バカンス / 白猫
【ヒューロイ】



『バカンス』


「ロイ! 会いに来てやったぞ」
夕闇せまる司令部中に響き渡るかのような大声で叫んだ男が、やたらと嬉しそうな顔で笑う。
「お前な。仕事のついでにカオ見せに寄っただけだろが」
「仕事がついでだ!」
きっぱりと言い切って、豪快に笑う奴。いつも通りのその様子に、最早、東方司令部の面々でさえ慣れきって、顔をあげようとすらしない。
「ホークアイ中尉。ちょっとコイツ借りてもいいか?」
「そうですね。明日の休みを大佐が返上して下さるのでしたらこの後は構いませんけれど」
「おう、そんなモン、任せとけ」
「おいっ、ヒューズ! 勝手に決めるなっ」
「なんだ、ロイ。お前、せっかく俺が来てるってぇのに、休み取る気なんてねえよなあ。明日もさくさくお仕事しよーぜ。で、その為にも、ちーっとばかし休憩だ。ほれ、あの3ヶ月前に来たとき行ったコーヒーの旨い店、まだあるんだろう?」
「ヒューズっ!」
信じられないくらいの馬鹿力で腕を引っ掴まれて、そのまま引き摺られるように連行されていくのを、薄情な部下共は、止めようともしない。
「中尉っ、この馬鹿をとめろっ」
「大佐。明日は朝から出勤なさって下さい。休日の申請は取り消しておきます」
「中尉!」
無情に閉まった扉を唖然と見つめる。
「もう諦めろって。それともなんだ? 明日は何か大事な用事でもあんのか?」
「…デートの約束がある」
途端に爆笑してくれる親友の臑を蹴り上げると、さすがに呻いたヒューズの腕を振り解いて、掴まれていた腕を擦る。
「この馬鹿力め。痣になったらどうしてくれる」
「あー、悪ィ。そんなにキツく掴んじまったか?」
眉を顰めて覗き込んでくるヒューズに、小さく溜息をついて。
「もういい。それより、コーヒーを飲むんだろう。さっさと行くぞ」
せいぜい呆れて響くように口にしてみれば、嬉しそうに笑った奴に、髪を掻き回される。
「いや、ほんと、お前可愛いなあ」
「何の事だっ、おい、やめろっ」
「あんまり騒ぐなって。何事かって皆わらわら出てきてんぞ」
ヒューズの言葉通り、あちこちの扉が僅かに開けられて、いくつもの頭が覗くのに気付いて、舌打ちする。
「お前の所為だろが」
「お前が騒ぐからだろう?」
「煩い。行くならさっさとしろ。置いていくぞ」
いつまでもくつくつと笑い続ける男を無視して歩けば、追い付いて来たヒューズが、こっそりと耳打ちする。
「金髪の番犬、こっち見てんぞ」
「関係ない」
「アイツも悪い奴に惚れたもんだよな」
溜息をつきながら、そのクセ、わざとらしく肩に手をまわして。
「おい、ヒューズ」
「関係ないんだろう? それとも拗ねた番犬は、あとで手がかかるか?」
「お前程じゃない」
「はん。言うねえ。まあな、いつもお前を独占してんだ。たまにはやきもきさせんのもいいだろうよ」
好き勝手言いながらいつまでも笑う奴に呆れながら、さっさと歩く。

司令部の大きな門を出たときには、鮮やかな夕焼けが辺りを染め上げていた。




「で、コーヒーはどうしたんだ」
「ロイ。なんだ、お前、コーヒーが飲みたかったのか?」
「お前が言ったんだろうが!」
結局コーヒー屋に寄ることもなく、まっすぐヒューズの宿泊するホテルに来てみれば、そこはいつもの軍用施設ではなく、民間の経営する普通のホテルで。
「何故、こんな所に泊まっているんだ? 施設も空いていただろう?」
「そんなトコに、お前、連れ込めねーだろ」
「こんなホテルに軍人が二人で入ってくる方が目立つだろうが」
「違いねえ」
悪びれることなく頷く奴に、抗議をしようと振り向いた時。
「ヒュ…ーズッ」
突然、強く抱き締められて、息が詰まった。

「会いたかった」
「な…」
肩に顎を乗せて。頬を擦り寄せて。耳許で囁く声。
「ロイ。お前に、会いに来たんだ」
「ンなことっ…真面目なカオして…言うんじゃ…」
「真面目だからな。何度でも言うさ。俺は、お前に、会いに来たんだ、ロイ」
こいつは、何故こんなに嬉しそうな声で、こんなことを簡単に口にするのだろう。
「ロイ。お前は? お前は、俺に会いたいと思っていてくれたのか?」



