■■■ イテっ!
「イテっ!」
ボロ宿の窓のさんに手を突いた悟空が、小さな声を上げた。
ささくれがささったらしい指を咥えて情けなさそうな顔をしてみせる。
「痛えー!いってえー!」
「煩い! 貴様の指が痛くても、俺は全く困らん! 静かにしろ!」
「だって痛いんだってば!」
新聞を読む邪魔をされ、三蔵は不機嫌丸出しに応えた。
「ささくれ……抜けない……抜けないと痛い……」
指の腹にほんの少しだけアタマ出す棘を、爪の先で摘もうとしたり、吸い出そうとしたり。
一向に騒々しさの収まらない悟空に、業を煮やした三蔵が腕を伸ばした。
「……ナニ?」
「見せろッ!」
これ見よがしにヒトの目の前で痛がっておいて、そんなことも判らんのかと、ハリセン一発。
打たれた頭を抱えてひと通り痛がった悟空が、漸く大人しく三蔵に腕を預けた。
窓際の明るみの中、読みかけの新聞を放り出したテーブルから躯を横に向けて、三蔵は指先で眼鏡を掛け直した。
「吸っても抜けなかったか」
「うん」
「そこの荷物から、小物入れ取れ」
「うん」
小物入れには、細々とした雑貨。
そこから三蔵は、銀色に光るものを取り出した。
針だ。
「ややや、ヤダよっ!」
「突き刺しゃーしねえよ! 何ならアイツにやらせるか!?」
怖じる悟空にまた怒鳴りつけ、部屋の反対側に首を向けた。
「……へっ、俺?」
ソファに転がって煙草の煙を噴き上げていた悟浄が、素っ頓狂な声を上げた。
その傍らで悟浄に微笑みかける八戒の手には、手荷物小荷物を纏めかけの紐。
今手を離せば、紐はすっかりばらけてしまってやり直し。
にっこり。
ふたりの様子を眺めた悟空が、大人しく腕を差し出した。
「動くなよ」
「うん」
針先を火で炙り、悟空の開いた掌に顔を近付け、長い睫毛の目を眇める。
日差しにきらきら輝く針で、棘の先を突っついてみる。
「痛むか?」
「ううん」
小さな小さな痛みの元を、埋もれさせてしまいそうな皮膚を。
つ、と。
「……動くなよ」
「うん」
薄皮一枚分、針先に僅かに引っ掛け。
裂く。
「まだ動くな」
「うん」
難しそうな三蔵の表情が、悟空にすっかりうつっている。
先程より少しだけ正体を露わにした棘を、針が器用に誘い出す。
押し上げるように。
周囲の皮膚を押さえながら。
起こし上げるように。
「つ。」
「もうちょっと」
棘はようよう現れて、針先が余裕たっぷり引っ掛け、抜いた。
「抜けた!」
「終わりだ。後は舐めとけ」
夕刻、宿の食事時間に食堂へ移動する。
ジープを肩に留まらせ、ステップを踏むように部屋を出る悟空、続く悟浄。
三蔵も立ち上がると、煙草を灰皿に押し付けようとした。
「上手でしたね」
「あぁ?」
傍らに立つ八戒に不審気な表情を向けたが、すぐに棘抜きの一件のことだと気が付いた。
「指先の小さな棘、小さな痛み、あなたに看てもらえるの。悟空が羨ましくなりました」
「ナニ馬鹿なことを」
八戒は三蔵の腕を取り、手甲に包まれた掌に唇を押し当てた。
「舐めるとこまでやって貰えたら、シアワセなんですけどねえ」
脳味噌腐ってんのか?
三蔵は罵り言葉を吐こうとしたが、気を変えて、八戒の腕を逆に掴み取った。
「じゅっ」
「わ。」
消しかけた煙草の火を、掴んだ腕に押し当てる真似をする。
咄嗟に引いた腕を反対の手で庇い、情けのない表情を浮かべる八戒を、三蔵はせせら笑うように見た。
今度こそ煙草を灰皿に押し付け、気分よく部屋を出ようとする、その背後で。
「乱暴なんだから。ホントウに火傷したら……、悟浄に舐めて貰おうかなあ」
「ナニィっ!?」
慌てて振り向き目に入るのは、機嫌よさそな澄まし顔。
◆ 終 ◆
◆ note ◆
針でつつかれるのって、少し背中が涼しいかなあと思って。
目指せ納涼ばかっぷる話でした。