LUNATICS 





彼は、人を撃った後は沢山食べる。





普段から特に肉食を避ける風情もないけれど、それでもやはりわかるのだ
血の通うものを口にする時、彼は少しこうべを垂れる
そしていつもよりゆっくりと咀嚼するのだ
自分が生きるのに、他の生命を消費する
それを感謝する為なのか、自らを戒める為なのか
絶対に肉を残す事はない
それは悟空と共に行動すれば、残るものも残らないのは当然ではあるが
彼は全て自分の体にいれてしまうのだ




その日は妖怪達の攻撃が宿泊予定先の村人の方に向かい、散々な思いをしたばかりだった
小さな子供を人質に取られて迎撃に出るまでに時間がかかってしまったのだ
なんとか子供を安全な所に置いてから打って出ようとする傍らまで 人質の母親が泣き喚きながら付いて来ようとするので引き離すのに苦労してしまった
どうやら三蔵は「ナキワメクハハオヤ」というものが理解出来ないのだ
いや、それは自分も同じようなものだろう
珍しく苦手そうに対応する彼を見ながら食い下がる母親をなだめていると、 悟浄が自分が必ず子供は離れた所まで連れて行くからと断言した

ああ、このひともハハオヤに色々思うことがあるんだったなあ

時折垣間見る真摯な瞳に思い返す

手間取りはしたものの、結局無事に人質は救出したし、刺客も全員倒した
しかしその村にはその日泊まりにくかったことは言うまでもなく、 夕刻の薄れ行く明かりの中、限界までジープを飛ばし川沿いを進む
夕日と入れ違った月が昇るまで進んで野宿ということになった
水の確保も楽に出来たし、なだらかで下草の生えた場所を見つけられたので 眠るのも楽だろう

旅の食事は大抵穀物の粥や粉を練って焼いたものと、干し肉や豆や缶詰などの必要最低限な携帯食料から作っている
寝床も、ジープで寝る時以外は身体の下に厚い皮の敷き物を敷くが、寝心地が良いとはお世辞にも言えないようなものだ
それだけに今日は
「昼間のことがなければ村の宿でゆっくり食事と睡眠が摂れるはずだったのに」
という虚脱感があったが、それはどうやら一同、同じ感慨を持っていたようだ
僕が平たくのしたパンを大きい石に乗せて焚き火に寄せていると、 悟空が近くで小さな湖を見つけたと走ってきた
土産に即席で枝を削って作った銛で突いた鱒を数匹、ツタに連ねてある
「足りないものは自分で調達しよう!」という大変素晴らしい心意気だったようだ
思いもかけぬ食材についそそられて散策に出ると、川沿いには野生のクレソンや芹、 エシャロットなどのハーブも多く見つかり、鱒と共に葉で包んで焚き火で蒸し焼きにすることにした
いつもの干し肉と豆のスープにも鱒の身が供され、普段に比べ相当リッチな晩餐となった

質素ながらも、悟空が見張って(美味しそうな匂いになるまで包みを開けちゃダメですよと、 僕が悟空に厳命しておいたら本当に焼きあがるまでそばを離れなかったのだ) 悟浄がちゃちゃを入れながら焼いた魚は新鮮で美味しかった
更には悟浄がどこからか探してきた野葡萄までデザートに付き、少し肌寒い空気の中、 焚き火に揺られて短いながらもゆったりとした時間が流れたのだった
その野葡萄は主に悟空の胃の中に入ることになったのだが、気が向いたので僕も果実酒用に少々確保した
最後に鍋で熱い紅茶を淹れようと携帯用の茶葉をナイフで削っていると、

彼がふらりと席を立った






三蔵は今日の食事も残さず食べた
魚が姿のまま蒸されたものまで、すっかりキレイに食べ尽くした
それは主に彼の受けた教育の賜物ではあるのだが、昼の陽光の下に繰り広げられた 鮮血の光景を作り出した張本人のものとしては違和感のある食欲だった






