はたはたと、洗濯物がなびいている。





■■■  八月の鯨      *** story by 和泉歩さん ***






窓の向こうに、ロープに掛けられた衣服その他が、風に煽られて、視界の端を揺らしていた。

町というより村、のどかというよりのんびりといった此処に逗留して2日目。
珍しく風邪を引いた悟空のおかげで、堪っていた家事が消費できたことを密かに喜んでいるのは内緒だ。

ハンドルを握っていても、日に日に大きくなって行く洗濯物の山は、荷台だけでなく気持ちの上にもどっしりと圧し掛かってきた。
・・・・・元来の性分なのだから、致し方ない。
同様に、汚さないように生活態度を改める等、同行者に求めるだけ無駄というものだ。

季節柄、洗えばたちまち乾くのが救いだ。


そんな旅の元、悟空が高熱を出した。
抱えるようにして、メインルートから少し脇へ逸れたこの町へ駆け込み、宿屋というより空家に近い此処に落ち着いたのだ。

そのまま、ひととおりの看病と医者の手配を済ませてしまえば、あとはたかが知れている。
病状も落ち着き、医者の見立ても「夏風邪」という。
ならば、普段好き放題の問題児2人にあとは任せて、自分は家事に勤しんだ。

・・・・家事が趣味であるあたり、自分も好き放題ではあるのだが、世間的に有益な趣味を持つのはありがたいことだと、一応、誰かにか感謝はしておく。
もちろん、コレは内緒の話。
公言はしていないし、バレていようとも、言質を取れるタイプではない。
一応、洗濯で席を外す際には、お愛想で微笑んではおいたせいか、特に反論も出なかった。
負けん気と元来の情の深さをくすぐれば、素直になれない大きな子供達に、ベッドの番人と買出しを頼んだのは、正解だったと思う。


はたはたと、変わらずになびく洗濯物は、古びて塗装の剥げかけた木枠を通すと、そのままタイトルをつけて壁に掛けたいぐらいの「日常」だった。
緑の木々と、萌える草花と、明るい日差しに衣服やら布切れやらが、風を受けては踊る。

旅を続ける自分達ではない、ごくありふれた「家庭」という名前がつく景色。
・・・・いつか、思い出すとちくりと痛む程度には時間が薄めた記憶の中にあった景色。



懐かしくていとおしくて、大切な景色。


がたり、と隣の部屋から音がした。
物騒な看護人が、席を立ったのだろう。
身のこなしに関しては粗相の無い人物だから、病人が空腹でも訴えて、目を覚ましたに違いない。
こちらに椅子の音が聞こえるのも承知でやっているのだろう。

やれやれ、と思う。
・・・・・・物思いもお見通しですか、と。

無愛想で不器用で、そしてとてつもなく優しい彼は、間も無く安堵を怒りにすりかえて、病人に拳固のひとつでもくれてやるのだろう。

軽食を、病人と看護人に。
間も無く帰ってくるであろう買出し人にも。

家事にせいを出した自分にも。

「キュイイイ」
「ああ、すみません。ジープ」


勿論、肩の上の相棒にも。




とある町のとある風景。

それすらも、愛しい日常であると。







◆ fin ◆




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◆ note ◆
和泉歩さんから暑中お見舞いに頂戴致しました
真夏の濃い青いろをした空と、眩しいくらいの積乱雲のイメージなのに、読ませて頂いた時に涼しさ感じました
……ああ、そか。風も渡ってるからかあ。
なんて、蝉の声聞きつつ思ったり

歩さん、夏の素敵なお話をありがとうございます