be my baby 

 
「くしゅん!」

 自分でも思ってみなかった妙に可愛らしいくしゃみに、焦る。火を囲んでの夕食後、酒が過ぎたのかくしゃみの連発に見舞われた。
「しゅんっ!くしゅん!」
「…三蔵…。寒いんなら早く寝たら?」
「別に寒くはない。くしゃみが出るだけだ。…くしゅん!」
 旅の同行者達は呆れた様な、面白がる様な顔で覗き込む。
「いや、確かに冷え込んでるぜえ?今晩。晴れてる分、余計に冷え込むんだろーなー」 
「考えれば三蔵、お寺暮らし長いし、あんまり野宿って慣れきってないんじゃないの?」

 馬鹿を言え!馬鹿を!!
 寺なんざ寒いに決まってるんだよ!
 贅沢なんざ縁がなかったんだよ!子供の時分は
 以前はひとり旅の放浪で苦労したこともあるんだよ!!
 …まあ、「幼いお坊さんが苦労して」って、大概どっかには泊めて貰えたけどな
 長安に落ち着いたら落ち着いたで、「三蔵法師様」って下へも置かぬ扱いだったがな

 その全部が、くしゃみの連発で言えなかった。
 マジ風邪か?

「そんなに不服そうな顔しないで、三蔵…。今夜が寒いのも、あなたが唯一人間で、僕たちより身体が強い訳じゃないってのも、真実なんですから。今日は暖かくして寝た方がいいんじゃないですか」
「う゛ー」
 一同の中で一番物腰柔らかく、発言に強制権をひしひしと滲ませるヤツが言う。真っ当なコトだからといって、子供に注意するみたいな言い方をされると、気に障る。
「少し飲み過ぎただけだ」
「じゃ、尚更今晩は早く寝た方がいいですよ」
「まだ飲む」
「……三蔵」
 笑顔のままの八戒の声に、瞬間悟浄まで固まる。(ああ、コイツも長いこと仕切られてたのか)
「もう一杯だけホットで割って、それで眠るんですね。卵でも有れば、僕も卵酒作るくらいのことは出来るんですけどね。解熱剤は開発されてても、単純に「風邪」を直す薬ってのは存在しないんですよね。自分の身体は自分で気を付けるしかないんですよね」
 大げさなため息を付きながら、付け加える。 
「栄養を摂る、睡眠時間をたっぷり摂る、身体を休める…。簡単なコトなんですけどねえ、僕が望んでいることなんて。手洗いうがい励行とかも、もっと厳しくチェックしないと駄目なんですかねえ…」
「たかがくしゃみで、オマエなに言ってるんだ!?」
 視界の端から悟浄がサインを送ってくる。「やめとけ、だまれ」だと?オレに指図するか?
「たかがくしゃみで済むうちに、治そうと言っているんですよ。これから暫くは寒さも厳しいですからね。ジープの吹きっさらしに体温下がるの、自分で判るでしょう。知ってます?恒温動物って冬は自分で体温あげようとするんですよ。それだけ余計にエネルギー使ってるんですよ。ジープの移動中に下がった体温上げるのと、それ以外でも発熱するのとで、どれだけ体力消耗する気なんでしょうね?」
 八戒は据わった目つきでオレの正面に立ちはだかる。八戒の肩越しに、悟浄が額に手を当てて天を仰ぐ姿がチラリと見えた。オレはくるりと後ろを向くと、自分のカップに素早くバーボンとお湯を注ぐ。
 やったもん勝ちだ。
 飲んだもん勝ちだ。
「ホットなら文句はないんだろう」
 振り向いてカップを突き出した瞬間に、金色の液体の絡んだスプーンを突っ込まれた。
「蜂蜜入りが妥当でしょう」
「てめェ…何しやがる…」
 バーボンから上がる芳香に、独特の甘い香りが混ざり込む。不味くはないだろう。暖まるだろう。しかし急に甘口の酒になっても、口が慣れるか!
「酒だけより栄養のいいモノ、飲ませてあげたいだけですよ。…明日はどっかからミルクでも貰って来て、ホットミルクに蜂蜜とブランデーでも垂らしますか?風邪の時には暖まりますよ」
 八戒は笑顔だ。飽く間でも笑顔だ。
「ねえ、三蔵?あなたが変温動物でもない限り……僕、やると言ったら本当にやっちゃいますけど…?その一杯でおしまいですね?」
 冬眠してやるぅ!…とは流石に言えずに、またくしゃみを連発した。

