■■■  hold on ... 

 何故、抱く?
 純粋な疑問に、困ったような笑みが返された。

 何故、抱かれる?
 自分への問いは、ストップする思考が、却って解答の存在をありありと浮かび上がらせる。

 キライじゃねえ。かといって……
「イイ一方でもねえ」
「え?」
 枕に顔を埋めたままの独り言を、耳ざとく聞きつけたヤツも、言葉の全てを拾うことは叶わず問い返す。
「……ンでもねェ」
 途端に臥した躯を揺すぶられ、圧された吐息が鼻に掛かって漏れる。

 なんて甘ったれた声が出るのだ。
 なんて甘ったれた声を出すのだ。
 痛みも快楽も、押し殺せずにはみ出した声は、訴える鼻声に変わる。

 自分の出す声に、羞恥心が駆られる。
 それとほぼ同時に、投げやりなくらいな、諦め。
「抱くことを許したのは俺。
 内臓がひっくり返りそうなことをしているのも、俺。
 こんなことしてりゃ、自分でコントロールの効かないような声も、
 出るだろうよ」

 八戒がまだ、囁き続ける。
「今、なんて言ったんです?よく聞こえませんでした」
 別に何にもねだってねえよ。
 そんな思いも、自分の口から洩れ続ける甘い呻きに、掻き消えそうで。
 片頬を押し付けた枕を、思いっ切り掴んでみる。
 何かに縋るように。
 背後から抱かれた躯を、押されるままに伸び上がらせてずらす。
 肉の当たる音と、自分の呼吸のタイミングが合うのが口惜しく、時折吐息を堪えてみれば、殊更酷く責め立てるように、肺の空気ごと押し潰すように。
 のし掛かられて、抱きすくめられる。

「……ぅ。………ンッ、……八戒……はっか…!」

 身動きも取れずに、躯の中の熱の昂りを感じる。
 ふと目を開ければ、白くなるまで枕を掴んだ指を、もう一回り大きな掌が包み込む。
 両の腕を枕の上で、簡単にまとめ上げる。

「やっ…めっ。」

 何に爪を立てて、縋ることも堪えることも出来ない。
 抱え込まれた躯に、熱を帯びた重量がただ、打ち込まれる。
 意味のない言葉を紡ぐばかりの唇に、胴に回されていた八戒の掌が、長い指でくつわのように枷を噛ませた。
 溜息さえも、頭を振るうことさえも許されず。

 息苦しいほどに、自分を抱く男のことだけを考えた。
 躯に満ちて行く、快感だけが意識を占めた。

 甘ったれた声を出すことも、
 爪立てた指で縋ることも、
 せり上がるように逃げ出すことも、
 そんなことは未だ、したことはなかった。
 頭が真っ白になるほどに、誰かのことだけを考え続けるとか、
 ナニかのことだけを求め続けるとか、
 躯の中で暴れる肉を意識するとか、
 自分が何者だということも振り返らずに、快楽を求める為に腰を振るとか、
 過ぎる快楽に啼き声をあげるとか。

 動かない体に、自分の中だけで蠢く衝動。
 わき上がり続ける、感覚の行き場を探して。

「痛っ」
 甘噛みに嬉しげな声が返るので、ハズされる指に、見せつけるように舌を伸ばした。
 名が、呼ばれた。
 耳元で、熱い吐息交じりの声で。
 窘めるように、言い聞かせるように、
 罰を与える時のように、優しく。

 縋る指は、掴まえられたまま。
 躯を抑える腕は、今度は下腹に絡められ、忙しなく追い立てる。
 優しく覆い被さる体重が、もうせり上がる動きすら許さない。
 ただ、耳元の声が、囁く。囁き続ける。
 睦言と間違えそうなくらいに、甘く甘く、染み込ませるように。
 囁いて。

 染める。

 求められるままにいつしか、声を。
 求める声を。
 ねだり、ユルシを乞う声を。
 恥ずかしげもなく。
 いつ縋っても俺を受け止める枕の代わりに、意地悪く抑え込む躯に、爪を立てたくて。
 逃げ出す代わりに、深く深く密着したくて。

 啼きながら、でもまた首を打ち振るえば、尚更きつく戒められて。

 とうとう涙が滲みかけて、快楽の摩擦と同時に締め付けられることに降参の声を上げると、急に躯を引き離された。
「……ンあ!?」
 首を捻って目で追い掛ければ、薄暗がりの中に碧の目が、シーツにのたうつ俺の躯だけを捉えている。
 碧の、瞳。
 硬質な玉石が。
 冷たく突き放すかと思った瞬間に。

 アイシテル

 碧の熱い海に、呑み込まれたかと思った。
 硬質な煌めきに吸い込まれ、触れた唇が、確かに言葉を形作った。

 アイシテル

 吹き込まれた吐息が指の先まで充ちたので、まるで植物のように伸ばして絡めた。
 ゆっくりと降りてくる躯を、しなやかに捉えたいと、腕を回して。
 さっきまで拘束の為にあった八戒の掌が、額を、頬を、貼り付く髪を撫でつける為に触れてくる。
 露わにされた顔を覗き込まれて、また碧の海に沈み込む。

「……掴まえた」

 くたりと、倒れ込んだようにシーツに並んだ。
 真っ白になったままの頭で、眠りに就こうとした。
 甘えたような自分の声も、縋る指先も、夢の中ですら、きっと存在しない。
 ほんの一瞬の、自分ですら信じられないような、嬌態。
 海に沈んだ幻想も、口移しで与えられたことのはも、
 縋る指も、甘えて乞うた訴えも、
 全てそれを許して与えた、この男の腕も、声も瞳も。
 ほんの一瞬の ――――

「三蔵」
「ン?」
 気を抜いて振り向いた、その唇にまた触れられて。

 アイシテル

 息吹と共に吹き込まれたことのはに、また身の内から震えが走り。
「…あ。また感じちゃいました?」
「死にたいか」
 睨み付けるが笑みを返され、碧の海に紅潮した頬が映るのを見た。
「……冗談じゃねえ」
 掴まえられたり、するのだろうか。
 囁きに染められ、優しく腕を拘束されながら。
 求め方を覚え込まされて。

 アイシテル

 サイドボードの目覚ましを、腕を伸ばして八戒はセットした。
 シーツからはみ出した肩も背中も、細いクセにしなやかな筋肉に覆われていた。
 背の筋肉から続く腰の、えくぼのような窪みが見えた。
「……え?」
 シーツを捲り上げると、八戒は存外間抜けな声を上げた。
 時計に向かって、ベッドから躯を乗り出した体勢で振り向く、目も口もぽかんと開いた間抜けなヤロウの、尻に、歯を立てた。
「……え!うわ、何なんですか!?わ、イタタ!……ぁあ!?」
 慌てて逃れようとベッドから落下した八戒を、無視してシーツを独り占めした。
 ベッドの中央で、背を向けて。
 染まったままの頬は見せずに。
 囁かれてももうナニも聞こえないよう、すっぽりとシーツを巻き付けて。
 今はこのまま。
 今夜はこのままで。
 そのままで、眠ろう。

 すごすごと、ベッドの隙間で小さくなる男の、溜息だけを聞き取りながら。















 終 




《HOME》 《NOVELS TOP》 《BOX SEATS》 《SERIES STORIES》 《PARALLEL》 《83 PROJECT》




◆ note ◆
83day向けに、あまあま?えっち
……遅刻しちゃいました(涙)