tan tan 




「なあ、次の町まであとどんくらい?」
「あと…ノンストップで2時間くらいですかねえ」
 ウンザリした声と、呑気そうな声。後ろからは必ず騒々しい声が続く筈だ。
「ええーっ!?まだ2時間もあんの〜〜〜?俺もう腹減っちゃったよー」
 やっぱり。
「お前はいつだって腹減らしてるだろーが!?幾ら食っても無駄なんだから、もう食うのやめちまえよ」
「ンだよ、悟浄!俺はね、食った分成長してんの!成長期なの!!トシヨリと一緒にすんなよな」
「はっは〜ん!ンなこたぁ、俺の身長追い抜いてから言え!成長してもコレかよ。そりゃあ、もっと食わなくちゃだよなあ?大変ねえ、小猿ちゃんはぁ!えい、このっ、このっ!」
「あっ!なんだよっ!頭抑えるなよっ、クソガッパ!!」
「バカめ、この圧力をはね除けるだけの成長を期待してる、この!俺様の!愛情がっ!判んねのかよ。くのっ、くのっ!」
「重てえんだよっ!このでぶっ!」
 押し合うだけでなく、蹴り合いが始まったようだ。…今オレのシートを蹴ったヤツは誰だ?また蹴られた。…こういう巻き添え的振動は不快だと、今までに何度言ったことか。一体何度言えばその薄いノーミソスープに染み通るのか…。
 オレが懐の銃を出そうとした瞬間に、急に車がカーブした。 
「うわととっ!」
「うわあ!」
 結構なスピードで走っていた所で、予告ナシにドリフトターン…。またドリフト。八戒は数回それを繰り返した。
「…もうちょっと静かにねv」
 後部シートでひっくり返りながらミラーを覗くふたりに、八戒は無敵スマイルを送る。
「ああ、あなたまで巻き添え喰らわせちゃいましたね。すいません。でも銃弾が勿体ないかなあと思って」
 堪らずドア枠にしがみついたままのオレの手を、ちらりと見て言う。
「…砂地でドリフトすんのはやめろ。スピン寸前じゃねェか」
「ヘマするつもりもないんですが…でもそれでも、多分ウシロ、静かになりますよ?」
 オレが発砲するのと、どっちがマシだか判らん選択だ。
「だって、いつかジープに穴開けるんじゃないかと思うと、タマに心配になるんですよねー」
「…オレはそんな失敗はしないし、今実際にジープの上げていた悲鳴が聞こえなかったのか?てめェは」
「ジープは後でちゃんと可愛がって上げます。でもほら、静かになったじゃないですか?」
 いけしゃあしゃあと言いやがる八戒に、後部座席を振り向く。
 視界に入る、空。
「…八戒。2時間っての、訂正しろ」
 全員が振り向いて(八戒のみはバックミラーで)見た東の空には、もの凄い勢いで広がる黒雲があった。
 枝を茂らせている大木を発見し、なんとかその下にジープを滑り込ませるのと同時に、大粒の雨が叩き付けてきた。砂地にあっという間に吸い込まれ、湯気が上がる。
「中々壮観ですね。メランコリックにもなりようのない、というか…」
 あっという間に視界が効かなくなる。物陰であると言っても、所詮木の下の雨宿り。枝をも通す雨足に、ジープを白竜の姿に戻し、風向きが変わるごとに樹の影を移動することになる。
「あ〜あ。腹減るし。濡れるし」
「サル煩いし」
 また先ほどと同じ騒動になるのが目に見えていたので、今度こそはと銃を構えて…。
 ジャキン
 撃鉄を起こす音と同時に、八戒がポケットから出した物を悟空に差し出す。
「はい、チョコレート。これで暫く大人しくしててくださいね」
「おーおー。手懐けられちゃって…」
 からかっても、チョコレートに集中して無言な悟空に、悟浄は手持ち不沙汰に煙草を吸い出す。他人の煙を見ると吸いたくなるのが喫煙者というもので。袂から煙草を取り出すが、指先まで濡れてしまって触れない。
「ハンカチ、要ります?」
「ああ」
 やりとりを見ていた悟浄が、にやりと笑いながら呟く。
「こっちもかよ。甘やかされちゃってまー」
「…なんだと」
「だってそうだよなあ?…俺もタマには甘やかしてくれよ、八戒」
「悟浄はすぐにつけあがるから駄目です」
「あっ、ひっでー」
 手懐けるの、甘やかすのということを、全く八戒は否定しない。
 多分、甘やかされているんだろう。
 きっと先回りされているんだろう。
 染み込んだ甘い毒は、それを心地よく感じさせる。