 オレは不貞腐れながら蜂蜜入りのバーボンを飲んでいた。焚き火の近くに陣取り、カップに鼻を突っ込むようにして、誰とも口を利かない。悟浄が「だーから言ったのにい」だの、悟空が「八戒は理不尽な要求をしないから、言うことは全部聞いた方がいい」だの言うのも聞かない。
 甘い湯気が、鼻と喉をゆっくりと湿らせる。そうだな、今晩は空気が冷たい。自分の望みとはかけ離れたドリンクだが、躯の芯から暖まる。時折スプーンをかき混ぜながら飲み干す。暖かくして、眠ろうか。
 カップを水でゆすいでしまおうとすると、積み上げた毛布から自分の分がなくなっていることに気付いた。
「おい、オレの毛布…」
 振り返ると、焚き火の傍の特等席に既に広げてある。そちらに近付くと…
「三蔵、今晩は本当に冷えますよ。ほら、見てくださいよ、あの満点の星空。放射冷却現象で、きっと明け方なんか鼻が凍っちゃいますね」
「…それと、オレの毛布でオマエが寝てるコトとなんか関係あるのか」
「あ、これ僕のと2枚重ねです。暖かくした方がいいと思って」
 八戒は毛布の隙間を開けて、ぽんぽんと叩く。…「ここにおいで」ポーズ…。ちょっと殊勝に酒を諦めてやったというのに、それはないだろう。憤死しかけながらも、必至に冷静な声を出そうとした。
 てめェ、そこをどけ。ふざけるな。死ね。
「…はっくしゅ。くしゅん。くしゅん!」
 死にそう…。

 どん、と、後ろから押されて八戒の上に倒れ込む。腕を支えられながら振り向くと、真剣な顔の悟空が立っている。
「三蔵、ちゃんと暖かくしなくちゃ駄目だ。八戒が言ってたぞ。ここんとこ三蔵疲れてるって。寒いとエネルギー、余計に使うって先刻も言ってたじゃないか。三蔵また痩せちゃうって。俺、そんなのヤだかんな!」
「…八戒…テメ、ガキを操作してんじゃねェよ」
「僕は本当のことを言っただけです。悟空は心からあなたのことを心配してるんですよ。勿論僕もですけど」
 小声でやり合うが、もう俺の声からは険が消えかけているのが、自分で判った。どうしても悟空が、愛情、信頼、誠実を真っ正面からぶつけてくれることに対して、慣れ切ることはないだろう。その度、僅かな照れくささを感じ、変わらぬ純粋を喜んでしまう自分がいる。ストレートにそれを表に出す、なんてことは絶対にしないけれど。
「俺と一緒に寝るんでも暖かいよ。寝相我慢してくれるんなら」
「オマエの蹴りを夜中に喰らうのだけは、絶対にヤだ!」

 オレはしょうがなく八戒と同じ毛布にくるまる。下に敷いてある分厚い皮のマットも、2枚重ねで普段より格段に寝心地がいい。重なる毛布と八戒の体温も、包み込まれる暖かさで芯まで伝わってくる。
「おい、くっつき過ぎだ」
「隙間があると僕が寒いんですよ。あ、ほらやっぱり痩せちゃってますよね、あなた」
 法衣越しに置かれた手が、オレの肋辺りを触って確かめる。
「またアバラっぽくなっちゃって…。栄養まだたりないのかなあ」
「てめェ、これ以上嬲るつもりか」
 腕を突っぱねようともがいていると、今度は悟浄に毛布をきつく巻き込まれた。
「三蔵。俺が見てる分には面白えんだけどな。お猿ちゃん、ずっと見てんよ。諦めれ?」
 そう言うと、自分の毛布にくるまりながらまた酒を飲み出す。その傍らでは、横になりながら悟空がじっと大きな目でこちらを見ている。オレは何も言わずにぱたんと倒れ込むことにした。八戒が腕を広げている中に。
 目を閉じる。もう悟空も八戒も悟浄も見ない。オレひとりで暴れて阿呆ぶりを晒して…。みんなが心配してるのをわざわざ確かめて喜んでいる自分も判ったし。揺るぎない腕の中で眠るのは居心地が良いと知っている、自分の躯が既にヒュプノスに身を委ねようとしているのも感じるし。

