DESERT ROSE 







広がる砂漠に、遠く風の来る方向を見遥かす
ふきつける砂が肌を打つ
目を眇め、それでも遠くを見やることは止められず
あなたは只ひとり、砂漠に立つ
昼の焼けつく白い光りの中
夜の真闇の中

あなたの旅は、どこまで続くのだろう










「あー、良く食ったあ!でももうちょっとなら入るかなあ」
 悟空が元気な声をあげると大きく伸びをする。久々に宿に泊まってゆっくりと食事を摂ることが出来たのだ。 嬉しそうである。それを見てお約束のように悟浄が「食欲ザル」などとからかいの声をかける。
 普段通りの夜である。


 宿に二つ部屋を取っても、食後一旦は皆で集まる。それは一応旅程の確認や予定を立てる為ではあるが、 大抵そのままビールを空けつつのカードや麻雀などになだれ込むことが多い。
「なに?三蔵、カードやんねーの?」
「これの分解掃除があるからな」
 三蔵がひとつのベッドの中央にあぐらをかいて独占する。そのまま丁寧に懐の銃の手入れを始める。毎日続けられるそれは儀式の様だ。
 普段、新聞を読んだりしていて自分がゲームに参加していない時には、エキサイトしやすい悟浄や悟空にハリセン攻撃や毒舌攻撃を欠かさぬ彼が、銃の手入れをしている時には黙ったままだ。
 以前悟空が、分解した部品が並ぶベッドにうかうかと手をかけた時には、物凄い剣幕で怒ったものの、それ以降は 流石の悟空も懲りたらしく、彼の儀式の邪魔をしようとはしない。
「俺、三蔵が銃の手入れする所、しっかり見てたいんだけどな」
 そう言いつつ、遠くから眺めるのに留めている。


 その日の銃の手入れは、常よりも丁寧だったようだ。手馴れた様子でばらばらにした部品を一つ一つ見て触れて確かめる。たっぷりと油を染み込ませ、何度も何度も磨き上げる。
 終らないそれに、いつものメンバーが足りないゲームは盛りあがりを欠き、早めのお開きになる。
「俺、今日こっちで寝ちゃダメかなあ」
 真顔で悟空が三蔵に聞く。
「オマエ煩いからあっち行け」
「煩くしないよ!ちゃんと静かに寝るから」
「寝てても煩い」
 銃に集中したままの三蔵の返事はそっけなさの極地だった。会話を続けることが出来ない。
「寝言がうるせーからなあ、サルは。まーた俺がひともみしてやろうか?小猿ちゃーん」
「サルサル言うなっ!今度は負けねえよっ!」
 悟浄がからかったことでまた元気が復活する悟空。悟空は三蔵が静かに怒るのは苦手なのだ。それはそれは、子供が大好きな人から相手にされない時の淋しさを思わせるような目を見せる。本当は子犬の様に三蔵にまとわりつきたいくらいに彼のことを慕っているのに、そんなことは論外だし。ふたりの声が遠く離れ、ドアの向こうに消える。


