■■■ GO TO WEST
「 ―――― 知っているだろう?脳には『海馬』がある」
「海馬?セイウチの別称ですね」
雀呂の言葉に応える八戒の笑顔が、三蔵には妙ににやけているように見えた。
八戒は、セイウチやトドやオットセイが好きだと、以前三蔵に語っていた。
憧れを感じるらしい。
八戒の笑顔を見ているうちに、三蔵はとてつもなく嫌な予感に見舞われた。
雀呂が、額をとんとんと指で叩きながら、卑しげな笑みを浮かべる。
「海馬は比較的近い記憶を納める部位だ。そこに呼びかければ、簡単に引き出せるぞ。頭の良い人間なら、より鮮明にな」
笑顔が下司だと三蔵は鳥肌を立てた。
目つきも下品だ。
嫌らしささえ漂う。
「昨日の夕食はチャーハンだったな」
「そうそう、セットのスープが美味しくて」
気付いてしまうと、雀呂の顔がスケベそうに見えてしょうがない。
「今日は?」
雀呂の言葉と同時に、三蔵の隣に立つもうひとりのスケベ面の男が、とんでもないことを言い出した。
「その後頂いたこの人も、勿論とっても美味しくて」
雀呂の、白茶けたどくろに埋め尽くされていた幻覚世界が、ピンクに染まった。
『あっ、ああっ。も、やめろ…!八戒…!?』
『まだ逃がしませんよ。……今日のチャーハン、にんにく利いてましたし、妙に元気になっちゃって。オマケにスープがスッポンエキスたっぷりでしたしねえ』
抜かずの何パツ目か、三蔵が数えるのがいやになるほど疲労困憊しているというのに、八戒は元気に腰を動かし続けていた。
『おかしいですね。あなたはもっと食べた方がいいんじゃないですか?』
『お前は精の付けすぎだッ!!』
「こ、これは……!?」
「夕べの僕らの幻覚みたいですね。なんだかビデオセットしてヤったみたいな気になるなあ。そういうのも、結構趣あるかもしれませんね」
三蔵と八戒の目の前で、ピンクにライトアップされた自分達が、まぐあう姿が浮かんで見えた。
「で、『今日』ですか。確か『今日』はしたまま迎えたんですよね。日付越えて、二日越しで愛し合いたいなあって、思っちゃったんですよね?」
よね?じゃねえよ。
愛し合うとか言うな。
三蔵はそう、毒づいた。
ピンク色の世界の中、続いて聞こえる雀呂の言葉の端々を、あえぎ声がかき消す。
「今日は、 ―――― そうだ、××で溺れたな」
『 ―――― っ、やっ!やめ……ふぅっ…んん!』
!!!
しまった…!!
日付を越えて続く八戒とのセックスに溺れた記憶が、無理矢理のように三蔵を襲った。
ゴボッと鼻血を吹きながら、八戒が思いだし笑いを浮かべた。
「そうそう、この辺りから三蔵も、素直に啼き声をあげてくれるようになったんでしたっけ?本当に可愛らしい人ですね、あなたって……」
スケベ面め。スケベ面め。スケベ面め。
三蔵は呪いのように口の中で呟いた。
時間の感覚がなくなる程にだらだらと焦らしながらの快感を感じさせられ、自らの欲望に屈服した記憶が、術によって三蔵の目の前に現れた。
愛欲に溺れた陥落の記憶の渦に飲み込まれる中、遠くから雀呂の声が聞こえて来る。
『…くぅっ。ふ、あ、あ!』
『どうして欲しいんです?嫌なんですか?それとも続けて欲しいんですか?』
『……!』
「どんどんと、×んで行く」
『口にしてくれなければ、判りませんよ?』
『あぁッ!?や、め……それ、やあっ……!?』
「もがいても×××の×えない、深い深い××の×だ!!」
雀呂の声音の響きだけが、ただ耳にこだました。
詳細な言葉は聞こえず、ただ昨夜自分達が繰り広げた痴態が、目の前に再生されるといういたたまれなさに、三蔵の額の血管が膨れ上がった。
「あの時三蔵、可愛かったんですよねえ。縋り付いちゃって」
「あ、阿呆!?」
「だって、いつも××なのに、段々盛り上がってくると×××を××って来たりして。そんなの、僕だって×××っちゃうにに決まってるじゃないですか」
ピンクに染まる光景の、空気まで、いや、その時の室温までもが体感出来そうなマボロシに、サンゾウの目の端に羞恥で涙が滲んだ。
『…っから…!はやく、×れろ…っ!』
「 ―――― さあ、×まで×が入っていくぞ! 」
「は、恥を知れーーーーーーーー!!!!!」
がうん!がうん!がうん!がうん!がうん!
銃声が虚空に消えゆく中、雀呂は、自分の土手っ腹に空いた銃創を、不思議なものを見るような目で眺めていた。
「撃てる筈がない……」
幻覚に囚われている筈の人間如きの武器に傷付けられたなど、雀呂には信じ難いことだった。
「お前ら、一体……?」
掠れ声は、三蔵の耳に届くには小さすぎた。
「三蔵、一体何を怒ってるんです?」
「近付くな、バカっ!今の奴も、お前もっ!みんな嫌いだっ!来るな!近寄るなッ!!お前の所為で、何で俺ひとり恥ずかしい思いをしなくちゃならねえんだ!?」
「本当に三蔵ったら、照れ屋さんなんですからvそこがまた可愛いと言えば…」
「お前が一番、恥知らずだーーー!!!」
愛用の拳銃が溶解するという幻覚に、玄奘三蔵は一度は囚われた筈だった。
その幻惑の術が何故破られたのか、その理由を知ることなく、雀呂の意識が薄れて行く ―――― 。
『催眠術は人の話をマトモに聞きそうな人に対して使うものだと思うわ』
八百鼡は心の中で呟き、雀呂にこっそり手を合わせた。
『……それにしても、一体三蔵さん達ったら、どういう想像をしていたのかしら……?
』
腐女子的妄想をこの時の八百鼡が持っていたかは、さてさて一体どうだかなあ?
かくして三蔵達は、坤を守って戦っているであろう悟空との合流を目指し、進み始めた。
年越しだろーが何だろーが、彼等の行く手を阻むものは、みな蹴っ散らかされるのだ
。
ただひたすらに、GO TO WEST !!
◆ 終 ◆
◆ note ◆
2002年末に、時間的余裕のなさに、自分で掲示板に仮アップしておきながら
「今年はこれで暮れるのか」と感慨深かったお話です
案の定、酒呑んで仮眠している数分の内に除夜の鐘を聞き逃しました
……ネタだったらなあ