 雨足を避けて座り込んだまま、紫煙を吹き上げてみる。
 雨は強く降り続け、湿った法衣がじわりと体温を奪って行く。
 と、肩が触れ合う位置に八戒も座り込む。
「…寒くありません?」
「…そりゃオマエだろ?」
 自分の感じる寒さを、同じ状態の隣の人物も感じているのだろうという、当然の推測。別に濡れてる者同志がくっついても大して暖まらないのに、それでも傍へ行きたいというこの気持ち。
「けっ」
 言いながら、腕をすり寄せてやる。濡れた衣服が肌に付き、一瞬のひやりとした感触。そのあと伝わる体温。

 あ、暖かい。
 オマエも今、暖かいだろう。

 口には出さずにそう思う。横を向くと、八戒も口には出さずに頷き微笑んだ。
 一気に降り出した大雨は、30分程で去って行った。
「ぼちぼち行きますか」
 八戒が立ち、両手を上げて伸びをする。
 悟浄を振り向くと、眠り込んだ悟空を爪先で突っ付いて起こそうとしているところだった。
「行くぞ、悟空!」
 一声掛けると、条件反射の様に立ち上がる。その慌てた顔付きを見て、八戒がまた笑う。
 そうだな。置いて行かれると思ったみたいだな。…付いて来なけりゃ本当に置いて行くしな。
 オレの顔を見て、八戒が肩をすくめながらも笑顔を深くした。
 甘やかすのも、手懐けるのも、同じかもしれない。
 違うかもしれない。
 含まれてるだけかもしれない。
 もっと優しいものかもしれない。
 癒したいのかもしれない。
 労りたいのかもしれない。
 どうでもいいことなのかもしれない。

 それでも、このくだらない積み重ねが、どこか重なり合う知覚が、それを感じることが…
 ジープが走り出してすぐに、大分西へ傾きだした太陽が、眩しい顔を出した。
 ふと思い付いて、後部シートの連中の様子を見るような振りをして、ちらりと空に視線をやった。
「…八戒」
 一声だけかけて、バックミラーを見る。オレのその様子を見て、八戒がミラーを覗き込む。
 大きな虹。
 オレ達はミラー越しに虹を眺め続ける。
「…そうですね」
 「大きいな」も「きれいだな」も言わないけれど。目も合わせぬままに見続けただけだけど。

 




 




 ただ淡々と続く日常の、それこそ淡々とした、大事なもの


















 時折うずく、習慣性の甘い毒





































 終 







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杜国さん、3333HIT!ありがとう!三蔵尽くしで無性に嬉しい数字でしたv
…ええと、リクエストが俵万智さんの短歌”「寒いね」と…”(『サラダ記念日』河出書房)
著作権引っ掛かるので引用できなくて申し訳ございません
優しくて、どうでもよい言葉を、暖かい気持ちをこめて掛け合う…そういう歌です。元ネタは。
よしきもスウィート目指したんですが、ちょっとズレまくりですね(がっくし)
「張り切る」宣言して、長くお待たせしてしまいました
杜国さん、ごめんね。でもありがとうございます。
愛情表現スピン寸前の八戒と、それでも懐く三蔵と、
ついでに私の育てた黒ばら「パパメイアン」(バカ…)を捧げます。