■■■  一夜 





――― …は…あっ… ―――

零れ落ちる声。

三蔵は口元抑え飛び起きた。
動揺が鼓動を跳ね上げ、汗がこめかみ伝う。

脳裏に残る夢幻の余韻。
浮かされ火照る身の浅ましさ。

「くそっ…」

口惜しさに唇噛めど、熱が引く事は無く。

奥深く灯る淫らな焔、
現に在るも燻り続ける…

真夜中の室内。
広すぎる寝台に見上げれば天蓋。
四隅に下がる灯篭が仄白く闇浮かぶ。

何故こんな宿に来た?
何故隣に奴がいる?

全ては己の意地のせい。
今更悔いても時は戻らぬ。

「…ん…」

隣人の寝返り。
此方に向いた面から、手元、寝息が掛かる。

瞬間、

手を引いた。

熱い…

彼の息触れた指先が、
そこだけ…燃えるように…

このままでは…

堪らず寝台出ようとすると、

「何処へ…」

しっかりと腕を掴まれる。

思わず竦んだ。

焦り、怯え、羞恥。
否定したい一切が全身を駆け巡る。

捕らわれた手首伝う熱、
瞬く間頬上り、抗いきれぬ誘惑が、

『墜ちろ』

と手招きをする。

振り返れば、
あの眼差しを見つけてしまえば、

きっともう戻れない…

「…離せ…」

顔を背けたまま、
弱々しく、微かな抵抗。

もっとはっきり拒みたいのに、それが精一杯で。

「嫌です」

憎いほど簡単に。
意思表示する八戒は、取った腕引き胸元に、痩身を抱き寄せた。

せめて目が合わぬよう、
三蔵は俯き瞼を閉じる。

頑なな様に微笑して、八戒は耳元囁き落す。

――― ユメ… ―――

ビク、と。
戒めた身体が反応した。

――― ユメノナカデナニヲシテタノ ―――

恥じらいか、屈辱か、
小刻みに震う肩。

顎に指添え上向かせ、戦慄く睫にキスをする。

反射で開く菫の瞳、
映すのは…堕天の翠…

「あ…」

交差する当惑、策略。

吐息ごと摘まれる唇は、
戯れ、啄ばみ、やがて深く…

最早抗する力など、どこにも篭りはしない。

「…はぁ…ん…」

面離せば名残惜しげに紅い舌先が後を追う。

なのに…

「はな…せ…」

この期に及び、
理性の欠片で三蔵は拒絶する。

――― ウソツキ ―――

軽く、耳朶を食み、
強く、首筋を吸う。

息飲む隙に裾を割り、
唯一素直な昂ぶり捕えた。

「はっ!…あぁっ…」

「もう…こんな…
『宿』のせい?
『オアズケ』のせい?
それともやっぱり『夢』の中で…」

ゆるゆると攻め上げながら、

まるで面白がるように、八戒は立て続け三蔵に問い掛けた。

「…う…るせ…あっ」

睨もうとするものの、紫暗は蕩けきり、
口調とは裏腹に先を、果てをと強請ってしまう。

「おま…がっ…こんなとこ…連れて来るからっ…」

「貴方がいいって言ったんですよ?
恋人達が愛紡ぐ部屋。僕達にぴったりじゃないですか」

「ばっ…か…んっ…」

十日ぶり辿り着いた街。
宿は何処も満室で、やっと見つけた空き部屋は、
所謂、

『連れ込み宿』

だった。

「ナニするトコか知ってんの〜?」とからかう輩に息を巻き、
とにかく眠れればいいと、決めてしまったのが運の尽き。

こんなことになるなんて…

追い立てる手は容赦を知らず、
嫌でも過ぎる極みの記憶。

餓えていたなど…

絶対に認めたくない。

プライド保とうとすればするほど、
与えられる快感が、一層鮮明になる。

「ほら…身体はこんなに正直…苛めちゃ可愛そう…」

慰めてあげますと、八戒は三蔵横たえ、
手の内の潤いを、唇で包み込んだ。

「っ!は、あああっ!!」

跳ね上がる腰押さえ込み、柔らかな温もりでいとおしむ。

硬く、目を閉じて、
