seven 

「あなたの願いをななつ叶えてあげましょう」

 夢うつつの中、三蔵は声をかけられる。
 森の中で夕方、ひび割れた木のウロに脚を取られた雌鹿を助けたのだ。すんなりとした体つきの、とても美しい鹿だった。近寄ると激しく嘶いたのに、辛抱強く話しかけているうちに大人しくなった。ひびから脚を外して、傷薬を塗りつけてやった。

「ああ、お前はあの鹿なのか…?」
「ええ。私と山の神は契約を交わしているのです。互いが互いを助けます。互いが互いを守ります。私を助けた者は、山の神よりの返礼を受けるのです。…さあ、あなたの願いをななつ、おっしゃい」
「礼など欲しくて助けた訳ではない…」
 言いながら三蔵の脳裏には亡き人の面影が蘇る。
 微笑みながらオレに振り向く人。この人をあの流血の夜から助け出せれば。

「その方をここに生き返らせるのですか」

 微笑む姿が、ぼうっと森の緑に浮かび上がる。
 どこにも怪我は見えない。
 最後に見た血に汚れた姿ではなく、清潔な法衣。
 叩き落とされた筈の腕が袂に入れられ、煙管を出す。
 紫煙を美味そうにくゆらせる。
「お師匠様!」
 名を呼んでも振り向かぬのにじれて、思わず足が一歩出る。
 『オレの声が届かないのですか?』
 『オレの声が聞こえないのですか?』

「あなたとあの方の接点を持ちたいのですね」

 ふと、何か聞こえたように、光明がが小首を傾げる。
『おや、見つかっちゃいましたか』
「お師匠様!お師匠様!」
『青い空に、橙色の紙飛行機。私が知っているのはこれくらいですよ』
 走って行きたいのに、自らの躯が水の中で動くように重たく感じられる。
 お師匠様の声を聞き、間近に行きたい。
 この後、あの紙飛行機を受け取らなくては…

「あの方に触れたいのですか」

 ようやく躯が動き、駆け出す。
 願いの人の袖に取りすがる。
「お師匠様!オレです!」
 怪訝な表情を困ったような笑顔に隠され、三蔵は叫ぶ。
「…オレです!江流です!」
「時を戻したいのですか」
 急に自分の視線が低くなったことに気付く。
 見上げれば、光明の笑顔がこちらを向いている。
「おや、江流。どうしたの。…また誰かにからかわれて、喧嘩でもしたんですか?」
「お師匠様!もうオレは喧嘩なんかしないんですよ。
…あなたがオレを三蔵の任につけたから、もう誰も『川流れの江流』だなんて、
からかったりしないんです…」
「江流、どうしたの?泣いてますよ?
…そう、からかわれたのではないのですね。では何が悲しいの?」
「それは…」
 目線を合わせる為に、光明は僅かに腰を屈めた。
「その方の時間と、あなたの時間を合わせたいのですね」
「おや、江流。…いえ、今は玄奘三蔵ですね。
酷く久しぶりに会う気がしますよ」
ようやく光明が、三蔵を認めた。
「オレは…あなたに玄奘という名を貰い、三蔵の位を受け継ぎました。
そして、あなたは全てをオレに譲り渡して、死んでしまった。
オレは何も要らなかったんです。
お師匠様がいてくれれば、それでよかったんです…!」
「おやおや。とんだ泣き言を言う子ですね。
ヒトから私がそんなに甘やかしたと思われるのは心外ですよ」
「だって、オレはあなたを守れなかったんです!
自分より、世界中より守りたかったものを、守れなかったんです!」
「それで後悔しているの?
甘ったれてくれるのは嬉しいけれど、本気でそう信じ込んではいけませんね」
「お師匠様!?」
「私にだって、護りたいものはあるんですよ。
私は護りきって満足しているのに。
それに文句を付けられては堪りませんねェ…」
「残されたモンが文句を言って何が悪い!!黙って聞きやがれ!」
 ついつい、普段の自分の口調が出る。
「…恨み言のひとつも、言わせやがれ…!」
 光明はそれまでで一番優しい笑顔を見せた。
「そうですねえ。大人しく聞きますよ。
ええ、江流が…玄奘がこんなに口汚く罵るだなんて、
正面切っては始めて聞きましたよ。
ああ、僧徒達と喧嘩してるのは、たまになら聞いてましたけど。
そういう風に元気に生きてくれているのですね。
…それをわたしが満足しても…いいでしょう?」
 優しく、優しく、髪を撫でられる。
 子供の頃、からかいの種のひとつだった、金糸の髪を撫でられる。

