夜明け  《 into the blue - 4 - 》

by 剣菱=蝉丸

 閉ざされた目蓋に出来る翳りが、数日前から濃くなっていた。

「何にも言わずに限界まで動き続けるってのは、ドーブツ以下かねえ?」
「死にかけでも最後まで諦めない、野生動物…?」
 ジープのナヴィシートの三蔵の眠りは深い。
 寝ずの火の番をしていた悟浄に、八戒はコーヒーのマグを持って行く。
 深い深い暗がりの中、焚き火に照らされた範囲だけが世界の全てのようだった。遠くから、夜行性の動物の、甲高い声だけが響く。

「昔、近所の野良猫が病気になった時、誰の手も届かない所まで行って、ずっとうずくまってましたよ。水を運びに近付いても、じろって睨むんです」
「自分だけで治そうとでもするんかね。…ネコと同じか」
「野生の動物は強いですからねえ」
 悟浄と八戒は、ジープの方を見ながら静かに笑った。

 ぱち、 ぱち ぱち …

 火の爆ぜる音だけが暫く続き、夜明け前の闇が、更に濃くなる。
「…疲れたのヒトコトが言えないなんざ、却ってガキだっつの」
「このメンバーにガキ以外っていましたっけ?」
「ま、落ち着く気は、ねーよな」
「無理は幾らでも利くタイプばっかりですしねえ」
「全員、五十歩百歩なワケね。…俺なんか全然常識人な方なんだがなあ」
「何でヒトの方見て言うんです?」
「さー?」

 突き動かされるままに、動いているだけだった。
 喜びも、痛みも、苦しみも。全てが生きる原動力だった。
 悟浄も八戒も、何時からか、旅が終わることなど考えられなくなっていた。激しく命を削り合う様な日々が、いつ迄も続くような気がしていた。
 地に伏して眠り、夜明けに起き上がり、血の匂いの中に生きる。
 それなのに、心の中が荒涼とすることがないのは何故なのだろう。

「俺らさあ、何だってこの生臭坊主に付き合おうなんて思っちまったんだかなあ」
「それこそ『さー?』ですよ」
 低く、低く笑う。
「さー…?悟空に聞いてみます?どうして三蔵に付いて行ったのかって」
「あいつに聞いてもマトモに理由が出て来る訳、ねーじゃん。食いモンの匂いでも嗅ぎ付けたとかでもなけりゃあさ」
「理由なら…いつだって悟空は『太陽だから』って言ってるじゃないですか」
「おい、それ…マトモな理由かァ!?」
「悟空にとってはね。…僕にとっても三蔵は太陽ですよ。三蔵がいなければ、僕はいつ迄も夜闇の世界にいたのかもしれない」
 火明かりに髪をあかがねに照らされた悟浄が、顔をしかめた。
「…誰にだって…夜も朝も来んだよ。…ま、あの畜生坊主が無理矢理真っ昼間の中に引っぱり出したっつーのはあるか。コイツもしかして拾いモンが好きなタイプなんじゃねーのか?んで、一辺拾っちまうと棄てらんねえの!」
「酷いですね、僕も悟空も落とし物ですかぁ?…それを言うなら、僕を拾ってくれたのはあなたでしょうに」
「誰が拾うも拾われるも、どうでもいっかぁ」

 ぱち ぱちっ、ぱちっ

 僅かに明るむ空に、ジープのシルエットが浮かび上がる。座席に眠るふたりの姿もはっきりと見えて来る。
 深い睡眠に体力を回復したのか、三蔵の閉じられた目蓋の隈取りは少し薄くなっていた。今は長い睫毛の陰が、濃く落ちている。顔色も随分よくなったようだ。
 後部座席では、いつの間にか悟空が琥珀色の瞳を見瞠いていた。両腕をゆっくりと持ち上げ、背筋ごと伸ばす。
「…朝だね。三蔵もよく眠れたみたいだ」
「どーしてお前も寝ててそれが判んだ…って、判るんだろーな」
「うん、判る。随分元気になったみたいだ。…何かある?」
 悟空はジープに僅かな振動も起こさせずに、飛び降りる。

「…そうですか。三蔵は元気になったみたいですか。…嬉しそうですね、悟空」
「うん。…八戒もそうじゃん」
 手渡されたマグカップから昇る湯気に、悟空は鼻先を突っ込んだ。
 東の空が、濃い菫の色から曙光の茜色へとめまぐるしく色彩を変化させた。黄金の雲がたなびき、やがて輝く朝日が姿を見せる。
 カップの湯気越しの朝焼けを見る3人は、ただ黙っていた。だまって日の昇るのを見ていた。光線に浮かぶ三蔵が、僅かに身じろぎしたように、3人には感じられた。
「夜明けですね」
「また太陽が昇って来やがったか」
 眩しさに目を細めた悟浄と八戒が呟いた。
「今日が始まるね」
 それこそ、瞳の中に太陽を納めたかのような悟空が、囁くように言った。

  今日が、また始まる…

 












fin.





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