ここより永遠に - 7 - 
「入るぞ」
 言葉と同時に金蝉童子の私室の扉が、勢い良く開け放たれた。
 窓辺にもたれ掛かり庭を眺めていた金蝉は、その後続く嬌声に身を竦ませた。
 金銀綾の反物を持った女官達が、部屋の中に大挙して押し寄せてくる。
「な、なにご……!?」
「寸法計らせて頂きます。どうぞ真っ直ぐにお立ちになって下さいませ」
「金蝉童子様、お背筋をしゃんと伸ばして頂かないと」
「お履き物、一旦こちらに脱いで頂かないと、わたくし達には金蝉様のお背なは高過ぎますわ」
「何事ーー!?」

 天帝の月見の宴に招かれたのだと、観世音菩薩は言った。
「時の移ろいのない天界で、下界の季節の遊びを真似て楽しむ宴だと。……ああ、下界の月は今、澄んだ夜空にぽかりと浮かび、広がる金色すすきの原の上で、極上の色合いで輝いてるが。その美しさをほんの少しでも垣間見たいと真摯に願うのならば、上級神達の遊びにちょっくら付き合ってやるのも吝かでない」
 自身、仕立て上がったばかりのものと見える、豪奢な縫い取りのある衣装を身に纏いつつ、観世音菩薩は金蝉を見やった。
「タマのことだから、お前も飾り立てて顔を出せ」
「冗談じゃねェよ」
 金蝉童子が青息吐息で漸く応えた途端に、室内に喧噪の渦が巻き起こった。
「どうしてですの、金蝉様!?」
「公的な場に立派なお姿を現すのも、金蝉様のお勤めではございませんの?」
「わたくし達にご主人様方の華やかなお姿を見せてくださいませ」
「館にお勤めする者達、皆が心から楽しみに致しておりますのよ」
「金蝉様、ねえ、金蝉様!」
 黄色い声が沸き上がるのを、金蝉は立ち眩みを堪えるように目を瞑ってやり過ごそうとした。
 観世音菩薩の館に勤める者達は、金蝉達と顔を直接合わせて身の回りの世話をする者から、下働きをする者達まで、皆素性がよく躾の行き届いた者ばかりだった。
 この様に声高に家の者に対して口を利くなどということは、嘗てなかった筈だった。
 金蝉がそろりと目蓋を上げると、女官達の縋るような目に捕まる。
 金蝉の目の前に、一番年長と思われる女官が進み出て、厳かな声をあげた。
「金蝉様、わたくし達にも楽しみをくださいませ。若く美しいご主人様を飾り立てるという楽しみを。どの上級神、どの女神男神にも負けぬ美しい主人にお仕えしているという、誇りを持たせてください。これは、この館に働く者全ての望みでございます」
 女官の揺るぎない声に続いて観世音菩薩の高らかな笑い声が響き、そして金蝉は自分の敗北を悟った。



 金蝉の部屋に、大きな大きな姿見が運び込まれた。
 普段殺風景な室内に様々な色合いの布地が溢れ、光の洪水を起こす。
 身体中至る部分の採寸がなされ、漸く椅子に座ることを許された金蝉は溜息をついた。
 姿見の中のうんざりした自分の顔と一瞬目が合ったが、ふわりと布地がそれを遮った。
「金蝉童子様は色白でいらっしゃるから、どんなお色もお似合いになりますわね」
 金蝉の肩に軽やかな絹を差し掛けた女官が、鏡を覗き込む。
「月見の宴に映える、趣向を凝らしたお衣装というと、どんなものが宜しいかしら?」
 また女官達の、興奮気味の声が一斉に上がった。

「漆黒の夜に浮かぶ月の輝きのような、黒地に一面の銀の縫い取りのあるものは?」
「いえ、金蝉様は銀よりも金の方がお似合いですもの」
「金のおぐし自体が豪華な装飾品なのですから、金が映えるように月光の青銀ずくめは?」
「お色を使うのだったら、瞳の色に合わせた紫紺に金では?」
「純白に紫、純白に紅で、月光に照らし出された宝珠のイメージというのは如何かしら?」
「目立つ意匠の縫い取りの上に紗を重ねて、透かし見えるのも……」