「護られた自分を愛してくださいね。
護りきった私を赦してくださいね。
恨んでもいいから、元気に過ごしてくださいね。
ねえ、江流の玄奘三蔵…?」

「全く…笑顔で人を丸め込む手管が、死んでも変わりゃしねェなんてな…
まだまだ敵わねェや」
「そりゃ、トシの功と言うものです。
私に追いつくまでは、まだまだですよ。
…なのに、何故こんなに境界のあやふやな場所にいるんです?」
「…ええ。ちょっと揺さぶられましてね、流石に」
 言外に誰かの所為だと臭わせて、三蔵は光明を睨む。

「その方に勝てるようになりたいのですね」
「違う」
 ぼんやりとした光に向かって、三蔵は発砲した。
「では、その方の時間をもっと過去に戻したいのですね」
「違う」
 また発砲する。
「おやおや。随分と荒っぽい子になりましたねえ。
頑張ってることがよく判って嬉しいですよ」
「ええ。当分、頑張りますよ」
 三蔵は立て続けに発砲する。
「…様々な強さが、人を支えます。
強くなりましたね。
もっと強くおなりなさいね…」

光明の微笑みが、滲む視界の端に入った。

「では、あなたの願いはなんですか」

「全て元に戻せ。オレは誰にも願わない」
 雌鹿の化身の額に、銃弾を命中させる。
 自分の姿が元に戻ると同時に、光明の姿がかき消えた。
 声のみが、森の中にいんいんと響く。

『まだひとつ、残っていますよ』

「消え失せろ」
 わだかまる気配の元へ、銃弾を打ち込む。

「三蔵!」
「三蔵!!」
 自分の目の前に構えて発砲したところで気付く。
 体中が蔦に覆われ、埋もれる寸前だった。銃砲の真横に顔のあった悟浄が、冷や汗をかきつつ文句をつけた。
「何なのよ。急にこんな蔦におっかぶされたと思ったら、助けてやってる人間になんちゅうことすんのよ?放置してほしーの?」
 八戒達の手足にも蔦が絡まっていたが、三蔵の躯を押し包む蔦の分量の比ではなかった。
「三蔵は本当に妙なモノに好かれますねえ…」
 べりべりと蔦を剥がしながら、呆れた口調で言われる。
「ああ。てめェら含めてな」
「何だよー。俺達三蔵助けてやってんだぜえ!…でももう新手の蔦、来ないよな?」
 振り返る悟空の目に、三蔵が銃を撃ち込んだ岩が目に入る。
「…コレ…?人の形に見える…?」
 両手を広げた女の姿に似ているように見える。弾痕は、その額のど真ん中にあたる部分にあった。
「…山の神の返礼とか、言ってやがったかな。恩を仇で返しやがる」
「…っていうか、先刻の鹿ももしかして人を引き寄せる罠なんじゃ…?」
「やっぱ、三蔵サマ、妙なモンばっかに愛される運命なんじゃん?」
「俺は妙じゃないかんな!」
「バトントワリング仕込まれた、大食らい王のサルは妙だろ?」
「触覚河童!赤ゴキブリ!!」
「……煩エ!!」
 騒動に耐えかねた三蔵が、ふたりに向かって連続で発砲する。
 最後に苦笑しながら全員を宥めようと八戒が声をかける。
「まあ、まあ…」
 その労は、珍しく3人揃っての行動に報われる。
『エセ君子!!』
 3人から指を指された八戒が、冷や汗をかく。
「…あれえ?」
 ふと声が聞こえたような気がして、三蔵は明けかけの空を見上げた。

   『強くなりましたね。
    もっと強くおなりなさいね。
    ねえ、…江流の玄奘三蔵…』















 終 







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7777ヒットの恭さんへvありがとうのリクエスト小説
テーマは「『7』がキーワードなシリアスストーリー」でした
…ちょっとシリアスではないかもだけど、光明さん絡みでちょっとヘタレ入った三蔵って
好きなんですよ(どうしてヘタレにこだわるんだか/笑)
「7」は…まあ、縁起のいい数だからねえ…意味不明笑い

恭さんには「光明サマに甘えた挙げ句、暴言吐く三蔵」を捧げます
(ちょっと変形で読みにくいかな?)
ここは、ありがたみよりも、レア物、ということで…(笑)
ありがとうv

恭さんのイメージイラスト追加!(010501)