■■■  a little less conversation 

 室内に揺らいだ気配にすぐさま気付かなかった自分に、三蔵は軽い驚きを感じた。ベッドに横たわる自分に物憂げな笑みを向ける八戒の顔が、薄いカーテン越しの月光に現れ、小さく息をつく。
 他人の存在を身近にした時、必ず感じる警戒心や緊張が、何故かこの男に対しては起こらない。 そんな自分を呆れる溜息だった。

「こんな時間に何だ?」
 三蔵は問いかけながら身を起こし、サイドボードの煙草に手を伸ばした。一本咥え火を着けようとする、ライターを持った腕を抑えられる。いぶかしむように眇めた瞳の先には、暗がりにきらきら輝く碧玉の目。
 すい、と。
 長い指に奪われた煙草を追うように薄く開いた唇を、塞がれた。
「ん……」
 八戒の胸を押し除けようとした緩慢な動きは簡単に抑えられ、ベッドの端に腰掛けたまま、三蔵の両腕は躯の後ろに回された。重なる手首が一つの掌に掴まれ、ベッドが軋む。

「 ―――― 動かないで」

 首筋に押し付けられた唇が、低くくぐもった声を出した。耳朶を痺れさせる蜜のように甘い声が、三蔵の背筋にまで染み込んで行く。
 指で、掌で、唇で、髪に、頬に触れる。
 拒否反応を起こすどころか、いつの間にか待ちかねている自分に、三蔵は気付いた。




 室内に満ちた青い月光に陰が浮かび上がる。黒髪が返す硬質な輝きが、時折、三蔵の眼に映った。捲り上げられたインナーから現れた胸の突起に、八戒は唇を這わせていた。焦らすように、苛むように。
 啄まれて口の中で転がされることに耐え切れなくなった三蔵が、身を捩らせた。八戒は何も言わずに、ただ、三蔵の手首の拘束の力を強くした。元より法衣はとっくに肌蹴られ、袖も腕にまとわりつくばかりになっていた。解けかけの腰帯が割れた法衣の隙間に入り、三蔵の腿に絡み付く。
「っあ」
 紐解けた帯が滑り落ちる感触を、敏感になっていた三蔵の皮膚が拾い上げた。完全に開いた袷から、ましろの躯が現れる。
「月の雫みたいですね」
 間近から見つめて来る碧玉の輝きに、三蔵はぞくりと、背を震わせた。
「寒いですか?」
 小さく首を動かし否定の意を表した三蔵に、八戒はうっとりと微笑みかける。
「そうですか? こんなに膚を粟立たせて震えているのに」
 薄桃色の突起がきつく歯に挟み込まれ、三蔵が押し殺した呻きを洩らした。



 ゆっくりと三蔵の躯を降りた唇が、下肢の間で奮えるものを飲み込んだ。
「……ッ」
 一気に根本まで咥え込まれ、唇の滑る感覚に三蔵は目を瞑って首を緩く仰け反らせた。八戒の口腔内の熱と湿度が、うねるような圧迫感と摩擦を伝えて来る。
「あぁ」
 吐息に甘い声が交じり、三蔵は一層きつく目を瞑った。八戒の唇と舌は確実に三蔵の躯を追い上げて行く。正確に三蔵の性感を刺激しながら吸い上げる。

「……っ、………っあ、………あァ」

 抑えた間隔で続く呼吸に必ず啼き声が交じるようになった。三蔵はくたりと背に首を垂らし、反った青白い喉を夜気に晒し続けていた。快楽をもっと求めようと、自分の躯を喰らう為に跪く男に両脚を絡める。

「!」
 吐精の前兆を感じた三蔵は、自分の脚の間の黒髪の頭を引き寄せようと、絡め取る力を強くする。
「逃げやしませんよ。でも、まだ」
 金糸を揺らす三蔵の嬌態を眺め楽しみながら、八戒は腕に力を籠めた。三蔵が背に回した腕をきつく捉えた掌に、万力のような力が籠もった。
「動かないで」
 仰け反り、見せびらかすように突き出された胸へと、八戒の長い指が這い登って行った。淡く紅を刷いたような突起に到着した指は、また甘い苛みを開始する。
 指の腹で転がすように撫で、立てた爪に力を ――――
「……ッア!」
 爪が食い込み、また強く捻り上げられる度に、三蔵は小さな悲鳴を洩らした。
「っ、痛ぅ」
 仰け反り、背後に倒れそうな躯を支える腕が震え出した。
「イ、テェ、んだよ」
「しぃっ、いい子だから」
 八戒の口中から出された三蔵のものが、脈動に同期し奮える。
「そのままじっと……いい子ですね」
 濡れた先端に唇を触れさせながら八戒が言った。
 酷い言い種だと三蔵は思う。こんな夜更けに忍び込み、他人をいいように狂わせておいて言うセリフではない。そんな暴挙と暴言を許している自分もオカシイ。
 拒否シ、否定シロ。
 追イ出シテシマエ。
 三蔵は、自分が決してそうはしないということが、判っている。だがその理由は、解らない。ただただ、捉えられた手首に感じる熱と痛みと、触れる唇に揺り起こされる感覚に溺れて、受け入れ求めることしか考えられなくなって行く。
 柔らかな唇での微かな刺激が続き、物足りなさに三蔵の腰が浮く。八戒の首を挟み込んだ腿がしっとりと汗を帯びた。体温が上がり、ひっきりなしに腰が揺らめく。
 奥まで飲み込めと。早く求めるだけの刺激を寄越せと、三蔵はねだるように腰を突き上げる。
「はしたないですねえ……」
 くすくすと笑いながら、八戒は胸元から指を彷徨わせた。勃ち上がった胸の突起から、筋肉の流れを遡るように肩へ向かい、鎖骨を辿り首筋に到達した。
 広げた掌が三蔵の首を握り込むように覆った。八戒の指先は、頸動脈や喉仏の隆起を、ひとつひとつ確かめるように丁寧に這った。顎下の柔らかな膚の手触りを楽しむように、骨格の形を指の腹や爪で辿る。
「ん……」
 首筋を登る指の動きに従うように、三蔵は顎を反らせ目蓋を閉ざした。がくりと後ろに垂らした首から、金糸が背に流れる。ふわりと、髪の香りが辺りに漂った。