 姿見の中の金蝉は、目まぐるしく纏う色を変えた。
 色映えを試し見る為に金蝉の肩から垂らされた綾錦は、次々取り替えられて、部屋中あらゆる場所に仮に立て置かれて行く。
 女官達の熱狂は、留まるところを知らなかった。
 女達の機嫌のよい声を遮ることで新たに起こる騒動を考えるだけで憂鬱になり、金蝉は諦めたように椅子に座って大人しくしていたのだが。
 色の洪水と目まぐるしさ、始終身近から聞こえるトーンの高い声に、気力が萎えて果てそうだった。

「……あまり、濃い色は好きじゃない」

 金蝉が控え目に洩らしたひとことに、女官達は一斉に静まった。
「金蝉童子様はやはり純白がお似合いですもの」
 年長の女官が、速やかに鮮やかな色合いの反物を部屋から搬出させ始めた。
「月光そのものような儚さと冷たさと移ろいの美しさの白のお衣装が、金蝉様にはぴったりですわね。どんなお色もお似合いになるからと、はしゃいで金蝉様のお時間を台無しにしてしまいました。申し訳ございません」
 ぞろぞろと部屋を出て行く女達の姿を見て、金蝉は僅かに気の咎めを感じた。
 が、次の瞬間。
「白い布地を有りっ丈運び込みなさい。純白の月の精のような金蝉様に相応しいお衣装を、わたくし達の手で!」
 女達の歓喜の声が爆発した。

「お、お前達、飾り立てるならババアを飾り立てろ! ほら、そこでにやにや笑ってる奴を、更にごてごてじゃらじゃらデコレートしてやれ!」
 壁に寄り掛かり、楽しげに騒動を眺め続けていた観世音菩薩を、金蝉は指さした。
「……お館様は、御身自体が神々し過ぎておられますから」
「なっ……!」
 受け取りようによっては無礼になるようなことを、女官は平然と言い放った。
 観世音菩薩が、肉感的な肢体を隠さぬ薄衣の、深いスリットからすらりと腿を表しながらとどめを刺す。
「金蝉。文句ばっか言ってると、オレとお揃いのカッコさせるぞ?」
 


 薄い薄い白絹のシンプルなシルエットの下衣の裾に、たおやかな草花に微かに届く月光の意匠を細い金糸で縫い取り、それを僅かに透かし見せるように幾重も重ねる紗は、微かな挙動にも淡い光りと影を見せるだろう。
「まるで天女の羽衣がたなびくように、金蝉様が一歩お歩きになる度に、月光の雫が裳裾を引くのですわ」
 何冊もの縫い取りの見本帳を漸く閉じた女官が、満足げな溜息を洩らした。
 その様子を眺める金蝉童子は、ぐったりと椅子に沈み込んでいる。
「そうか。お前達には色々苦労かけるな。すまないことだ。ご苦労だった。もうお前達も休め」
「そうは参りませぬ。装飾品を選んで頂かないことには」
「……まだ、ある、のか?」
 金蝉は思わず、相変わらず傍らに居続ける観世音菩薩に救いを求める目を遣った。
「お揃い、お揃い」
 援軍のないことをとことん思い知り、金蝉童子は以降口をつぐんだ。

 ほっそりした首や手首に華奢な造りの金の輪と鎖を絡め、瞳の色に合わせた紫水晶を、所々に雫のように垂らす。
 絹に隠れた踝に巻き付けた鎖は、微かに揺れる鈴の音だけを、間近な者の耳に微かに届かせる。
 たっぷりした金糸の髪を幾つもの細い笄で抑え、常よりも高い位置で結い上げる結い紐は、流れる髪に絡むように緒を長く引いた。
 女官に乞われて立ち上がった金蝉は、姿見の中に、薄衣を纏い、壊れ物のような装飾品を飾り立てた自分を見た。

