呻き / くろいぬ
【ヒューズ・ロイ】【アニメ設定】





『手紙』



「リゼンブールって行ったことあるか?」
 
 ヒューズに問われ、息を飲んだ。
「いや、ない」
「そうか」
 イシュヴァールから戻ってすぐのことだった。
 ヒューズはどこまで知っていたのだろう?
 奴のことだ、グラン大佐率いる錬金術師の部隊の報告書の類は全て、目を通していたのだろう。
 戦死者名簿、処刑者名簿、戦時広報、情報操作のその裏側。
 極秘裏に運んだものごとも、箝口令を敷かれた筈でも必ずどこかからは情報が漏れる。
「おまえ、酒が増えたな」
「ヒューズ、おまえには言われたくないな」
 バーのカウンタでグラスを傾けながらの言葉に、思わず反論を返したが。
「増えたよ」
 重ねての言葉の声音は、優しくさえあった。
「飲んでも酔えないだろ? 飲んでも忘れられるようなことじゃないんだろ?」
 やめてくれ。
 判ってる。
「飲んだモン全部吐いたって、腹の中で溜まってるだろ」
 ああそうだ。
 反吐より汚いモノが渦巻いて、躯の中で腐って行く。
 それは汚毒を滲ませて、手足の先や脳まで巡る。
 躯が固まり、身動きできない。
 きっとこのままどこかが麻痺して萎縮して。
「前、見らんなくなるぜ?」

 かららん、と、グラスの中で氷が音を立てた。
「ヒューズ、俺は卑怯な臆病者だ。怯懦して自分から逃げ出そうと、一番楽な方法を採ろうとした」
「でもしなかった」
「人に止められたからだ」
 自分の罪が恐ろしくて逃げてしまいたかった。
「罪の重さも命の重さも、人が天秤にかけることなど許される筈もないのに」
「人間に許されてるのは、命汚く生き延びることだけだ」
 それは、許されてるのか、課せられてるのか。

「おまえの命の重たさを俺は、」

 ヒューズは言いかけ、やめた。
「いつまでも生き延びようや」
「地べた這いずってもな」
「そういうこったな」
 呻く声に、ヒューズは優しく笑った。

「なあ、リゼンブールってどんなとこだか知ってるか?」
 ヒューズは軍服の内ポケットから、一通の封書を取り出した。
「人捜しの依頼が回って来た。軍関係者ではないようだが、錬金術師の間ではちらほら知られてはいるらしい。リゼンブールのホーエンハイム・エルリック」
 知らないな。
 そう答える前に、封書を押し付けられる。
「エラく有能な錬金術師らしいな」
 子供の手による拙い文字の、差出人の住所が黒々と。
 まるで刻印のごとく、深々と。
 リゼンブール。
「行って来いよ」

 命を絶つことすら許されぬ、己が罪を見定めよ。
 生命を課せられたことの理由を見つめよ。
 精神を壊死させてはならぬ。
 生き延びよ。
 生き延びよ。

「おまえはいつも厳しい」
「愛してるからな」
 軽い口調でヒューズが言った。 


 運命の歯車を回す神は、いつでも残酷で優しい手をしている。





fin.