kissing through the glass 

 真っ昼間、焔の刺客が大挙して押し寄せてきた。とにかく数で勝負、みたいな連中だった。特に強くもなく、なんだか使い捨てられてるみたいな奴ら。気持ちが荒む。こういう風に思わせるってのも、焔の計画の一部なんだろうか?ひたすら疲れが溜まる。

 余計な時間をとられ過ぎて、予定の半分も進めずに小さな街にたどり着く。それでも何とか宿も取れ、食事にも満足にありつけた。脱力感が抜けないままに、三蔵の部屋のベッドで例のカード大会が始まった。
 …また僕がひとり勝ちしちゃったりして、3人の視線が段々険悪になる。

 …だから、今日は疲れたからみんな早く寝ようって言ったのに。

 ちょっと今日はルールを変えてみたのだ。全員、ポケットの中身を賭ける。
 小銭だったり、キャンディだったり、取れたボタンだったり(悟空、ちゃんと早く言わないと駄目でしょう…無くしちゃいますよ)、煙草だったり…

 …僕、そろそろ寝たいんですけどねえ。本当に。明日は強行軍なんでしょう?運転朝から晩までなんでしょう?居眠り運転という事態は避けたいんですけどねえ。…なあんて言ってみても、全員に却下されてしまうし。ああ、僕のせいじゃないんですけどねえ。

 最初はパッケージごと出された煙草が、一端ひっこみ一本ずつ出されたり。仕舞いにはライターまで僕の所に集まってしまったり…。

 ねえ、本当に僕のせいじゃないでしょう?

「ああっ!くっそう、イライラするぜっ、!!」
「だから、ライターまで賭けること無いじゃないですか、悟浄。煙草の禁断症状出るまで賭けポーカーするなんて、そろそろやめませんか?」
「煩ェ!取り返す!」
「おう、今日は珍しく意見が合うじゃん。どっちかがライター取り返したら、一緒に使おうぜ」
 …先刻まで、本当に凄い眺めだった。普段他人を遣うことにかけては、躊躇うコトのない三蔵が、悟浄と一緒にシケモクを吸っていたのだ。常に「煙草買って来い」のひとことで済ませる三蔵が…シケモク。指が火傷するぎりぎりまで、フィルターが燃えるんじゃないかという所まで吸っていた。
 三蔵にはさぞ不本意なことだったろう。すぐ横には自分の煙草がカートンボックスであるのだ。僕だって、それを吸うのを禁止するようなコトは、ひとことも言ってないのに…。
「すぐに取り返す」
 …なあんて、手元の煙草が無くなった時に「新たな小物を取ってくるの禁止」ルールを自分で作ってしまったのだ。悟浄も勝負事には燃えるタチだし、反対しなかった。悟空なんか、既に靴も靴下も賭けちゃって…。

「ねえ、本当にもうやめませんか…?」
「ひとり勝ちなんか許せるか!!」×3…

 本当に、僕のせいじゃないんだけど、そう思ってくれてるヒト、いるのかなあ。





 全員が、身から離せる小物全てを離してしまった後だった。また僕が勝ってしまい…。
「ええいっ!コレを賭けてやるっ!!」
 悟空と悟浄がシャツを脱ぐとベッドの上に叩き付けた。…そして、ふと気付いたように全員で三蔵を振り返ってしまう。先刻、足袋も脱いでいた。

 …三蔵は次に何を賭けるんだろう…?

 別に何を期待する訳でもなく、単純にみんながそう思ったのだった。あの帯を解いて、法衣を羽織るだけなんて、想像し難い。お行儀の悪い三蔵はみんな見てるけど、「だらしない格好の三蔵」?そんなの見たことが……。
 僕たちが注目する中、既に裸足になっていた三蔵は帯に手を掛けようとしていて、そしてハタと我に返ったのだった。

 …燃え過ぎだよ。

 僕たちの心の声が、どうやら三蔵の心の中でも響いたらしい。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!…てめェら、こんな時間まで何やってるッ!明日は早ェんだ!さっさと寝やがれェッ!!」
 三蔵はとんでもなく理不尽なことを叫ぶと、座り込んだ僕たちごと毛布をめくり上げた。舞い散るカード。吹き飛ぶ小銭。悟浄は空中で自分のジッポをキャッチする。悟空が跳ねるボールの俊敏さでドアを潜る。
「出てけ、出てけ、出てけェッッッッ!」
 もの凄い勢いで三蔵はドアを閉めると、音高く鍵を掛ける。

