◇ Pieces 4 ◇


−END OF THE DAY, AND THE END OF DAYS 2 −






「お師匠様!遅くなりました」
「おや、走って来てくれたの、江流」

 息を切らせる江流を見て、光明三蔵は可笑しくてたまらない。朱瑛も思った事だが、江流の醒めた部分と子供のままの部分の両方を知ると、そのアンバランスさが危うくもあり、可愛らしくも見える。

「今日の来客は私の大事なお客様です。江流もご挨拶して貰いたいので、ちゃんと顔を出してくださいね」

 光明はそこまで言うと、ついに吹き出す。

「それに、その格好も、なんとかした方がいいかもしれませんね」

 ホコリと泥とほつれと枯葉だらけの江流に、優しく語り掛ける。先程、苦情が持ち込まれたばかりなのだ。江流がまた暴れて大勢に怪我をさせた、と。しかし通りかかった朱瑛が、自分の上司達に怒鳴りつけたのだ。

「江流が先に仕掛ける筈が無いだろう!それはアンタ達もよく判っていることだろう!目ェ開いてんのか!」

 多勢に無勢は一目瞭然のことであったし、それはその場で終ったことであった。しかし…。

「私も嫉まれてますね」

 どうやら江流を可愛がっている光明をやっかむ向きも多いようなのだ。江流の価値は、外見ではないということを、余りに判っていない輩のなんと多い事。呆れる程だ。まあ、足を引っ張るようなことをされれば、自分も報復措置に躊躇うタチでもないし。
 くすりと人の悪い笑みをする光明に、江流は「また何を悪巧みしているのやら」という顔をしてみせる。

「お師匠様、俺からもお話があります」

 江流は光明の真正面にきっちりと正座する。

「俺はこの前お師匠様に言われたことを考えました。俺は何者になりたいかと…。」

 光明も姿勢を正す。江流は、軽はずみなことを言う子ではない。この子が決めた事ならばなんでも認めなくてはならないだろう。真顔で自分を見つめる子供…つい十何年か前に自分が拾い上げて目が合った時を思い出す。赤ん坊の頃から惹きつける目をしていたものだ、と。

「俺はまだまだ子供でものを知らないというのは判りました。寺院の中の出来事ならば自分にも対処出来ることがあるけど、世間のことは俺は無知といってもいいのかもしれない。」

 先日の光明の所用の旅行に同伴して、人の無限の優しさにも驚かされたのだ。自分はまだこんなには優しくない。人間の深みが足りない。そんな風に感じた。

「まだまだなんです。いろんなことに対して。だから先ず、お師匠様の全てを勉強させてください!」

 …恐らく大真面目なことを言いたいのであろう江流の、ストレート話法に一瞬目を剥く光明三蔵。

「まず、お師匠様の全部を吸収したいです。その後…いや、同時でもいいから他のことも…世間のことも、人間のことも、学問も。全部です。今ここで自分が吸収出来ることを全部吸収して、それで足りなくなったら外へ出ます」
「また…大きく出たものですねぇ」

 光明は笑い出したくもあったが、真剣な江流の顔に、真実を全て映し出す瞳に魅入られる。そう、この子にならばありとあらゆることが吸い込まれて行くだろう。世の中の善きこと、悪しきことが吸い寄せられる様に集まり、それは全て江流にとっての糧となろう。
 先日も自分の恩師に「この子には自分の持てるもの全てをやりたいと思っている」と伝えた。

 愛情も。
 慈しみも。
 悲しみも。
 怒りも。
 絶望も。
 信頼も。
 高々、数十年の自分の生涯の出来事も。

 大事なものも、くだらないものも、きれいなものもある。玉石混淆の中からきっと江流は自分に必要なものを探すだろう。見つけるだろう。足りなければ探しに行くのだろう。
 多分、いつかはやはり自分の器に合う場所へ行ってしまうのだ。たった今、自分が手許から離すべきか、置いておくべきかで心配をしていたが、この子は大きくなるのだ。どこにいても大きく羽ばたいて行くのだ。なんと淋しく、なんと楽しみなこと。

「父親としては喜ばしいことなのでしょうね」
 
 江流は光明の口から出て来た言葉が耳に入った瞬間、幸福で心臓までが止まるかと思った。心密かにそう慕ってきたが、本当にそう思っても良いのだろうか。自分のことを息子のように思って貰えているのだろうか。

「江流、あなたが傍にいると言ってくれて、本当に嬉しいですよ。私はあなたを育てられたことを心から誇りに思っていますよ。今までも。これからも」

 慈しみの目。喜びの目。賛嘆の目。
 自分が期待されていることを知るのは、なんと嬉しく恐ろしいことか。期待を裏切りたくないという思いがなんと胸のうちで力強さを持つものか…。

「さて、となると私もいろいろ画策することもありますしね。大丈夫、教義に囲まれた寺院というものは言わば世間の縮図とでもいうべきものだし。この世界で上手くやっていけるんだったらあとは応用です。そして世間でのし上がる人のやり方を私達が倣ってはいけないというものでもないし」
「お、お師匠様…?」

 急に生き生きと話し出す光明に驚く江流。カクサクだって?この春の日溜りのような人が、確かに一筋縄ではないということは判っていたのだが。宗教界で出世するには政治的手腕も必要だとは知識で知ってはいたのだが…?
 その時、部屋の外が俄かに騒然する。大勢の声と、朱瑛の声。それと初めて聞くやかましそうな声。