「三蔵…」
 あんまりでしょう、あれは?
「…あのバカ、随分前だが、油を染み込ませるのに熱入れたばっかりの銃に触ったんだ。火傷するは、煩いは、分解したバネやらネジやら全部飛ぶはで、エライ目に会った」
 全てを言う前に返事が来て、却って驚く。やはりこの人は悟空のことは常に気をかけているのだ。銃身に錠を挿し磨き上げながらで、視線は来ないままの返事。
 少し妬けるかな…
 悟空にか?銃にか?自分の思考にふと可笑しさを感じる。
 ざっと散らかっているモノをまとめ、僕もベッドに横になる。腕を枕にしながら、隣りのベッドに座る人を眺める。真剣な目つきで削り出された鋼鉄を磨いている。時折灯りに透かすようにして。ずっとずっと続けている。
 子供が玩具を大事にしているみたいだ。
 やがて満足したらしく、服を身にまとうように素早い作業で銃を組み上げ、手の中で重みを確かめる。
 ごろりとベッドに仰向けになると、銃の手入れの間中我慢していた煙草に火をつける。紫煙を立ち上らせ、また銃を眺める。
 鋼鉄の塊は青味を帯び、たった今削り出されたかの様な鋭い輝きを見せる。
「オマエの目も煩かったな」
 急に破られた静寂に驚く。
「悟空は例え黙っていても目で訴えるから集中しにくいんだが…。オマエも目線が煩いな。悟浄は絶対に茶化してくるし。落ち付かねェヤツばっかだ」
「悟空は『遊んで遊んで』光線ですか?」
 まず、自分のことは棚に上げて聞いてみる。
「銃にヤキモチ焼きやがるんだよ。ヒトゴロシの道具なんかに熱中してるのが不安になるんだろ、ガキは。ずっと、ずっと前だったか…?ヤツがもうちょっと小さかった頃は、夜俺が仕事したり銃の手入れしたりすると、その横に枕と毛布持って来て寝てたからな。終るまで見張るんだとか言って」
 ああ、それは解るなあ。ひとり納得する。今も銃を顔の前に持って眺め続ける三蔵の姿には、なんだか不安定さを感じる。
「悟浄は…アイツ、安眠毛布がないと寝られねェんだろーな。女と寝物語でもどっかでやっててくれた方が静かでラクだぜ。自分が満足するまでつっかかって来て、勝手に眠ってるから」
「幾らなんでも、女性相手の時はそんなに勝手にはしないでしょうけどねえ…」
 僕は起き上がって苦笑した。悟浄はなんだかんだ言っても、どこに行っても女性の腕に迎え入れられる。優しいしマメな質なのだ。自分なんかよりずっとずっと優しい…。そのまま立ちあがって備え付けの冷蔵庫から冷えたビールを出した。三蔵は右手で持った銃を額に押し当て、反対の手でビールを受け取る。
「オマエは、悟空に近いな。見張られてる感じがする」
「…そうですか」
「オマエも俺が銃を持つのがイヤなくちか?」
 ストレートに聞かれた。普段は三蔵のアクセサリー程度にしか感じられない、拳銃。しかし、武器として使われる時には却って三蔵自身を傷付けているような気がしていた。彼がまだ幼かった頃から、身を守る為に手放したことがなかったという拳銃…。
「いいえ、持っててくれた方が安心出来ますから。あなたは敵の多い方、多い方へ行きますからねえ」
「なら静かに見てろ」
「僕は、あなたが銃に魂を吸い込まれてるのを見るのがイヤなんですよ」
 彼の傍に立ったまま、横たわった姿を見下ろす。
 はだけた法衣、無防備な腕。しかし剣呑な瞳を向け、右手には拳銃。
「そう、今みたいに銃を持ってても、こちらを見ていてくれる方がいいですね、僕は」
 彼の両脇に手をつく。沈むシーツ。彼の目が細められる。
「ねえ、こっちに銃を向けてくれないと…」
 彼の右手を取り、ゆっくりと僕の胸に銃口を押し当てさせる。
「止まれなくなってしまいますよ?」
 三蔵が息を呑み、右手を引こうとするのを、無理にそのままの場所に押さえる。僕の心臓に。
「ふざけるな」
「いやなら撃ってください」
 それだけ言って、奪うように接吻けた。彼は撃てない自分が苛立たしいのか、諦めたかのようにまぶたを落とす。閉じようとする顎をこじ開けて歯列を探ると、脅えた様に眉根が寄せられた。
 ごとり、と音を立てて彼の手からビールの缶が落ちる。


  ねえ、だから銃を持っていてください
  止まれなくなってしまうから
  あなたが嫌がることをしてしまうかもしれないから
  僕なんか撃ち殺してしまってください


 いつしか銃を持った腕も躯の横に投げ出されているのに、僕はそんなことを言いながら抱きしめる。きつく、きつく抱きしめる。

 



「ヒキョウモノ」

 接吻けの合間に、切れ切れの言葉で、彼がそう言った





 長い長い接吻けをして、躯を離す。彼の息は上がり、青ざめた顔色で目許と唇だけ朱を刷いた様だった。力なく放り出された腕とシーツに転がる拳銃とが、そんな顔と痛ましい対比を成す。それを見やると、僕は転がったビールを拾い上げる。
「ああ、ぬるまってしまいましたね」
 そう言ってまた新しいビールを出すと、プシュッと音を立てて栓を開けて手渡してやる。期待通りに彼に冷えたビールを引っ掛けられた。
 そう、そのくらいしないとあなたも憤りのやり場がないでしょうから。
「銃、持っててくださいね。顔を洗って来ます」
 ドアが閉じられる瞬間、小さな声でまた「ヒキョウモノ」という声が聞こえたような気がした。
 










砂漠の中、あなたは足を進める
前へ、前へ、迷いも見せずに
どこを目指しているの
多分本当のことはあなたにも解らない
砂交じりの風に翻弄されながら進むだけ

進むあなたの足元で結晶が壊れ
また風になって飛んで行った










□ end □


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