「お美しいですわ」
「まるで人形だ」
 金蝉が肩を竦めると、金鎖が軽やかな音を立てて揺れた。
 月の光の精、と女達の言った言葉が金蝉の脳裏に蘇った。
 飾り立てた自分は、確かに見目はよいのだろうが無表情さが強調されているようで、酷く無機質なシロモノに感じられた。

 天帝の主催する宴に出席し、上級神達の目の前にこの姿を晒すことが、途端に茶番めいて感じられて来る。

「まあ、俺は元から飾り物のようなものだからな」
 低く洩らしたひとことを、聞き取ったのか否か。
 ひとりの若い女官が、すい、と前に出た。
「金蝉様が微笑みのひとつでも見せてくだされば、それを目にした方は、月の精が自分ひとりを見つめてくれたような気持ちになりましょうに」
 懐から薄い蓋の付いた小さな紅皿を取り出し、金蝉の目尻に、淡く薄く指で紅い色を乗せた。
 途端に艶めく月光の精の姿に、女官達は陶然と見蕩れた。
「……目にした方は、月の精を独り占めしたくて堪らないような気持ちになりましょうに」



「すまんが、疲れて少し頭痛がする」
 金蝉がぽつりと洩らすと、自分達の仕事の出来に満足した女官達は、彩り鮮やかな反物や装飾品の数々を、今度こそ片づけ始めた。
「変化にヨワ過ぎるんだよ、金蝉、お前は」
 椅子の背に身体をもたれさせたままの金蝉の傍に観世音菩薩は歩み寄り、削げ気味の頬に掌を寄せた。
「めかすのも、人目を気にして装うのも、必要のあることなのか?」
 金蝉の恨めしげな上目遣いに、観世音菩薩は小さく笑った。
「効果がある場所で、めかしたり人目を計算するのが、効率のいいやり方だよなあ?」
 金蝉の硬質なラインの頬から、柔らかな唇へと、観世音菩薩の指が移動する。
「そもそもの効果や効能もワカラン奴は、大人しくめかし方の勉強だけさせて貰っとけ。そのうち役に立たんことも、ないでもないだろ」
 唇に触れた指が、最後に形のよい鼻を摘み上げる。
「ンン!?」
「……よく似合ってるぜ?」
 女官達に続き、笑いながら観世音菩薩は金蝉の部屋を出て行った。



 室内に静寂が戻った。
 今し方までの、さざめくような女達の声の残響が、簡素な部屋に虚ろに残っているように金蝉には感じられた。
 華やかな色達の消えた部屋は、がらんと広さばかりが強調される。
 ひとり、茫然と椅子に座っていた金蝉は、辺りがすっかり暗くなっていることに気付いた。
 宵闇が部屋に忍び込んでいた。
 冷た過ぎる空気に身が凍る前に、窓を閉めねば。
 立ち上がると、足下にさらさらと軽やかな音がする。
 羽織ったままのうすものの衣擦れと、金の鎖の揺れる音だ。
「……ああ」
 足首に絡めたままの金鎖を思い出し、金蝉は椅子の背に手をかけ身を屈めた。
 その仕草に、髪に挿した笄から垂れる珠が触れ合い、微かに硬質な音を響かせる。
「じゃらじゃらだな」
 何から外して行けばよいものやら、金蝉は一瞬途方に暮れた。

 茶番めいた自分の姿を晒し、果たして一体、誰が何を思うのやら。
 お飾り職の金蝉童子が、月の精とやらになぞらえられて、宴の本物のお飾りになるだけだろうに。
 愛想笑いのひとつもこなせぬ自分が、人目を惹いてもよいことの起こった試しがない。
 金蝉は深い溜息を付くと、手探りで笄の一本を引き抜いた。

