■■■  ばら色の日々 

 真夜中起き上がり、ベッドから脚を下ろして座り込む。
 小さな灯りすら点けずに、でも暗闇に慣れた目は、隣のベッドに眠る人の、単衣に包まれたなだらかなラインを描く寝姿をはっきりと捉えるから。
 眠りに落ちた規則的なものと思えた呼吸が、時折身じろぎと共に止まったり。
 はたまた溜息のように深くなったり。
 黙って観察してると、落ち着かない様子で薄いシーツに潜り込んだり。
 ねえ、起きているんでしょう?
 口に出さずに、立ち上がって指先で髪に触れてみる。

「……八戒」
 寝台の上でしなやかな躯が寝返りを打ち、漸く三蔵がこちらを向いた。
「眠るか起きるか、ハッキリしろ」
「あなたが眠ってるのか起きてるのかがはっきりしないからですよ」
「俺が寝てるのは一目瞭然だろうが」
 横たわったまま不機嫌そうな声を出したって、見上げる目線が可愛らしくてしょうがなくなってしまうのに。
「三蔵」
 柔らかな髪に指を潜らせて、三蔵のベッドに腰を降ろした。
「三蔵、好きですよ」
 金糸の滑る感触を指で楽しみながら髪の生え際に唇を落とし、くすぐるような軽い接触を三蔵が無視出来なくなるまで繰り返した。
 
「さんぞう」

 可聴域ぎりぎりの囁きで名を呼び、接吻ける。
 くちびるをそっと押し当てて、熱を柔らかく伝えるだけ。
 繰り返し、繰り返し。
 囁いて、髪の流れを楽しんで。
 滑らかな額に触れて、体温が跳ね上がるのを感じるだけ。
 ふわ、と立ち上る体温と薫りを吸い込み、楽しむだけ。
 と、忌々しげな溜息の音。
 触れ合っていた頬がずらされ、長い睫毛が上がり、紫暗の色の瞳が揺らぎながら現れた。
「三蔵?」
 僕を見つめながら薄く開いた唇から、微かに洩れた吐息の熱を感じた。



 昨夜は。
 普段通りの旅の宿で、少し豪華目な食事を摂り、四人でワインを数本空けて賑やかに夕餉を囲んだ。
 ここ数日は街にも立ち寄れなかったし、今夜だって野宿にならなかったのが御の字というくらいで、何があるという訳でもなかったけれど。
 ただ嬉しかった。
 このひと達と共に過ごし、杯を乾かすことが出来るのが嬉しかった。

 特別な言葉も何もない、旅の日常の中の小さなヒトコマを。
 この瞬間を、何物にも代え難く感じた。




「このままじゃお前が鬱陶しいから、やむなく起きるだけだ。……誕生日だのなんだので、俺が一々甘やかすだなんて、勘違いするなよ」
 暗闇の中で、熱にかすれた声で三蔵は言った。
「誕生日……おや、忘れてました」
「嘘付け」
 即座に返されて僕は笑った。
「ええ、嘘です。折角あなたの年齢に追い付ける日なのに、忘れる筈がないじゃないですか」
「たかだか二ヶ月間、同い年になるのが嬉しいのか」
「二ヶ月と八日間です。ああ、もう一日が終わりかけてるから、二ヶ月と七日間しかない」
 呆れた口調の人の躯に腕を回しながら、嘆く声を上げてみせる。
「年齢が同じになったところで、俺とお前の関係に違いが現れるとでも言うのか?」
「気持ちの問題だけですよ」
「本当に弁えてんのかよ? てめェは……」
「下僕でしょう? 東亜玄奘三蔵法師様のお側に使える下僕。誰よりも身近に尊きお言葉を聞き、御身の危機の際には身を挺してお守りツカマツル」
 身を入れ替えるようにして、三蔵の躯を浮かせて抱き締める。
 僕の胸に乗り上げた三蔵は、不安定な躯を支えるようにシーツに腕を突き、鼻に皺を寄せて見せた。
「誰よりも近くあなたの声を」
 突いた腕を肘を折らせるようにきつく抱き寄せ、たった今までシーツにくるまっていたしっとりとした薫りに触れた。
「声を、聞かせてください」
 背から腰へ、暖かさを移すつもりで掌を滑らせながら、接吻けるように囁くと。
 三蔵は小さく身震いをし、躯を背後に逃そうとした。
「やっぱ、弁えてねえじゃねえかよ」
 声を聞かせてくれという請願のことを言われたのか、彼の腰骨を掴まえた掌のことを言われたのか判断が付かない。
「違えよ、馬鹿」
 四つん這いのはしたない姿で、意地悪く微笑む顔を近付けて来る。
「身なんか挺されても、嬉しくも何ともない。てめェがすべきは単なる奉仕だ」
 意地の悪いきれいな人は、薄い舌を覗かせて僕の鼻先を舐めると、一層満足したように笑いを浮かべた。
「折角起きてやったんだから、甲斐があるように充分奉仕しろ」
「最初から寝てなかったじゃないですか」
 姿態と濡れた唇に刺激され、引き寄せる力を強くしようとしたのに、しなやかな躯はするりと腕をくぐり抜けそうになる。
「三蔵……」
 膝立ちで身を起こした三蔵を掴まえて抱き締めた。
 躯が硬い。
「すみません、冗談でも身を挺してなんてもう言いません」
「聞き流してやった下手クソな冗談を、わざわざ取り繕うな」
 胸に額を押し当てると、乱暴な手がくしゃくしゃと髪を掻き混ぜた。
「二度と言いません」
「くだらん」
 三蔵の指の勢いが、『くしゃくしゃ』から『ぐしゃぐしゃ』に替わり、やがて僕の首にそっと腕が回った。
「誰よりも近くで俺の声聞かせろだと……? そのずうずうしさをどこにやった?」
 声がとても優しく耳に届き、思わず三蔵の顔を見上げようとした。
「……わぷ!?」
 首から頭の真後ろへ。
 先刻までそっと触れていた腕が、がっちりと僕の頭をホールドした。
「さんぞ!」
「ずうずうしくて、抜け目が無くて、何時でも笑ってる癖に頑固な馬鹿で」
「三蔵!?」
 夜着の単衣の胸に押し付けられ、でも息苦しさは、その声から。
「冗談までハズすとは、センスもナイのか。情け無え野郎だな」
 僕の頭を抱き締めて、三蔵は背を少しだけ屈めた。
 柔らかな感触が頭頂に触れた。
「 ―――― 馬ッ鹿じゃねェか」
 三蔵の頬と吐息で、僕の髪が揺れた。




