面談の度に、苦みの成分の混じり込む笑顔で、八戒は言った。
「しょうがないことだと思いますよ。だって、コワイじゃないですか」
自分の、殺傷能力の高い掌を眺め、苦笑う。
「僕と過ごして平気でいられる、あなたや、悟空や悟浄の神経の方がヘンなんですよ」
おかしげに、さもおかしげに、笑う。
手土産に、四季折々の花々を携えやって来る、監視された男。
「近所の方に頂いたんです」
庭木の花枝を大事に抱えた、笑顔の青年。
長安を離れさえすれば、八戒は何処だろうが土地と人々の間に溶け込めるのだと、思い知る。
「三蔵法師様にお会いすると言ったら、持たされました。僕が何の為に長安に出頭してるか知ったら、きっと驚くんでしょうねえ」
「自分からべらべらしゃべる必要は、ねえだろ。何の為の三仏神の処分だ」
「完全に、新しい生を生きる為……」
「判ってんなら、くだんねえことをぐだぐだ言ってんじゃねえよ」
そっぽを向いて煙草に火を着けると、小さく笑う気配がした。
「花、活けて行きますね。花瓶、使いますよ」
「ああ」
振り向けば、花に向ける八戒の眼は、穏やかな優しさに満ちていた。
繊細な作業に向いた指が、花に触れる。
薄い花びらを、ずたずたに引き裂いてしまわない自分を確かめるように、そっと。
儚いほどに、嬉しげな微笑みを浮かべて。
「じゃ、お水貰って来ます」
花を抱えた、穏やかな青年。
自分に、彼を手放すことが出来るのならば。
「本当は小鳥を飼おうと思ってたんですよ。あそこのうち、悟浄は陽のある内に起き出すことも少ないし、何か生きてるものの気配が欲しくって。でも、小鳥を飼っていたんじゃなくて、良かった」
「1日で飢え死ぬからな」
「生き物だったら、流石に置き忘れることはないですよ」
八戒は困ったような笑顔を浮かべた。
「そうじゃなくて。……きっと、旅に出るって決まっても、ヒトに遣るのが惜しくなってただろうから」
かと言って、閉じ込めて飢えて死なせることも出来ずに。
誰のものにもならないように、籠から逃して遣ったとて、野生に戻れる訳もなく。
そんな思いをおくびにも出さず、誰かに小鳥を委ねることが、
果たして自分に出来たかどうか。
三蔵は気付いていた。
別に自分は、大量殺戮者である八戒が、恐ろしくない訳ではないのだと。
その腕が、自分をいとも簡単に引き裂くことが出来るのを、充分感じているのだと。
それでも。
平穏の中、時折生々しく顔出すその翡翠の揺らぎに、自分は強く惹かれているのだと。
翡翠の色した籠の中、扉が閉まるのを、感じ、感じ、感じ………
テバナセナイ、テバナサレタクナイ オモイヲ、
ヒソヤカニ歓ブ、オノレノ ココロト、カラダ、ヲ
「……コーヒー。お代わり入れましょうか」
八戒の目線が逸れ、三蔵は漸く息を止めていた自分に気付いた。
八戒は丁寧な仕草でビーカーからカップにコーヒーを注ぎ、三蔵は黙ってそれを受け取った。
席を立った八戒は、ビーカーを片付けながら、また苦笑った。
「まだまだ駄目ですね、僕は」
たった今、自分の視界を占めた三蔵の瞳を脳裏から振り払う。
三蔵の座るテーブルに戻った時には、八戒は普段通りの笑顔を浮かべていた。