 八戒の腕に自分の頭の重みがかかる。そうするとヤツはオレの躯にぐるりと腕を回す。結構でかい手で、背中を暖めて、そのまま躯を引き付けられるから、重心がヤツの胸の上に落ちる。躯と躯の隙間で、暫く行き場を失っていたオレの腕は、八戒のウェストから背中に垂らした。
 八戒が、毛布の影、密やかにオレの髪に接吻けた。
「てめェ…」
「もうなんにもしませんよ。ふたりの前では。でもこれだけね」
 囁き声に続けて、また髪に、額にそっと唇を押し当てられる。でも腕の柔らかさは変わらぬままでオレをくるみ込む。
 柔らかな感触。暖かさ。安心感。
 まるで子供の様に眠りに落ちる自分。
 最後に意識に残ったのは、額に触れた唇…





「…寝たんか?」
 片肘付いて身を起こしながらゆっくりと酒を飲む悟浄が、焚き火に薪を放り込んだ。僕は微かにうなずく。
「なあ、先刻のアレ…。アレルギーじゃねえの?」
 僕は三蔵が熟睡しているのを確認してから、もう一度うなずく。
「悟空が焚き火に放り込んだ薪…ツタが絡んで実か花が付いてたんですけど…火にくべたら爆ぜてパッと何か広がりましたからね。殆どその瞬間に燃え尽きたから、僕もなんの心配もしなかったんですけど…」
「このデリケートなお坊ちゃんだけアレルギー出ちゃったのねえ」
「悟空にはそのうち教えてあげないとね。三蔵のことで責任感じないように、おいおいでいいですよね」
「…三蔵には教えないでいいのかよ」
「この人に休息が必要なのは、いつでもですからね。いい機会になったでしょう」
「おーお、役得で鼻の下伸ばしてる奴が、よーゆーよ」
 悟浄はカップを掲げてひとりで乾杯の仕草をしてみせる。
「いいねえ、人肌で暖まんのも。ま、蒼天の星空を眺めつつ、一杯も楽しいぜ?交代したい?」

 僕たちは、静かに笑い合った。




 腕の中に眠るあなたが嬉しくて、ずっと見ていたくて。
 暖かさにうとうとしていても、僕のどこかがずっと目覚めている。
 嬉しくて。
 優しい気持ちになって。

 時折悟浄が焚き火をかき回し、ぱあっと回りが明るくなる。
 それはまるで僕の気持ちのようで。
 僕の鼓動のようで。
 腕の中のあなたの鼓動のようで。

 星が瞬いてシリウスがウィンクしたみたいだった。






















 終 







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◆ アトガキ ◆
さくらいのあしゃんの800 HIT!のリクエスト「腕枕」でしたあ!
あまあまめろうの強化期間突入して、お題が八戒さんのマロン(オトコのロマン)とくれば…!
…よしきが書くと前置きが長すぎるのが難点ですねえ
必然を書いてるつもりでも、読み返すと「長いよ、コレ」と毎回自分で思います(泣)
でも長い中に数行「これ、描きたいの」っていうのを入れるのが好きみたいです
ほら、高○薫さんの本…分厚い上下巻組の下巻のどっかに数行「こ、これわっ!?」っていうの 、入るじゃないですか…
ああいうの、タマラン
HITもリクエストもありがとうののあしゃんには「八戒の胴体にしどけなく腕を垂らして微睡む三蔵と、
それに密かに打ち震える八戒」を謹んで進呈いたします♪