小さな欠片1 / 白猫
【ハボロイ】『期待』の続き 『頑張れハボ編』





『小さな欠片1』





はあ。

ここ数週間で自分のトレードマークになったに違い無い溜息をついて、胸のポケットから煙草を取り出すと、パッケージの底を机にとんとんとぶつけて一本の煙草が浮き上がってくるのを見つめる。
(これ以上やると落ちんな)
ぼーっと考えながら、そのまま叩き続けて。思った通り、ころんと机に転がった煙草をじっと眺めるうちに、再度漏れる溜息ひとつ。

「はあ…」
「ハボック少尉」
「…はい?」
不意にかけられた声に、顔をあげると、酷く疲れたような表情のホークアイ。
「いい加減にして貰えないかしら」
「なにをですか?」
「その溜息に決まっているでしょう? 貴方ここのところ一日に一体何回位溜息をついているか判っている?」
「あ、えーと、あー」
何回か数えたことはないけれど、それが目の前の綺麗な顔がひどく顰められる程には、周りに不快感を与えていただろうことに思い当たって。
「すみません」
他に言葉もなく、頭を下げれば、今度は僅かに心配そうな顔に覗かれる。
「少尉。何かあったの?」
「いえ。そういうワケでもないんすけど。なんとなく」
「…取り敢えず。業務に支障が出る様では困るのよ。何かあったのなら、出来るだけ速やかに解決するようにお願いするわね」
「了解しました」
ホークアイの視線が一瞬ロイの執務室に向いた様に思えたのは気のせいだと思うことにして。そして、また溜息をつきかけて、慌てて唾を呑み込むと、目の前のホークアイが呆れたような顔で大きく首を振った。




溜息。
実際、今の自分には、それしか出なくても当然なんじゃないかと思う。
先日のロイの中央への出張。御褒美を期待して、真夜中まで残業した自分の前に現れた小さな金色の包み紙。机の上に乗っていたそれを、フュリーからの差し入れと勘違いして、何も考えずに口にした自分が浅はかだったのだと言われれば、返す言葉はない。だが。
(まさか大佐がそんなコトしてくれるなんて思うワケないだろっ)
あれが、もしかしたら、ロイからの贈り物だったかもしれないと気付いたときのあの衝撃は、未だに去ってはいない。そして、驚き半分嬉しさ半分だった自分を打ちのめしたのは。あのチョコには、恋愛に関するメッセージが刻んであったという事実。
(一体なんて書いてあったんだ?)
『愛してる』だとか『好き』だとか。そんなことは有り得ないと思う。ロイがそんなことを言うような人ではないことくらい自分がいちばん良く知っている。それでも。
(もしかしたら)
ほんの1%でも、その可能性がないとは言い切れないじゃないか。
もちろんもっとあり得るのは『嫌い』だとか『サヨナラ』だとかなんだろうけれど。
(うわあああ)
万が一にも、本当にそんな言葉だったとしたら。
(絶対泣くぞ)
そして他にも、直接いろんな行為を示す言葉もあったのだと、あの後、自分で買い込んできたチョコを片っ端から開けてみて知った。キスや抱擁を甘く強請る可愛い言葉から、露骨な誘い文句やセックスに対する要求まで。
そんな中から、ロイが選んだ言葉が一体なんだったのか、そんなことが。
(俺に判るワケないじゃないか)
本気で泣きたい思いで肩を落とす。


神様の悪戯か、あれから、ロイと勤務シフトが重なることは一切なかった。
中央から戻ったロイは、休む間もなく少将の呼び出しに応じて出張し、戻ってきたときには、山と積まれた書類と格闘する羽目になっていた。留守の間延期になっていた会議や途切れることのない来客、その上市内視察にデートに至る迄。普段サボることばかり考えているようなあの人が、一体どこにそれだけのパワーを隠し持っていたのかと思うくらいに精力的に動き回っていた。
対して自分はといえば。水道管の破裂に寄って、水浸しになった商店の苦情処理と後片付けに狩り出され、公園に設置されていた遊具から落ちて怪我をした子供の親の怒鳴り込みにひたすら頭を下げて。漸く解放されたかと思えば、半日程で済む近隣への外出や出張、夜間の市内巡回等、とにかく自分の机に向かうような時間は殆ど取る事が出来ずにいた。
二人きりで会うことはおろか、司令部内で擦れ違うことすら殆どない毎日に、いい加減精神的限界が近付いてきている。本来なら、そろそろ真夜中に何処かで待ち伏せしてでも、なんとかあの人を捕まえようとするところなのだが。
如何せん。
(判らなかったら、出来ねーだろがっ)
言葉が。ロイのくれた言葉が判らないのに、一体どんな顔をしてロイに会えばいいと言うのか。
(…ほんとバカだよなあ)
小さな甘い欠片ひとつにさんざん振り回されている自分に、頭を抱える。

そもそも、あれが本当にロイからの贈り物なのかさえ判っていないのに。何度も覚えた疑問が又過る。
(そうなんですか?)
せめてそれだけでも知りたい。そして、本当なのだとしたら、知らずに食べてしまったことを謝りたい。無神経で考えナシな自分に、愛想をつかされるかもしれないけれど。それでも。
(限界だよな)
これ以上、会えずにいることなんてできるはずないから。どんなに怒られても馬鹿にされてもいい。もうこれ以上、我慢することはできない。当たって砕けても…よくはないが。



ガタンっ。
大きく音をたてて椅子から立ち上がると、不思議そうな顔で見上げて来るホークアイと目が合う。
「少尉?」
「すんません。今日はこれであがってもいいですか?」
「ええ。貴方の勤務時間は2時間前に終わっているから、構わないけれど」
「じゃ、失礼させて頂きます」
銜えていた煙草を灰皿に押し付けてざっと机の上を整理する。
「少尉」
たった一言にすべての感情をこめるホークアイに、いつもながら感歎しながら。
「溜息の元、なんとかしてきます。…もしかしたら玉砕すっかもしれないスけど」
「健闘を祈るわ。ずっと機嫌が悪くてかなわなかったのよ」
(誰が?)
訊くのはやめて黙礼する。この人はやっぱり全てお見通しなのかもしれない。今更なことを考えながら、ゆっくりと部屋を出た。



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