 八戒の指は薄い顎の骨格を強くなぞり、頬へと滑る。肉付きの薄い頬を慰わるように撫で包み、また尖り気味の顎へと戻る。顎から開いた唇へと、一時も休まず彷徨い続ける。我が物のように触れて来る指。無遠慮に触れ、甘い痺れを三蔵の唇に残して行く。
「う、……ンン」
 長い指が口中に滑り込み、三蔵はまた甘い呻きを洩らした。声を聞かれてしまった腹いせにきつく歯を当てたところで、指の持ち主は堪える様子を見せない。
 背後に回して身を支える腕も、そろそろ限界だった。
「……おや」
 三蔵は、自分自身に触れて来る八戒の動きを真似て、指に舌を絡ませた。くすぐるように、焦らすように、尖らせた紅い舌を見せびらかしながら。
 深く飲み込ませたくなる衝動を突き動かすようにと。

 八戒はゆっくり三蔵の躯を倒した。漸く解放された手首を三蔵は擦ろうとし、だがまたすぐに、器用で強引な腕に捉えられ、頭上のシーツに縫い止められる。
「痛えんだよ」
「痛くしてるんです」
 吐息のかかる距離で囁かれ、その満足そうな声音に三蔵は目を剥いた。
「だってあなた、自由にさせておくと自分勝手ばかりするから。捉えて捕まえて、痛み感じるくらいに拘束して、逃げられないようにしてから気持ちよくさせないと。そうでもしないと溺れてくれないでしょう」
 低い声を流し込むように、耳朶を囓りながら囁く。
 情事の真っ最中の睦言にしても羞恥心と道徳に欠ける内容だと、三蔵は掠れ声で罵った。

 そもそも実状把握をしていない。
 逃げるも何も、気付かぬうちに動けない程雁字搦めに、ヒトを囚えている癖に。
 何重にも絡めた見えない鎖の端を、握り込んでいる癖に。
 腕に枷を填めたところで、八戒を絡め取った鎖の端は、その腕にしっかり掴んで逃してやる気もさらさらない。

 そんなことなど、三蔵は口にする気はない。自分の上にのし掛かる男を、調子づかせるだけだと判っている。
 見えない鎖に捕らわれることを、自分が何故拒否しないのかは、未だ理解出来ないし、いつまで経っても理解し難いことだとも思うが。
「寝言は寝て言え」
 不貞腐れるように呟き、その声を聞いた八戒は困ったように笑った。
「かなり真剣なんですけどねえ。 ―――― 逃がしたくなくて」
 波の寄った白いシーツに押し付けられた、三蔵の手首が軽くなった。八戒の拘束は、力を籠めずに掌を重ねるだけになる。伝わるのは体温だけ。
「ねえ、三蔵。そのまま動かずにいて」
 頬にそっと触れた掌と目を閉じて聞いた声が、少し震えていたように三蔵には感じられた。
「身勝手なのはどいつだよ」
 深く唇が重なる寸前に、精々不貞不貞しく、甘やかしてやるつもりで応えた声も、震えた。






 真夜中急に息が出来なくなるほど、逢いたくなって。
 自分が溺れる程には、あなたは僕には溺れてくれなくて。

 ふたりシーツに突っ伏し体温を下げる合間の呟きに、三蔵は嫌そうに目を眇めて見せた。
 そんな愚かな言動愚かな行動を許してやっていることが、何を示しているのかと。それも理解出来ない愚か者には、何も言ってやる気はない。自分が何故それを許しているのかは、後日ひとりで考慮すべきと結論付けて。
 目を閉じ眠りに落ちることにした。










 終 




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◆ note ◆
タイトルは昨年ナイキのCMで掛かっていた曲から。
単にえろえろあまあましたかったのに、なんだか反抗期の子供みたい。
不器用さんなの。