「あ、あのぉ〜?」
 僕は目の前で閉じられた扉の外で立ちすくむ。
「三蔵…?今日、僕、ここで寝るんじゃ…?」
「煩ェッ」
 悟浄と悟空に助けを求めようとそちらの方を見ると…ふたりとも頗る機嫌の悪い顔で、ドアを閉めるところだった。
「八戒、なんとか三蔵サマに許してもらうんだな」
 あのどさくさに紛れて、既に煙草(シケモク…)に火を付けている悟浄。
「…明日こそ、負けねえからな。俺っ」
 燃える眼差しの悟空…。

 …だからあ。僕やめようってあれほど…。

 引きつった笑顔の僕の前で、ぱたんと扉は閉まったのであった。




 とんとん。…とんとん。
 うんともすんとも返答の無いドアの向こうに、ノックの音も徐々に小さくなってしまう。
 …きっと不貞腐れてるんだろうなあ。悔しがって。怒って。自分が裸足になったり、帯解き掛けたりしたことも、あれは怒るんだから。半分くらい照れて、もう半分は自分に怒って。でもって僕へは八つ当たりだ。
「ねえ、三蔵…。入れてくださいよ」
 小さな声で言ってみる。
 そろそろ恥ずかしくなって来ている頃だと思って。





 しんと静まり返った部屋の中、三蔵は煙草を吹き上げている。眉間にはしわ。腕を組んで、ベッドに座る。床には散乱したままのカード。
 部屋のドアをノックする音が絶えたことに、少し不審を感じているらしい。視線をそっちにやって…。暫くしてからドアを開ける。
 誰もいない。
 そのまま固まる三蔵の後ろ姿を見ながら、僕はノックした。窓ガラスを。

 こんこん。

 振り向く三蔵の表情が…なんとも淋しそうな顔が、ひらめく様に輝いた瞬間を僕は見た。





「三蔵。入れてください。寒いんです」
「……てめェ。ここ2階じゃねェか」
「だって、ドアをノックしても開けて貰えなかったんですよ?ちょっと情熱的な所を示さないとダメなのかと思って」
 僕はガラスに額を押しつけて、三蔵を見つめる。
「…ロミオとジュリエットじゃねェんだから。そんなことしても無駄だ」
「情熱を試してみてくださいよ。ここの樋、細くって僕だって万難排して登ってきたんですよ?」
「オレにはラテン系の開けっぴろげさはねェんだよ」
 僕がガラスに当てた手に、三蔵はぴたりと自分の手を重ねる。ガラス越しに、あなたを感じる。
「…三蔵。ねえ、ヒバリが鳴く前に…開けて」
「とんだナイチンゲールが啼いてるぜ」

 …僕たちは、ガラス越しにキスをした。





「ふあ〜あ」
 翌朝、全員が顔を合わせた食堂のテーブルで、一斉にあくびをする。
 珍しく4人揃っての同時行動だったが、誰も喜ばない。寝不足な目を見合わせて、うんざりとした表情になるだけだった。しかし食事が終わると、まず悟空がエネルギー満タンの元気を取り戻す。ジープの運転席では僕が、バックシートでは悟浄が、徐々に普段の活動モードを取り戻す。只ひとり、三蔵だけが生あくびを繰り返す。

「あ?三蔵また寝てんの?」
 こっくり、こっくりと、船を漕ぎだした金色の頭を後ろから見て悟浄が言う。
「散々な目に遭わせた八戒を横にして、よく寝てられんな。このクソぼーずは」
「あはは。まあ…最後には部屋に入れて貰えましたから」
 三蔵の寝不足の原因な僕としてはフォローを入れざるを得ないが…悟浄、時折鋭いからなあ。これ以上なんか言うのはやめにしておこう。
「なあっ、八戒!俺、今日は負けないからね!またやろうぜ、ポーカー!!」
「おしゃっ!カートン持って行くからな!!今度は身ぐるみ剥いで…」
「……てめェら…」
「三蔵、何時の間に起きて…」

「暫く賭けごとは禁止だアッ!!!」

 怒鳴り声と同時に僕たち3人は、折角忘れていた昨日の三蔵の姿を思い出し、一斉に吹き出す。続く拳銃の音が荒野に響き、ジープの轍が乱れる。それでも笑い声は止まずに…僕たちは今日も前進する。 
 西に向かって。




















 終 







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◆ アトガキ ◆
今日のふたりも甘いかなっ?(日替わり定食みたいだね)
タイトル、ひねらずそのまんまにしちゃいました…ネタバレになってて面白くないかもですね
今回、ルパン三世のCD沢山借りてBGMにしてました
JAZZのもリミックスのも、なんかグラマラスでカッコイイ…v
軽妙洒脱な雰囲気、出したかったんですけど…むじゅかちー…