「あ。勿体ない」

 耳に届いた小さな声に金蝉は勢い良く振り向き、夜気を運び込む窓に駆け寄る。
「天蓬、こんな所で何をしている!?」
「……見蕩れてたって正直に言ったら、覗きの罪は軽くなります?」
「ばっ」
 窓の外に、天蓬元帥が白衣のポケットに両手を突っ込み立っていた。
 飄々とした笑顔の前に、金蝉は急に自分の頬が熱くなるのを感じる。
「こんなのすぐに全部外す」
 慌てて髪に手をやるが、笄の珠や手首の鎖が、長い金糸に絡み付いた。
「手伝います」
 髪ごと引っこ抜き兼ねない金蝉の様子に、天蓬は急いで窓を乗り越えかけて動きを止めた。
「入って、近寄っていいですか?」
「ああッ!? 今更何言ってやがる!? さっさと手伝え!」
 照れも手伝い、癇癪を起こした金蝉の頬は益々熱くなって行く。
「はい」
 窓から部屋に入り込む天蓬が、嬉しそうに微笑んだように、金蝉には見えた。

「じっとしていてくださいね」
「ああ」
 長い金糸がするりと指先を抜けて金蝉の肩へ落ちて行く感触を楽しみながら、台に宝珠を止める小さな爪に絡んだ髪を、天蓬は丁寧に外して行った。
「ブレスレット外れましたよ」
「ああ」
 髪を天蓬にまさぐられる感触が無性に恥ずかしく、金蝉は無闇に手首を振った。
「ついでに笄を全部外してくれ。重たくて敵わん」
「少しだけ、このままでいてくれませんか?」
 天蓬の指が髪から離れた瞬間、金蝉は目を上げた。
 触れるか触れないかの位置で、ふたり見つめ合う。
「何故だ?」
「月の精が今だけは、僕ひとりのものだから」
 天蓬の声に籠もる熱を、金蝉は感じ取った。

「宴のことを聞いているのか?」
「ええ、天帝の私的な月見の宴で、上級神の皆様がお楽しみになると」
「お前にはクダラナイことだろうな」
「いいえ。あなたのこんな姿を見られたんですから、天帝のお遊びには、幾ら感謝してもし尽くせませんよ」
「コンナ姿、お前は見て嬉しいのか?」
 苦笑しながら頷く天蓬の前で、金蝉は両手を広げて見せた。
 薄暗い部屋の中で、両腕に絡んだうすものが淡く輝いた。
「回って見せてください」
「本格的に見世物になって来たな」
 金蝉は両腕を広げたまま、爪先を伸ばすように足を踏み出し、躯をターンさせた。
 うすものがふわりと広がり、衣に隠れがちな金鎖が微かに鳴る。
 雫のような紫水晶が金の髪に見え隠れして輝くのと、ターンして天蓬の正面で止まった金蝉が伏せた目を上げたのは、同時のことだった。
「満足したか?」
 金蝉の問いには答えず、天蓬は腕を伸ばした。
「天蓬……」
「月光を、この手に、捕まえた」
 華奢な躯を抱き締め、髪に顔を埋めた天蓬の声がくぐもった。
「手に触れることも出来ないものを、お前は捕まえたというのか?」
「触れたいと願って焦がれたものをこの手に抱いてるんです」
 天蓬の声が喉に絡むように掠れた。
「何時でも天を見上げればそこに美しい姿を見せる月が、目の前に輝きを落としたんです。伸ばす腕を堪えられない」
「俺の所為だと言ってるのか?」
 回る腕に背を撓らせた金蝉の首筋に顔を埋めたまま、天蓬は笑った。
「責任転嫁が過ぎますか?」
 一転した軽い口調で、金蝉の躯を解放しようとした天蓬の背に。
「月の光は気まぐれだぞ」
 うすものを纏う腕がそっと回された。