 じっと抱き締められる暖かさを、僕は全身で感じ取っていた。
 抱き締めるだけじゃなくて、抱き返されて暖かな息吹を感じていた。
 脆さをしなやかさに変える強さを少しずつ得て、傷つけたり傷つけられたり、どんな痛みも抱えて全部持って行ける。
 特別なものなど何もない日常の中のヒトコマ、この輝かしい時間がある限り。
 この瞬間がある限り。



 ばら色の日々よ。
















 押し当てる唇をずらし、単衣の隙間から滑らかな胸に接吻けをした。
 熱を帯びた躯が瞬間揺れて、僕は漸く首を動かすことが出来た。
「三蔵」
「声だけじゃなかったのかよ」
 乱れた裾から掌を忍ばせると、三蔵の声が震えた。
「声も。姿も。誰よりも近くで知りたい」
 肌理の細かい内腿に指を走らると、細身の躯の背が撓った。
「こんな、見せつけるみたいな姿態も、全部この目で確かめたい」
 帯を解くのもまどろっこしく、強引に暴いた単衣から露わになった三蔵自身に指を絡めた。
 急き立てるように動かすと、首から回る腕が、強くしがみつく。
「……っ」
「三蔵、これじゃ見えない」
「ずうずうし、過ぎ……ンだよッ」
 裾を乱れさせるままにして、僕の腿を跨ぐ脚を、ぐいと広げさせた。
 三蔵の目に触れないのをよいことにたっぷりと唾液を絡めた指を、内腿を更に押すようにして双丘の下から近付けた。
「この……、つ、ぁあっ」
 密められた場所に指をひと息に埋めた。
「あ、ア、ア、……アッ」
 衝撃に背を仰け反らせた三蔵はとてもきれいだった。
 苦痛を堪えるように歯を食いしばり、僕の肩を掴む指先は力が籠もって血の気が失せてる。
「三蔵、息を逃して」
「んなこた、判っ……て、るっ!」
 青白い首筋までもを晒してから、漸く三蔵は躯から力を抜いた。
 たった今鷲掴みにした僕の肩にぐったりと力無くこうべを伏せる。
「ゆっくりしますから」
 小さな抜き差しの動きを繰り返し、苦痛以外の感覚を呼び覚まそうとしてるのに。
 縋るように伏せた華奢な首筋が、嫌がるように振るわれる。
「辛いですか? 痛みがきついですか?」
 まだ揺れ続ける首を覗き込むように目を合わせると。
 薄く汗を浮かべて上気した顔の眉が顰められていた。
「痛いだけじゃ、ない。ないから、気が、……オカシクなるっ」
「もっと、うんと、オカシクなって見せて。誰にも見せない顔を全部見せて」
「う、ア、 ―――― っつぅ、あああっ」
 目の前の、三蔵の胸の淡い色の突起を舌先で押し潰しながら、三蔵の躯を穿つ指を増やした。
「三蔵」
「あ、くぅッ」
「堪えないで。滅茶苦茶になって見せて」
「こ、のッ……!」
 拡張される苦痛と、躯の奥から引き出される快感と、素肌を彷徨う僕の唇に、ひっきりなしに沸き上がらせられる感覚に、三蔵の躯が撥ねた。

 膝の力が抜け、三蔵の腿が震え始めた頃。
 漸く三蔵の躯の奥を探る指を抜き出して。
「う、んんッ! ……く、あ!」
 僕の上に腰を降ろさせて、もっと熱い楔を打ち込んだ。
 碌に身動きも出来ない人は、ただただ目の前にあるものに縋り付く。
 肩に、背に。
 自分に穿たれた楔の仕返しのように、爪痕を残して。

 誰よりも深く、鮮やかな姿を僕に刻みつけて。










 終 




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◆ note ◆
ひと晩遅刻の八戒さんお誕生日えっち話でした。
頭なでなで頬ずりに幸福な八戒さんです。
八戒さん、お誕生日おめでとう。