「ああ、いらっしゃいました。あれが私の大事なお客様で…」
「光明!光明!!どこにいやがるんだいッ!」

 いい終わらないうちにばん!と戸が開けられる。どすどすと小太りで額に血管を浮かせて怒っている僧が室内に足を踏み入れる。光明と、泥だらけの江流を一度に見やり、一気に怒鳴り始める。

「一体なんだい、この寺は!来客のもてなしってモンを教えてないのかい!?掃除なんざ、客が来る前に終らせなきゃなんねえもんだろ。包帯だらけの小僧どもがホコリっぽくてしょうがねえ!大体、大体…!光明、お前さんあの手紙なんだい!」
「失礼致しました。でもあなたが連絡より早くいらしたんですよ。これが江流です。お見知り置きを」
「お前さんの手紙を見たから急いで来てやったんじゃないか!この…!この?この子かい?」

 立て板に水でしゃべり倒す僧の姿に最初呆然としていた江流だが、急にじろじろと見られて姿勢を正す。なんだ?アラ探ししてやがんのか、このジジィは?そう思いながら丁寧な口調で挨拶をする。

「この金山寺で端仕事をしております、江流と申します。我が師の大切なお客様とあれば当山揚げてのご歓迎を申し上げます。至らぬ所がありましたのは当方とても遺憾の限りでございます。ご不快は重々承知しておりますが、枉げてお許し願います」

 慇懃無礼を絵に描いたような礼を返すと、江流はつんと顎を持ち上げる。光明の客であるから丁寧に遇してやるぞ、というデモンストレーションだ。これで大抵のオトナは憮然と口篭もるか、猛烈に怒り出すかのどちらかなのだ。無礼には無礼で返すというスタンスを崩したくはない。

「ほう!こりゃあ、光明。お前さん随分仕込んでんじゃないか」
 
 その僧は笑い出した。

「江流、江流。怖い顔しなくてもいいんです。この方は私の喧嘩と酒と煙草の師匠なんですよ。そして…」
「おう、名乗り遅れたな。私は青覧と言うんだ」

 と言うと、ひょいと懐から金色のものを取り出して剃髪の頭に載せる。

「…青覧三蔵法師殿です。この方は私の他にもいる三蔵法師のおひとりですよ」

 目の前で名乗られた江流も、部屋の外で立ち聞きしていた者達も度胆を抜かれる。掃除の手抜かりを他で挽回しろと、誰かが叫んだようだった。江流は驚き…そして師の「喧嘩と酒と煙草の師匠」という言葉を反芻し…。今度こそ丁寧に伝える。

「青覧三蔵法師様。改めて心よりの歓迎を申し上げます。そしてどうぞ、私にもいつか極意の伝授をお願い致します」
「おう。それまでに精進しとけよ。私ァ、光明と話しがあるんだ。イイコだからしばらく外に出てておくれ」

 くしゃくしゃっと髪を撫でられて、江流は部屋を出る。その後姿を見送ると青覧は光明に向き直る。

「まあ、お前さんが育てた子だっていうんだからな…推して知るべしだったよな。外見は神々しいばかり。内面は…私やお前さんに引けは取るまいな」
「はい。あの子を認めて頂けますか?」
「そう話しを先先へ進めるもんじゃねえよ。で、ホンキなんだな、光明。」
「はい。あの子を……私の次の三蔵法師にしたいと思っています」

 そこまで言うと、光明はほっと一息つける。自分の決心だけでなく、大きな味方をつけてやりたかったのだ。江流に。多分、このひとは私の希望を叶えてくれるだろう。

「ずっと育てて来ました。あの子の資質ならばなんら問題はないかと思われます。一度はあの子の為に手放すべきかとも思ったのですが、江流が自分でこの道を選んだのです。たった今…。江流ならば、ここ何代かの三蔵法師の中でも有数の優秀な三蔵となるでしょう」
「えらく入れ込んだもんだな」
 
 呆れ顔で青覧は笑い、懐から紙巻煙草を出し…光明が火を付ける。そのまま光明も自分の煙管に火を付ける。薄暗い室内に二筋の紫煙が上がった。

「そう、入れ込んでますよ。江流は才能はあるものの、今はあの外見が却って災いしています。それをカヴァー出来るのは、あの子自身の実力とあなたの権力、そして三蔵法師の地位、でしょう?私はあの子を誰にも侮られない存在にしたいんですよ」
「お前さん、それは『入れ込んでる』どころか『入れ揚げてる』のレベルだよ」
「そうですね。江流は甘えてくれないけれど、本当は甘やかしたいんですよ。それとあの子を三蔵にしたい一番の理由は…」

 くすくすと笑いながら言う光明に青覧が耳をそばだてる。

「一回、最高峰まで登り詰めてたら、合わないと判ったらこのシゴトを見限るのも早いでしょう。別の道を探すのには周り道する時間が惜しいじゃないですか。転職するなら若いうちに出来るようにしてあげたいですよね」
「お前さんにかかっちゃ、この金冠もカタナシだな」
 
 青覧は金冠を人差し指でくるくると回して、笑った。










to be continue

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