子供を攫い返した悟浄を先回りして妖怪達が取り囲んだのだった
それを見た三蔵の目の前に、全身装甲で固めた馬鹿でかいヤツが立ちふさがった
視界をさえぎられた三蔵は迷わず装甲の繋ぎ目に拳銃を当てると立て続けに発砲した


  弾け飛ぶ装甲の破片
  煙を上げて焦げる皮膚
  音を立てて切断される筋肉と骨
  水の様に流れる血液
  彼の顔面に飛び散った内臓のカケラ


目の前の妖怪はとうに驚愕の表情で突っ立ったまま事切れているが、 腹に穿ったズタズタの穴に肘まで突っ込んで悟浄の周囲に銃撃し続ける
自分達が三蔵の視界の外にあるまま銃の射程内にいるらしいと察した悟浄は最高の反射スピードで地に這うと 抱きかかえた子供の太陽の香りのする頭を自分の胸に寄せて優しい声で
「もうちょっと待ってな、後でお前のこと、一番アブナイ目に会わせた奴、とっちめてやるからな」
とささやいて目を閉じさせ、ひとこと「あのクソ坊主!」と追加することを忘れなかった







三蔵に魔天経文を読まれた妖怪は、即座に原子に帰る
全ての今生の執着や呪いを断ち切る力がそれには宿っているのだ
原子に帰った生命が、やがてまた命として蘇る…


蘇りを前提としているとはいえ、一個の歴史を持った人生を断罪する役を担うのは
どういう感慨を持つものだろう
三蔵のきつい性格と彼の生き延びてきた環境を考えても
胃の底が重くなるような気分がする
彼が唯一師から教わったという「無一物」は
それこそ彼が自分の生命全てを賭けて遵守しているものだ
あまりに敵の多い彼の人生は、日々血塗られねば生存してはゆけなかったのだから
彼は師に救われた自分の生命を、自分だけのものではないと守りながら
それが絶たれる日がくることをも願っているのに

拳銃で撃ったとしても、また巡り来るものを立ち切るということに変わりはないはずなのに
彼は自分が血に汚れることで
生きることを罪深いことと確認しようとしているかのようだ


旅の始めの好奇心はやがて確信に変わったのだ
彼は自らを傷付けながら撃っているのだと
生きる為にどうしようもなく撃ち続け
泥の様に眠っては朝日と共に立ち上がり、また撃ち続けるのだと


誰の為に

何の為に

彼は自分の為だけにだと言うけれども







全身を朱に濡らした三蔵の姿には、子供を抱えて立ちあがった悟浄も苦笑いするしかなかった

「加減てーの?全くねえな
 ほら、がきんちょもまだびっくりしたまんまなんだけど?」

三蔵の視線の前に出された子供は、却って硬直してしまい泣き出す寸前だった
震えながら立ちすくみ、目を皿のように大きくする
子供の目に映る金の髪の男の整った貌は赤く汚れて
その貌の中の瞳は紫色の宝石に似て…キレイで無表情で…悲しげにも見えた

「怖い思いさせて、悪かったな」

低いが柔らかい声でぼそりと言われた子供はまた目を見瞠る
悟空が振り向き手を振ると母親と村人達が駆け寄ってくる所だった
途端、やっと安心したのか子供の顔がゆがんで大粒の涙が流れる
暖かい腕にきつく抱き取られながらひたすら母の名を呼び続ける
殺気立った村人の様子に宿泊を早々と諦めた三蔵はジープに向かう
それまでずっと三蔵のそばで闘っていた僕は、その後姿を確認してから 悟浄と共に村人へ多少のフォローをして三蔵を追ったのだ
それが昼間の出来事だった





ジープを止めてすぐに川で汚れた顔や手を清めたものの、まだ血臭が染み付いている
それを落としたくて三蔵は湖に向かったのだろう
八戒が追いついた時、拳銃と経文を置いた三蔵は衣服を付けたまま湖に踏み出した所だった
そのまま歩を進めたかと思うと急に水の中に身体を沈める

