■■■  陽溜まり 

 午後三時。
 太陽は、まだ暖かさを保ったままでゆっくりと傾き始める。
 壁に大きく切った窓ガラスから、斜めに日差しが差し込んでいた。

 一晩掛けて山越えをし、鬱蒼とした翳りを漸く抜けた小さな街で、三蔵達は宿を取った。
 洗い物を宿に頼み、食事を済ませ、買い出しをし、街の寺院に立ち寄って情報収拾をし、小暗い通りで銃弾の補充をし……
「電池切れかよ」
 三蔵が呆れ交じりに呟いた。
 見下ろす視線の先では、夜通し凹凸のキツイ山道を、ステアリングを握り続けた男が。
 くたりと。
 床に投げ出した脚の先で、靴がいつもより大きく感じられる。
 ベッドの上で横になればよいものを、荷物の整理中についうとうとと…というキャプションでも付けたいくらいの、無防備さで。

 部屋の大半を占めるふたつのベッドの片方。
 ベッドの足下の床に腰を降ろし、脚を伸ばし。
 消耗品を荷物にまとめ、地図を確かめるうちに目蓋が重たくなって行き ――――
 伏せた睫毛と黒髪が、日差しに淡く茶に輝く。
 
 ブーツの踵が硬質な音を、でも控え目に、響かせた。
 白い法衣姿が床に広がった地図を掻き分け、居眠る男の傍らに腰を屈めて仰ぎ見る。
 窓越しに、宿の中庭の常緑樹がさやさやと葉を揺らすのが眼に映った。
「……呑気な奴」
 ガラス越しに葉ずれの音が聞こえたような気がした。
 鮮やかな緑は、乾いた外気にも負けずに輝いていた。
 窓に四角く切り取られた陽光が、部屋の奥まで届き。

「!?」
「掴まえた」

 ベッドに背を預けていた男の、緑の瞳が日差しを柔らかく反射した。
 腕を捉えられた三蔵は、瞳の色合いに包まれたと思った次の瞬間、視界が反転して躯ごと抱き留められていることに気付いた。

 離せ。
 人前に居眠る顔晒すような間抜けな真似、してんじゃねえよ。

 唇を塞がれるうちに、さして重要でもない言葉のやりとりなど忘れてしまう。
 室内に微かに伝わるのは、合わせた唇の角度が変わる時に洩れる溜息と、差し込まれた指から、金糸の髪の滑る音。



「いつまでやってやがる」
「時の許す限り」
「てめェの気の長さに、他人を合わせさせようなんて思ってねえだろうな」
 両脇を支えられた三蔵が、男の胸に重心を委ねながら呟く。

 冬の日差しは柔らかに、室内を横切り床に陽溜まりを落とす。
 温められた空気が締め切るガラスに閉じ込められ、まるで温室のようにふたりには感じられた。
 輝きと、温もり。
 眼差しと、接吻。
 抱き留める、腕。
 引き寄せられるままに三蔵は、床に伸びた脚に跨る。

「お行儀悪いなあ」
「誰がだ」

 接吻けの合間に交わす戯れ言が、時を置いてはまた続いた。

 


 ふたりの耳に、時計の秒針の進む小さな音が届いた。
 閉ざしがちの目蓋を開けば、部屋には蜜の色合いの光が溢れていた。
 旅の途中の簡素な宿も、こなれた手触りの荷物と今目の前に見える眼差しがあれば。
「ずっとこうしていたい」
 白い喉元に唇を当てたまま、男が呟いた。
 声の震えが伝わり、三蔵は喉を更に仰け反らせた。
 撓る躯に強く腕が回り、ふたりの隙間には髪ひと筋の隙間もなく。
 三蔵はその隙間を無理矢理に開くように、身体をよじった。
「……三蔵?」
 声には答えず、自分の背に回された腕の、指先に自分の指を絡める。




「ただ抱き締めて、過ごしていたい」
 悦楽に反らされた喉から、小さく笑う声がした。
 流れる金の髪は太陽に透かされ、触れる唇に、まるで日差しそのものの温もりを与えた。
「ずっとこうして……」
 ひやりとした指先が、組み合わされて熱を持った。
 宿る熱を冷ますように、はぐらかすように、確かめるように、指は組み替えられ続けた。
「……ああ、そうだな」
 溜息に紛れそうな呟きが、唇に吹き込まれる。





 もう少しだけ。
 蜜色の日差しに溺れて。










 終 




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◆ note ◆
のどかに、うっとりとしながら
たまには怠惰に
…お誕生日作文にこういうの書けばよかったのにねえ…