三蔵は髪を打ち振った。

人差し指をきつく噛み、痛みの中に逃げようと…

上目遣いでその様捕え、八戒は素早く腕を取る。

「また、そんなことを…」

伸び上がり、
薄く血の滲む傷口を、見せつけるように舌で絡める。
三蔵の目の前で、
口腔含み、濡れた音立て。

放り出された分身が、新たな涙を零す。
焦がれ、震え、続き求めて止まらぬ雫が幾筋伝う。

「…は…あ…八戒…」

遂に…

「あ…も…」

艶めく唇から、懇願が漏れ落ちた。

取られた腕に手を添えて、懸命に訴える。

――― ドコニホシイノ ―――

八戒は微笑み浮かべ、囁きで頬擽った。

目顔で自ら導くよう促す。

三蔵が激しく頭を振ると、指咥えもう一度愛撫加える。

「ふあ…うっ…」

もどかしさに眉顰め、三蔵は恐る恐る八戒の手を希へ誘う。

「ココ…?」

根元から先端へ。
試すようになぞられる潤み。

弱い刺激は物足りず、組み敷く腰が不満に揺らいだ。

「それとも…ココ?…」

「ひゃう!あ…はぁん…あ…」

一際大きく。
上がる嬌声は留まらず、白き肢体は歓喜に染まる。

雫を辿る指先が、見つけた愛しい蕾。

慈しみ込め愛すれば、蜜纏い美しく開花する。

「はん…ふ…あああ…はっかい…はっか…い…」

既に言葉は意味成さず、
背中彷徨う両腕が、代わりに行為を急かす。

「ねぇ、教えて…貴方をこんなにしたものは…ナニ?」

「…は…ふぅ…ん…お…まえがっ…」

「違うでしょう?貴方を融かしたものは『夢』…
僕の知らない行けない場所で、貴方は一体ナニをしてたの…」

指の楔で愛でながら、八戒は最初の問繰り返す。

潜む悋気を感じ取り、三蔵は薄く目を開けた。
苦しげに息吐くと、
八戒の夜着襟元に、すっと手を忍ばせた。

「…こう…して…」

掌ゆっくり肩滑り、胸を露に肌蹴させ、

「それから…」

晒される熟れた実を、爪先でつと掠める。

「…くっ…」

思わぬ悪戯。
八戒は疼痛に苦鳴した。

――― ワルイコ ―――

呟いて、穿つ楔の数増やす。
待ちかねる欲探し出し、弄ぶように触れては離れる。

「はああっ!やっ…やあっ…」

どうしてと、無き濡れた瞳が切なげに見上げる。

「一人遊びで身を焦がしたの?
…それとも…誰かを誘っ…」

「おまえをっ!…おまえの前で俺はっ…んぅ…」

言い切らぬうち叫びが遮る。

八戒は手を止めた。

「…ホン…トに…」

高みを目前に、
三蔵は声も無く、幾度も、幾度も頷く。

「嬉しい…貴方から僕を…」

「あ、は…もっ…はっかいっ…おねが…」

篭る欲を持て余し、三蔵が背に縋る。

「ええ…僕も…もう…」

脈打つ滾り、熱求め…

「!!んっ…ふっ、あああああっ!」

突き抜ける衝撃。

目も眩む開放。

与え、奪い、交じり合い…
夢の続きに溺れ行く…


乱るるは君のみならず

惑うは共に

堕つ 一夜…







 了 




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◆ note ◆
佐倉龍之介さんの「月来香」様の8300キリ番を踏み、リクエスト小説を書いて頂きました
リク内容「三蔵の夢」。当時ウラの無かった月来香様なのに「出来ればえっちアリでv」という、今思うとすんばらしいリクエストをさせて頂きました
龍之介さんの書かれるお話は、言葉が大変きれいで大好きなのですが、頂戴したお話も、色っぽくてとてもきれいです
睦み合う、という言葉がとても似合います…v

龍之介さん、ありがとうございます
龍之介さんの書かれる色っぽいおふたり、大好きです