滑る自分の指の動きに頬を羞恥の色に染めていく三蔵に、八戒はクスリと笑った。
「分かりましたから、そんな怖い顔しないで」
 てろりとした生地の装飾の多い白いブラウスを纏わせると、却って人形はエロティックさを増す。
 少年を表わすシンボルがブラウスの裾に隠され、そこから伸びるミルク色の脚がなまめかしい。
 性を隠されたことで、人形の面は両性具有者めいた風情を湛えた。
「服着てるほうがエロティックなのって、いつも思うんですけど不思議ですよねえ」
「いつもっていつのこと言ってんだ!?いちいち喋んな!」
 堪りかねたように口を挟む三蔵に笑いを胸の内でかみ殺しながら、八戒はそれでも大人しく残りの衣装を人形に着せた。
 膝までの丈のズボンをはかせ、共布で作ったボレロを羽織らせる。
 続いて、白いハイソックスに黒いエナメルの靴。
 漆黒の天鵞絨のボレロの上で、人形の金髪はますます眩く輝いた。
「さあ、これで出来上がりです」
 八戒はそう言って、人形の細い首に纏いつくブラウスの大きな襟の下に、幅の狭い、美しい濃紫のこれも天鵞絨のリボンをくぐらせた。
 長い指を器用に動かして、それを小さな蝶の形に結わえる。
 そしてもう一度軽く髪を梳いてやり、めかし込ませた人形をテーブルの上に座らせて、八戒は満足そうに小さくため息をついた。
「どうです?なかなかの出来でしょう?」
「終わったのか?ならさっさと返してこい。煙草、吸わせろ」
 どうでもいいように言う三蔵に、八戒の形のよい眉が寄った。
「相変わらず散文的ですねえ。それに煙草は少し控えるいい機会じゃないですか」


 意見されて眉間に皺を寄せる三蔵を、八戒はしばらく見ていた。
 そしてふいに気を変えたように微笑み、するりと腕を伸ばして三蔵の肩を掴んでソファの背凭れに軽く押し付けた。
 突然の行動に固まった三蔵と、軽く唇を重ね合わせる。
 柔らかく甘噛みして吸い上げると、掌の下の体は細かく震え始めた。
「………なにしやがるっ」
 息を吹き返して押し返してくる腕をやんわりと掴みなおして、八戒は更に深く口付けた。
 自分で自分を支えきれなくなった三蔵の体が、横ざまにソファに倒れ込む。
 その振動で、テーブルの上の人形が硝子の瞳を二人の方に向けて、同じように倒れた。
 投げ出されたような大小二つの姿に、八戒は眩暈を感じたように軽く目を閉じた。
「……ん……ぅんッ……」
 苦しそうにする唇を解放すると、三蔵は肩を上下させて喘いだ。
「貴様…ッ」
「要するに、口淋しいんでしょう?なら、こっちでもいいじゃありませんか」
「こっちってどっちだ!?煙草にあっちもこっちもあるかっ!」
「唇に咥えるのが快感なんでしょう?」
 そう言って、これを吸えとでも言うように舌を絡ませる。
「…ん……ぁァ…」
「この人形、なんて名前なんでしょうね」
 容易くオトされて力なく瞳を閉じる三蔵とはそこだけ対照的にぱっちりと紫硝子の瞳を開いた人形を見て、八戒は呟いた。

 
 するすると法衣の腰紐を解き始めると、三蔵の体が強張りを伝えてきた。
「ここでヤる気か!?」
「何か不都合でも?」
「……見てる」
 誰がと問いかけて、三蔵の紫暗の瞳が同じ色の瞳を映していることを知って、八戒は思わず笑った。
「人形ですよ?」
「分かってる」
「幾ら綺麗でも、あの瞳には何も見えてないんですから。ただ映してるだけ」
「…分かってる」
 小さな声で言い、それでも人形から目を離せない三蔵に、八戒はくすんと微笑った。
 わざとさっき人形にしたのと同じ手つきで法衣を肌蹴ると、羞恥に細い体が跳ね上がる。
「嫌、だっ」
 更にぴったりと上半身を覆うアンダーを捲り上げると、三蔵は激しくもがいた。
「やっぱり、全部脱いじゃうより、ヤらしいですよねえ」
「ヤらしいのはてめえだっ!この変態野郎!!」
「でも、その変態さんにヤられても感じちゃうんですよねえ」
「……殺す!マジ殺すッ!」
「ええ、たっぷり殺してください。二人で天国に行きましょう」
「行きたきゃてめえ一人で行けッ!人を…………ぁああっ!!」
「もう黙って。これ以上可愛くないことを言うと、そこのお人形みたいに声も出せなきゃ体も動かせなくしちゃいますよ」
 僕、以前に鍼灸の先生の仕事を見せてもらったことがあるんです。
 その台詞に、ぴたりと三蔵は動きを止めた。
「試してみたことはないですけど、要するにツボを突けばいいんですよね」
「……」
「人形みたいに弛緩した体を抱くのって、どんな感じなんでしょう」
「……」
 呆然と見開かれた紫暗が酷く美しい。
 八戒は目を細めて、うっとりとそれを眺めた。

 同じように丸く見開かれていても、熱を帯びて潤んで揺れる瞳。
 同じように細くてなめらかでも、しっとりと汗ばんで息づいている肢体。
 けれど細腰を捉えて貫けば、壊れた人形のように目の前に投げ出される人。
 そう。
 三蔵は僕の人形なのだ。
 僕にされるがままの。
 今だって、僕の下で震えるしかない。
 その考えに酷く満足して、八戒はもう一度微笑った。



 優しく、優しく、磨き上げる。
 自分だけのモノにするために。
 この世に一人だけのヒトにするために。
 優しく、優しく。
 ゆっくり、ゆっくり。
 時間を掛けて。
 そう、時間はまだ幾らでもあるから。



 倒れた人形(ひとがた)の虚ろな瞳の映す世界の中で。
 温かく息づくふたつの姿が。
 緩やかに絡み合い、沈んでいった。

 人形にはけして分からぬ熱に動かされて。















 END 




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◆ note ◆
閉架書庫様の、kitoriさんから頂戴致しました
キリリク『escape』のお返しとして、こんなにきれいでエロティックなお話をゲット…
お話のドールのイメージ元は、まのまつとむ製作所のまのまさんの書かれた江流くんイラストや、 月下の祈りの日下部葉月ちゃんの愛娘ドールからです
……うちんちのドールもかにゃ?
実際にドールを目の前にしつつお話を読ませて頂いておりまして、眩暈がして来そうに官能的な思いを致しております
こんなに幸福でよいものでしょうか、ワタクシ

kitoriさん、ありがとうございます