 暗い部屋に、薄い三日月の微かな灯りが届いた。
 金蝉の纏ううすものにも笄にもそれは映り、暗がりに柔らかく輝いた。
 金蝉を抱き締める天蓬の躯にも、うすものが包み込むように纏い付く。
「金蝉、唇に触れて、いいですか?」
「らしくもない。お前は今俺を捕まえてるんだろう……?」
『月の光に囚われた哀れな男はこちらですよ』
 天蓬は軽口を返しかけて、やめた。
 間近で薄く開く唇を濡らしたくて、紅を刷いた目元をもっと染めたくて、抱き締めて回す腕を強くした。
「ん……」
 無意識の色香を浮かべる金蝉に接吻ける。
 ついばむように。
 やがて、深く。



 探り合うような長い接吻けの後、金蝉は天蓬の胸に躯を預けていた。
 何度も角度を変えて合わせた所為で紅く染まった唇を、天蓬の目から隠すように押し付ける。
「天蓬、頭が痛む」
「髪を結い上げているから」
 天蓬は惜しみつつ金蝉の躯を放し、金の髪に挿された笄を一本一本丁寧に外し始めた。
 天蓬の指に触れた笄がちりちりと奏でる音を、金蝉は目蓋を閉ざして聞いた。
 触れられ、求められ、自分が応えたことを思い返しながら、髪から抜かれて卓に置かれる笄の、繊細な金属音を聞いていた。

「もう、月の精じゃなくなったろう」
 身を飾る輝きが取り去られることを、幾分名残惜しく感じている自分に驚きながら、金蝉は呟いた。
「いつも通りの金蝉です」
 天蓬は金蝉の背後から、抱き込むように両腕を回した。
「僕の前に降りて来た月の精の、羽衣をこの手で取り上げて」
 金蝉の手首を壊れ物のようにそっと持ち上げ、装飾品を取り外す。
「消えてしまわないように、どこへも逃げて行かないように、しっかりと掴まえ直して」
 アンクレットも外そうと、天蓬は金蝉を抱き寄せたまま椅子に腰掛け、長い脚を膝を抱えるように持ち上げさせた。
「どこにも飛んで行かないように。 ―――― 乞うんです」
 金蝉の足首を掴んだまま、天蓬は紫暗色の瞳を見つめた。
「あなたが好きなんです」
 金の髪が揺れ、天蓬の肩に落ちかかった。
「逃れられなくしておいて、何を言う」
 何の飾りもない白い腕が、天蓬の首に巻き付いた。



 幾度も幾度も唇を重ね、時間は羽根が生えたように早駆けで過ぎて行く。
 観世音菩薩の館内の人の動く気配も絶えた。
「随分遅くなってしまいましたね。食事、摂り損ねさせてしまいました?」
「そんなの別に構わない」
 触れ合う部分から溶けてしまいそうな接吻けに、陶然としたままの瞳の金蝉が気怠げに言った。
「もう帰らないと」
「ああ」
 抱き合った躯を引き離す瞬間、恐ろしい程の寂寥感に見舞われ、金蝉は我が身を抱くように両腕を巻き付けた。
「金蝉?」
「何でもない」
 そっけない言葉しか返してはくれぬ人を、天蓬は苦笑して眺めた。
「月見の宴には、僕の月の精がみんなの前に姿を顕わすんですね」
「お前は出席しないのか?」
「天帝の私的な集まりですから」
 金蝉が考え込む。
「おい、月の精を独り占めしたいか?」
「え? ええ勿論」
「じゃ、宴の晩に迎えに来い。……勘が悪いな、さらわれてやるから迎えに来いと言っているんだ」
「いいんですか?」
「たまにはババア困らせるのもいいだろう。奴はサボタージュのスペシャリストだからな。俺ひとり欠けたところで、何とでも言い訳を考え付くだろうし。そうだな、本物の月を見に下界に連れて行け」
 観世音菩薩のサボタージュの言い訳を、二郎神が毎度苦心して考え出していることは、天界中で知られたことであった為、天蓬は一瞬躊躇った。
「嫌なのか?」
「喜んでお迎えに来ますよ」
 天蓬の返事に、金蝉は唇の端を上げた。
「お前の為だけに、めかしてやる。有り難がれ」







 終 







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◆ note ◆
前進して、少し我が儘姫っぷりを覗かせ始めた金蝉でした。