とぷん。

水音らしい音も立てずに一旦沈み、少し離れた所にすうっと浮かび上がる
月に晧々と照らされた銀盤の湖の中で、まるで職人が技巧の粋を凝らして造型した人形であるかのようだ
水面を進みながらそうっと開かれた瞳も月を映して紫玉の硬質な光を反射する

風のそよぎに静寂の水面が揺れた後も、銀の人形は月を見上げたままだった
水面に広がる金の髪も、頬も、唇も、法衣も、月の青銀に染まり儚く見えて

静けさを壊したくて、僕は水に分け入り三蔵のそばまで進む
初秋の夜の湖は充分に冷たく、容赦なく体温を奪って行く

「なんだ?」

僕が視界に映っても三蔵は月を見上げたままだ

「寒いですね」

くっ…と唇の端が微かにゆがむ

「最初から見てて止めもしないのに、わざわざ水に入ってきて言うセリフか?」
「止めてもらいたかったですか?」

疑問形に疑問形で返して言葉を止める
ああ、少し怒った声が隠せなかったかな
見られているのを解っていながら水に入ったクセに、
自分のしたいことを止められても絶対に他人の意見なんか聞き容れないクセに、
そういうことを言うんだから、この目の前の麗人は

「気持ちがいいんだ」

囁くような声が僕の耳に届く
気持ちがいいから放っておいて欲しいって?この気温、水温、体温で?
呆れながら彼の頬に触れる

「冷たいですよ」
「だからいいんだ」

もうイイだろうと、彼は瞳を閉ざしてしまった
煩いとでも言いたげにわずかに眉を寄せている
その方が呆然と月を見ている彼よりも生きている人間らしく見える
彼の瞳は本物の宝石の様だから


それが微かに嬉しくもあり、物足りなくもあって
彼の両の頬に手を添えて顔を降ろしてゆく
ぎりぎりまで近付いた彼は、吐息まで冷たかった
驚いたかの様に、今度こそは僕と正面から瞳を合わせてくれる
月光からさえぎられた瞳が揺らいだ
夜目に慣れて瞳孔が大きくなった瞳は常より柔らかく感じられる
整っていて無表情ともとれる彼の容貌の中、紫玉が濡れている
濡れて額に張りついた金糸と共に、心も乱れてくれるのだろうか


この吐息を熱くしたい
白い顔に血汐を昇らせたい
美しい顔を見ながら様々な思いが心を過ぎる
唇に花を咲かせたくて…


ゆっくりと、ゆっくりと触れる
僕の唇で
冷たくて、凍えそうな
銀の麗人の唇に


僕も三蔵も、目を閉じなかった
唇を触れ合わせたままで僕は感じる
彼の吐息も
脈動も
濡れたままじわりと発散された汗の匂いも
僕は三蔵の全てを感じ取る
アドレナリン濃度の変化まで呼気から嗅ぎ取ることもできるのだから

唇を離すと離れた距離の分の空気の冷たさを感じて淋しくてたまらないような気分になる
まだ三蔵は呆然と僕を見つめているので
僕だけを見つめてくれるので


再びゆっくりと近付けてゆく


微かに触れ合ったまま、彼が掠れ声で囁く

「俺に キス するの か」
「ええ、しますよ」

ゆっくりついばむように唇を合わせて、また触れるだけの距離に戻る

「また キス するの か」
「ええ、しますよ」


言葉の断片を乗せたままの形の唇を、今度は深く合わせる
深く、深く
僕の熱を彼に移せるように
彼はゆっくりと瞳を閉じた
両頬に添えていた手をおとがいに伸ばし、彼の白い首筋を月光に晒す
そのままゆらりと水中に身をゆだねた

