akai tori nigeta -9-
 剥き出しになった首に、微かに傷が残っていた。指の形の痣と、爪の食い込んだ痕。痕が目に入る度に、悟浄は丁寧に接吻けを落として行った。
 三蔵はその度、息を呑んだ。
 自然と強張る躯を、悟浄は舌を這わせて溶かして行った。きつく接吻けて、うっすらと赤い痕跡を、代わりに素肌に置いて行った。
「こんなの、すぐに消えちまうんだから。だから全部忘れちまいな」
 囁く言葉が素肌に熱く感じられて、三蔵は身を震わせた。
「こんなもん、イッペン風呂入ったら、きれいさっぱり無くなっちまうって」
「オマエ、のも、か」
 三蔵に返されて悟浄は笑った。
「そうだな。お前に何か残せるとは、思ってねえよ」
 三蔵の首筋に埋めていた顔を上げ、瞳を覗き込んだ。
 金色の睫毛に縁取られ、半ばまで閉ざされた紫玉の瞳が、濡れて揺らめいていた。
「……残せたらいいとは、思ってるけどな」
 悟浄は唇を合わせながら囁いた。薄く開いた唇に、今まで素肌を味わっていた舌を滑り込ませた。唇の弾力と、滑らかな歯の感触を楽しむ。頑なな三蔵の舌を誘い出したくて、強張る肩から背中に向かって、大きな掌で撫で下ろした。
 暖かな感触に、三蔵が目を開けた。
 紅い髪が顔に落ちかかっている。月明かりを透かす髪が、紅いカーテンのように三蔵を囲っていた。閉じ込められたような錯覚に、三蔵は一瞬陶然となり、悟浄に誘われるままに舌を絡めた。
 互いの唇の隙間を、架けるように舌が絡まり合った。
 悟浄は三蔵の金糸の髪をすくい上げ、耳朶の後ろのカーヴに沿って撫でつけた。指が顎のラインを掠め、首筋から降りて行く。
 三蔵の舌が跳ねて奥に逃げ込んだ。
「駄ー目。やめないでよ。応えてよ」
 甘えるような、甘やかすような声に、三蔵は体中の力を抜いた。
 この甘い声を出す、強引で臆病な男に、身を委ねようと思った。
 再び始まった接吻けに、三蔵は没頭することにした。悟浄の手に幾重か重なる紗の服を、一枚一枚剥がされて行っても、その隙間から掌が潜り込んで来ても、ひたすら互いの熱狂を探り合うような接吻けを続けることにした。

 悟浄が唇を離すと、薄い舌が追い掛けてきた。目蓋を伏せると幼ささえ感じさせる顔に、開いた唇から濡れた舌が覗くのが、酷く扇情的だった。
「……ご、じょう……?」
 覆い被さる体温がずれたことに気付いた三蔵が、名を呼んだ。
 三蔵の衣服は前をすっかり肌蹴られ、ほころぶ花弁のように、剥き出しの肩や二の腕の下まで、重ねて押しやられていた。
 温かな重みが失せ、肌寒さに三蔵は自分の躯を抱いた。月光に浮かび上がる細い躯に、華奢さの残る腕が巻き付いた。
 悟浄はその腕に一度音を立てて接吻けると、鳩尾から臍まで唇を押し当てながら降りて行った。

 腰を掴む悟浄の手が火傷しそうな程熱いと、三蔵には感じられた。熱は足首に触れ、薄い布地を潜って上まで移動する。時折ひたりと止まって脹ら脛や膝頭を温めて行く。肌寒さを感じていた三蔵はそれを心地よいと感じた。
 鳩尾に紅い花を散らされ、感覚の波に溺れていた三蔵は、悟浄の掌が腿の内側の柔らかな肌を撫でた時に、思わず吐息を漏らした。
「あぁ……」
 吐息に悦楽を聞き取った悟浄は、それに勇気付けられたかのように、三蔵の脚の間に躯を割り込ませた。柔らかな布地を引き剥がすようにして、しなやかな足を月光に晒す。
「……っ」
 月の青白さに輝く膝頭が、閉じようと震え、悟浄の躯をきつく挟んだ。
 悟浄は宥めるように腿を撫でた。大きな掌で何度も繰り返し撫でた。体温が往復するごとに、三蔵の脚からまた力が脱けて行った。
「三蔵、寒いか?」
 敏感な膚に熱い息がかかった。三蔵は身を震わせながらかぶりを振った。
「俺は熱いよ。お前も、こんなに熱い」
 腿を温めていた掌が三蔵の昂りを捉え、更に熱い唇がそこに触れた。
「……!」
 確かめるように舌が這った。
 堪らないほどの熱が三蔵の上を移動して行く。ざわめくような快感を引き起こしながら、熱は移動するとすぐに、ぬめりの冷たさを残して行く。
「……っ……ンっ」
 呼吸ごと堪えていた悦楽が、三蔵の喉から洩れた。三蔵は自分の耳に入ったその音に、自分の出した声とは信じがたい響きが混ざっていたことに、羞恥を覚えた。恥ずかしさと感覚の混乱に、腿を擦り寄せようとした。
 悟浄の手が、今度は確固としてその脚を固定した。力強く押し開き、濡れて震える昂りを口腔に含んで行った。
「アァッ……」
 躯が三蔵の意志を越えて撥ねた。固く固定された腰は動かず、自分で抱きしめた上半身だけが身を捩った。
 三蔵の「そこ」を覆った熱は、煽るように動いた。弾力のある「もの」が快楽を予感させる場所を往復し、かと思うと急に「その場所」を避けて敏感な先端を弾いた。
「ふ……っ」
 眉根を寄せて目を瞑っていた三蔵には、与えられる感覚だけが全てだった。
 すぼめた唇に追い上げられ、また先端から舌をねじ込まれ、躯の熱は上がって行くばかりだった。『じらされる』という知識は三蔵にはなく、ただ感覚に巻き込まれ、翻弄されるだけだった。
 反らした背に、剥き出しの肩が地面に押し付けられ、細かな砂が粗く感じられた。夜の大気に冷やされた砂が、却って三蔵に、上昇する体温を自覚させた。
 自分の肩を抱く指先が白くなるほど、力がこもった。
「三蔵。このままダせよ」
 諭すような口調にも、自分の躯の反応を理解し切れない三蔵は首を振るうだけだった。
 優しく宥めるような声のこの男に、全て委ねた筈だったのに。
 三蔵は惑いながら、ふと紅い髪を目で追った。
 脚の間の紅い色が、自分の腿の上に流れ、腹をくすぐった。
「ん……」
 微かな声に顔を上げた悟浄と、三蔵の目が合った。
「見んなよ、照れるじゃん」
 離れた唇と自分の昂りの間に、細い銀の橋が架かった。すぐに落ちた橋の冷たさと、また自分を覆おうとした悟浄の唇の艶に、三蔵は更に指に力を込めた。
 悟浄は三蔵を見つめながら、三蔵自身に舌を伸ばした。つい先程三蔵を翻弄した熱い「もの」が、濡れた昂りに絡み、切羽詰まった快感を約束する場所を強く撫で上げた。
 悟浄が目で促した。三蔵を見つめる悟浄から目を離せなかった三蔵が、躯を震わせた。
「っあッ……出、るっ」
 くるみ込まれ、掌で追い立てられるようにして、三蔵は放出した。













続く






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