| 小さな欠片3 / 白猫 |
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【ハボロイ】『期待』の続き 『小さな欠片3』 カタ。 小さな音をたてて、テーブルに置かれたスプーン。 「もう一度おかわり、如何ですか?」 「いや。もういい。ありがとう」 さり気なく告げられた言葉に、心がふわりと温まる。この人は、こういう言葉は惜しまない。 「二人で結構食っちゃいましたね。明日の夜まで残ると思っていたんですけれど、これなら朝スープのかわりに食べたらなくなっちまいますよ」 空になった皿をキッチンに運びながら声をかけると。 「誰も泊まるとは言っていない」 即、返される不機嫌そうな声。 「ああ、そうでしたね。でも、ほら、ソイツも、もう寝ちまいましたし、起こしたら可哀想っすよ」 「え?」 一瞬驚いたような顔をしたロイが、黒猫を見てから呆れたように呟く。 「コイツはいつでも寝ているだろうが」 「でも、眠っているところを起こされるのはあんただって嬉しくないでしょう?」 「それとこれとは関係ないだろう」 「そうですかね」 いつもの軽口にしては、僅かに漂う緊張感に、多分ロイも気付いているだろう。一体いつどうやって切り出そう。食べてしまった金色の小さな欠片をまた思い出す。 テーブルの上を綺麗に片付け、真っ白な皿を2枚並べて。銀色のフォークを添えれば、ロイの瞳が期待に煌めくのが判る。 「此処迄護衛もなしにやってきたんスか?」 「当たり前だろう。こんなところに来る所を他人に見られてたまるか」 こんなところ。ちょっとだけ胸がイタい。 「…途中、公園に寄ってきた」 「は?」 惚けているところに、突然話題が変わって、慌ててロイを見れば。 「遊具。あれはお前が直したのか?」 「ああ、あれですか。そうっすよ」 ロイの言っているのが何のことか解って頷く。子供が落ちて怪我をしたという公園の遊具。鉄製の棒からぶら下がる鎖の網やブランコ。地中に半分埋まった大きなタイヤ。大きな丸太や木の切り株。子供が大喜びしそうなその場所は、確かにあちこちが痛んでいて、大掛かりな補修が必要だった。 「業者が捕まらなかったんスよ。簡単なことしか出来なかったスけどね」 潜って遊べる網は、破れた場所を繕って。どうにも具合の悪そうなブランコは外してしまい、代わりに太縄を結んで新しいブランコを取り付けて。割けたタイヤは掘り返して、整備工場から貰ってきた古タイヤを代わりに埋めた。 「危険はないんだな?」 「とりあえず無茶な使い方さえしなければ大丈夫だと思うんスけどね。注意書きの立て札も立てましたし、ベンチも補充しましたから、これからはもっと大人の目も向くようになるんじゃないスかね。これまではベンチが少なくて、子どもを遊ばせている母親がゆっくり座れるような場所がなかったようなんで。遊具は今度エドが来たら、錬成して貰えるように頼んでみます。きっと立派な公園にしてくれると思いますから」 業者に頼むより安上がりですしね。 そう言って笑うと、僅かに顰められる眉。 「そんなモノより、お前のブランコの方がいいんだろうにな」 「…はい?」 「なんでもない。怪我をした子供の見舞いにも行ったそうだな」 「よく御存知で」 あれは、仕事ではなく、個人的な見舞いとして行った為、報告書には記していないのに。 「エリシア嬢への贈り物を頼んだ店の主人が、お前が子ども用のおもちゃを買いに来たと言っていた。デカい図体の軍服の男が、一生懸命選んでた姿が余程可笑しかったらしいな」 「揶揄わんで下さいよ。大変だったんすから。公園で暴れまわって大怪我するほどの腕白坊主が大人しくベッドで遊んでいられるようなモンを探さなきゃいけなかったんすよ。あんたなら家の中での遊びにも詳しそうですけどね。俺にはそんなモン、見当もつきませんよ」 「パズルにしたそうだな」 「見ました?アレ。案外難しいんスよ。あの坊主、退院するまでに解けたら褒美をやるって言ったら真剣にとっかかってましたよ。次の休みにまた見舞いに行く約束してるんで、そろそろ何か用意しとかないとマズいっすね…」 最後の方は半ば独り言で。話をしながら準備をしたカッティングボードとナイフ、シチューに使った生クリームの残りをテーブルに運ぶ。 「随分と忙しかったようだな」 「大佐ほどじゃありませんよ」 「水浸しになった店の主人からも礼状が届いていたぞ」 「あれは部下を褒めてやって下さい。全身泥まみれで酷いことになりながら頑張ってくれたんで」 「お前が率先したんだろう?」 「へ? そりゃ勿論。俺がやらないのに命令はできないでしょう?」 「…本当におかしなヤツだな、お前は」 「そうくるんスか。酷え」 笑いながら、手にしたものを、ロイの目の前に翳す。 「それ…」 「チョコレートケーキです。思いきり甘くしちまったんですけど、好きでしょ?」 「お前が作ったのか?」 「そう言ったっしょ。まあ、田舎の母親が子どもたちのおやつに焼くようなヤツなんで、あんたがいつも食べてるような繊細な味は期待されたら困るんですけどね。