月光で蒼ざめた世界に染まった湖の中
彼が輝いて見える
僕達は接吻けたまま見つめ合った
触れては、わずかに離れ
また触れ合う
月の蒼に染まった彼の金糸が舞い、僕をからめとるようだ
離れられずに、躍る舌先を感じ合う

彼の腕が僕の首に回される

指先が、僕の
髪 に
触れ




息苦しげに寄せられた眉根に気付き、ようやく身体を離す
仰け反るように顔を水面から出して呼吸する彼はもう銀の人形の様には見えなかった
水から上がった金糸が頭に張りついて、首筋とおとがいの形を露わにする
白い法衣もまた、彼の体の線を現してしまう
知らず向いてしまった僕の視線に、気付いた彼は身体の向きを変えてしまった

これは謝るのはイヤだな
だってあなたに触れたいと思ったのは、偽らざる自分の気持ちだったから
その時、彼が掠れた声で囁いた

「もう、血の匂いも、しないな…」
「ええ」

「匂いも、自分の体温も、感覚も、鬱陶しいと思ったんだ」
「…ええ」

「でも、オマエの体温は好きだ」
 
急に真顔で向き直られて、掠れたままの、でもはっきりとした声で言われ僕の心臓は跳ねあがった

「オマエの暖かさが…しみ込んで来たみたいだった」

いつもの断言するような三蔵の口調だった
もういつも通りの三蔵だった

「それにしても付き合いのいいことだな」

重たい法衣の袖を上げてみせる
水が盛大に滴り落ちて音を立てる
僕も同じように片腕を上げてみせる
落ちる水滴を目で追っていると、顔に水がかけられた

「真面目にやってんじゃねえよ」

珍しい、三蔵の笑顔
きれいな花が咲いたかのような笑顔
言葉を無くして見惚れている僕に濡れた金糸をかき上げながら近付くと、彼はかすめる様なキスをした
目を見瞠る僕にすれ違いながら

「オマエのこれも、好きだ」

すっかりいつもの片頬だけの笑いで言うと、そのまま派手に水音を立てながら岸に向かう
やられた
幸福感と敗北感が交互に押し寄せる中、彼を追う自分の足取りだけが妙に軽く感じられた

「クソ寒ィ」
「だから言ったでしょう
早く火にあたらないと風邪ひきますよ
丁度紅茶を淹れる仕度してたんでした」
「コーヒーがいい」
「ダメですよ
三蔵、コーヒーだと絶対砂糖入れないじゃないですか
体温上げるのには甘い物摂った方が効率いいんですから」
「なら酒」
「はいはい、紅茶にたっぷり入れましょうね」
「けっ」
「野葡萄の果実酒を仕込んだんですよ
それが熟成したらご一緒しましょうね」
「先の長い話だな」

たわいのない会話を積み重ねながらまた日常に戻る
果実酒が琥珀から紅玉の色に染まるまで
ゆっくり氷砂糖がとろけるまで
果たすまで長くかかる約束を、沢山、沢山、積み重ねながら

明日も旅は続くのだから
また日が昇るのだから
また旅を続けられるのだから






旅の始めの好奇心はやがて確信に変わったのだ
彼は自らを傷付けながら撃っているのだと
生きる為にどうしようもなく撃ち続け
泥の様に眠っては朝日と共に立ち上がり、また撃ち続けるのだと


誰の為に

何の為に


僕はそういうあなたの為だけに、そばにいよう
せめてあなたが安らいで眠れるように

ずっとそばにいよう
 あなたが立ち上がる時にひとりぼっちでないように


ずっとそばに








 □南無三
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□ あとがき □
初めて書いた『最遊記』しかも八戒三蔵♪この時よしきは
「わたひ、めろうな83書きたいの!」と希望にもえもえしておりました…
でもめろーももえもえもこれしか書いてないなあ
それにめろーなつもりだったけど、なんだかふてぶてしいなあ…
前置き長すぎるし?これ、めろーって言ったらウソなのかなあ?ごめんね