「く…うッ」
「声、堪えんなよ。ちゃんと、聴かせろ」
「うるさ…ッ」
大きなベッドの上。
(実は、ベッドの大きさで、このホテルに決めた)
ニヤニヤと笑ったヒューズに、そのまま引き倒されて、互いの軍服を剥き合った。懐かしい匂いの大きな身体が覆い被さってくるのに任せて。
「気持ち、いいか?」
「んッ…つ…あッ」
熱く勃ちあがったモノに、舌を押し付けるようにして、舐めてくる奴に、返す言葉などある筈もない。
「ちょっと、抑えきかねーからな。悪いが、無理させちまうかもしれねえ」
「ンなもの、いつもの…ことだろうがっ。いい…からっ、早くっ」
「まだ、イかせねえ。まだ、足りねェだろ? ちゃんと思い出させてやっから」
「なに…をっ」
「俺ナシでいられねェこと、思い出させてやっから。お前に、俺に会いたかったと言わせてやるから」
返事ができなかった問いを、揶揄うように、でも目だけは真剣で。



親友。どんな時にも傍にいた。まだ、お互い何も知らずにいた学生の頃から。理想がいつしか野心に代わった頃も、戦いの時も、そしてあの焦土にあってさえ。こいつが傍にいた。そして今、遠く離れているというのに、こうして会えば、直ぐにあの時間に戻る。

私にとって、お前がどんなに大切な存在か、お前はきっと解っていない。それを何処か安堵する自分を笑って。





「ロイ。お前、大丈夫か?」
「何のことだ」
躯を離してベッドに転がれば、その大きな手で、くしゃりと髪を撫でてくる奴。
「ずっと休みなんざ取れてねーんだろ? 明日、悪かったな」
「何を今更、殊勝なコト言ってるんだ? 別に私がどうしても休みたかったわけじゃない。上の者が休まないと、下の奴等が休めないと人事から文句が出たんでな。半強制的に休まされる所だっただけだ」
「本当に大丈夫なんだろうな? 体調が悪いんじゃないんだな?」
「ヒューズ」
心配そうな顔で覗き込んでくる奴を、呆れてみつめながら。
「お前の方こそ、休んでいないんだろう? その上、こんな地方まで出張していたら、身体が保たないぞ。たまにはゆっくり休んで家族サービスでもしたらどうだ」
「俺はいつでも家族最優先だ。もっとも」
お前は特別だがな。
囁く声と同時に掠め取られた接吻けに、一瞬言葉を失った隙に、柔らかく微笑んだ男が、ベッドにばたんと仰向けになって天井を見つめる。
「休暇なぁ。暫くとってねえな」
「お前のことだ。娘の運動会だのなんだのと、いつでも休んでいるだろう」
「ああ。ま、それは別だ。それより、ロイ」
「なんだ?」
「今度、一緒に休みを取ろうな」
「なんだ、それは」
突然の台詞に、本気で戸惑う。
「たまには二人でゆっくりしようや。さすがに長い休暇は無理だろうがな。2〜3日でもいいだろ。一緒に休んで何処かに出掛けようや」
「一体なにを…」
「昔は、時々遊んだだろうが。まあ、お前は真面目だったからなぁ。なかなか付き合ってもらえなかったけどな。それでも、ほれ、士官学校時代のキャンプとか、結構面白かっただろ? ああいうのを今度二人でやろうな」
「ヒューズ」
「また、行こうや」
「ヒューズ。私にはそんな余裕は…」
「馬鹿言うなって。今しかねえんだろ。お前があんまりエラくなりすぎちまったら、さすがにこんなに簡単に誘うワケにいかなくなるだろうが」
さすがに大総統になったお前をサボりに連れ出すワケにはいかねえだろうからなあ。
そんなことを笑って言う奴に。
「なら、早くするんだな。お前が悠長にしてたら、私はどんどん出世してしまうぞ」
「そりゃマズいな。よし! わかった。もうすぐエリシアの誕生日なんだ。そのあとでいちどゆっくり出かけようや。ちゃんと予定組んどいてやるから、いつでも休みとれるようにして待ってろよ」
「私は、そこまで暇じゃないんだがね」
「明日の休暇も返上したんだろ? このまましっかり仕事してろ。そしたら、2〜3日の休暇くらい、いつでも申請通るだろ」
「人の休みまで、勝手に決めるな」
「なあ、ロイ」
甘やかすように、嗜めるように、囁く声と。そして、また、まっすぐに見つめてくる眼。



たまには二人きりで、あの頃のように。そんなことを思いながら目を閉じる。
会いたい。
そう、思わない筈がないから。



「ロイ。一緒に行こう」
「……わかった」






叶わぬ言葉になるとは、どちらも思いもしなかったその日。











fin.