でもこれでも結構イケルと思うんで、食べてみて下さい」 カッティングボードの上におろしたケーキにナイフを入れて、さくっと切り分ける。ロイの前にある皿に乗せて生クリームを添えれば、見栄えもそんなに悪くはない。 「どうぞ」 「…うむ」 低く唸ったあと、黙って見つめるだけの人に、少し不安になる。 「大佐? 気に入らなかったスか?」 「…何故、チョコレートケーキなんだ?」 「え? 好き、でしょう?」 「嫌いじゃない」 「じゃあ、何故」 「お前が嫌いなんじゃないのか?」 「はい? なん…で…」 言いかけた言葉が止まった。 俺がチョコを嫌いかもしれない、この人にそう思わせたもの。 金色の欠片。 あれが本当にこの人からの贈り物なら。 「あ…」 不意に気付く。 言葉が判らないことが問題なんじゃない。 何よりも問題なのは、自分がこの人に未だ何も言っていないことなんじゃないのか? 「ハボック?」 突然黙った自分に向けられる不審そうな表情。 そうだ。 どうしようもない間違いは、気付かず食べてしまったことではなくて、その後のこと。 「大佐っ」 「貰うぞ」 「あ、はい、どうぞ」 話さなければ。 そう思った途端、視線が逸らされて。言葉を失った自分の前で徐にケーキにフォークを突き刺すロイ。 「…旨いっすか?」 一口、口にいれたロイに、そっと訊ねれば。 「不味くはない」 素直じゃない言葉のワリに、柔らかな表情で。そのカオに、なんだか気持ちがすっと楽になる。 「さっきの質問なんですけど。なぜチョコケーキなのかって」 「ああ」 こちらを見ることなく、それでも返事が返される。 「ちょっとワケがあって、チョコが山程あったんスよ」 「ワケ?」 「買い込んだんです」 「は?」 漸く、こちらを見てくれた人の眉は酷く顰められて。 「何をだ?」 「チョコです」 そして、笑いかける。 「金色のチョコ」 その途端、ロイの体が少し緊張したのが判った。 「デスクの上に」 ゆっくりと話す。 「チョコが置いてあったんです」 ロイは何も言わない。 「真夜中に気付いて、そのまま食いました」 僅かに上がる眉。 「家に帰って、眠ろうとしたときに、気付いたんです。あれはもしかしたら、あんたからの贈り物だったかもしれないって」 返事がないことに、自分の推測の正しさを知る。 「チョコに言葉が書いてあったことに気付いて真っ青になりましたよ。あんたからの言葉は、何一つ逃さないつもりでいたのに、いちばん肝心な言葉を自分のミスで逃しちまって。それで、後から、チョコを買い占めたんです。あんたが、どんな言葉を選んだんだろうって、ひとつずつ全部剥いて探しました」 「…それで?」 「判んなかったっす。あんたが呉れた言葉。しあわせな言葉なのか、痛い言葉なのか、誘ってくれてたのか、それともって、ひとつ剥くたんびに心臓ばくばく鳴ってたんスけど、結局は判らなかったっす」 ほっとしたのか残念がっているのか判らない小さな溜息がロイの唇から漏れる。 「あんたが帰ってきたらどんな顔をして会えばいいんだろうってずっと考えてました。でも、いざ帰ってきたら、あんたは忙し過ぎて顔合わす暇さえなくて」 「それはお前も同じだったろう」 「あんたに会いたくて、でも会えなくて、ほんとにあんたがくれたかどうかも判らなくて、でもあんたからだと思いたくて、けど、確かめられなくて」 「…バカか、お前は」 「馬鹿です。勝手に引け目を感じて、自分のことしか考えてなかった。あんたのことばかり考えてるつもりで、実際にはあんたのこと、全然考えられてなかった」 「今日、あんたにきちんと伝えようと思ってたんです。あんたからの言葉は判らなかったけど、俺からあんたへの言葉はわかるから」 チョコレートケーキをひとかけフォークに刺して。 「ひとつずつ剥いたチョコから痛い言葉のヤツは全部抜いてから、残りを全部これに放り込みました。『好き』『キスして』『いますぐ欲しい』『痕をつけて』『舐めて』『抱きたい』『繋がりたい』『イれてもいい?』、それに…」 「もうい…」 耳朶を真っ赤に染めた人をまっすぐにみつめて、小さなケーキの欠片を差し出して。 「『愛してる』」 「本当の馬鹿だ」 「自覚してますって」 「折角やったのに、気付かなかったんだろう」 「でも、気付きましたよ」 「遅い」 「すみません」 口許に差し出されたケーキをみつめたまま、ロイが口を開く。 「エリシア嬢へ贈り物を届けたと言ったろう」 「…はい?」 「中央に行ったとき、エリシア嬢からお菓子を貰ったあとヒューズに言われたんだ」 「はい」 「あの風習には続きがあって、贈り物を貰った者が、その愛に応える気がある場合、一ヶ月後に贈り物を返すことになってるから忘れるんじゃないぞと」 「え?」 一ヶ月前に貰った愛の言葉と甘い菓子。それに自分が返すもの。 「…受け取っておく」 そして、その唇が、ぱくりと小さな欠片を口にして。 泣きたくなるくらい、どうしようもなく愛しい人に。 心臓が震えた。 『愛の言葉に甘いお菓子を添えて』 その返事は、たくさんの愛の言葉を詰められるだけ詰め込んだ甘い甘いチョコレートケーキ。 fin. |