手料理 / くろいぬ
【ハボロイ】【『花束/白猫』から続いてたり】





『手料理』


 風に頬をなぶられながら、天から視線を地に下ろす。
 そこに日差しを吸った温かな石畳と、青空を映し出す水たまり。
 ロイの立ち寄った花屋の主人が、バケツの水を路上に流した直後だった。
 水たまりに映った太陽の眩しさに、ハボックは目を細めた。
「兄さんも如何かね?」
「うーん」
 目の合った花屋の主人から尋ねられたが、ハボックは顎に手を当て考え込んだ。
「どうも俺の柄じゃなさそうなんで、また今度よろしくな」
「はい、毎度」
 自室に花を飾る趣味はなく、ただ一瞬、たった今別れたばかりの相手の顔が思い浮かんだが、その人をイメージする花というものも難しく。
 ……贈った所で一笑に付されるのが目に見えている。
「大体あの人は現金だからな。見てくれより実を取るタイプ、身の蓋もなく花より団子。折角リクエスト貰ってんだから、悩むこたぁねえ。餌付けに励むか」
 ハボックは大股で歩き出した。
 花は、いつか。
 あの横柄でいい加減で外面だけはよい我が儘な人に、ぴたり似合いの花を見つけた時には両腕一杯に抱えてでも。
 野郎に花を贈られて、嫌がる顔を思い浮かべるのだけでも楽しい。
 でも今は。
「アノ口を黙らせるには、旨いもん作るのが早道なんだろーな」
 自分の足取りが普段より軽いことに笑いつつ、ハボックはテントの並ぶ市場へと向かった。

 大荷物を抱えたハボックは、自分のアパートメントへ戻った途端に大急ぎで働き始めた。
 大粒の大蒜をナイフの柄で叩き潰してシチューポットに放り込み、香りが立つまで炒めてからずしりと重たい玉葱、人参、セロリを香草と一緒に追加する。
 フォークに突き刺し炙って皮を剥いたトマトを丸ごと幾つも、茄子とズッキーニを加えてから、ワインを取り出した。
「本日大サービス」
 ワインをたっぷりシチューポットに注いで即座に蓋をしてから、グラスになみなみと一杯。
「美味しくなれよ」
 ポットに向かってグラスを掲げ、今度は自分の喉に流し込む。
 次に、鱈、海老、からす貝、荷車一杯の氷に埋もれて売られていた魚介類を手当たり次第に買った、その海の幸を下ごしらえした。
 とは言っても、魚を大きな包丁で勢い良くぶつ切りにして塩胡椒を擦り込み、別のパンに放り込むだけ。
「本日二度目の大サービス」
 またたっぷりとワインを注ぎ込み、自分用にもグラスに。

 魚介をワイン蒸しにする間、ハボックは市場の光景を思い返していた。
 セントラルは流石物資が集まり食材も豊富だが、地方から運送する分物価が高い。
 良質の花を扱う花屋は判らないが、新鮮な食材に賑わう市場の穴場探しなら、自分の方に一日の長がありそうだ。
「それと、飯と酒が旨くて居心地のよい、あの人が思わず部下に奢りたくなる店とか」
 明るい日差しの差し込む部屋で、グラスと煙草を交互に口に運びながらハボックは、それにしても、とひとりごちた。
「何だって肝心な時に調子が悪くなるんだ」
 ずしりと重たい荷物を抱え市場から部屋と戻る道々、ハボックは愛車の不具合を嘆いた。
 ベルトを替え、プラグを替え、ランプを替え、タイヤは騙し騙し使っているが駄目になる前に交換せねば危険だろう。
「可愛がってるんだがなあ」
 調子のよい時ならば、エンジン音も軽快にどこまでも自分を運んで行くのだ、と。
 ハボックが幾ら躍起になって主張しても、今のままでは車の払い下げに尽力してくれた人は、屑鉄の為に力を使ってしまったと軽く笑うだけなのだ。
「……女性には花束を。口の減らない大佐には旨いもんを。もしくはキスを」
 自分を奮い立たせるように口に出し、ハボックはグラスを空けた。
 後は魚介を放り込むだけになった、煮込まれたトマトシチューの香りの満ちた部屋に夕陽の色を帯びた光が射し、淡く漂う紫煙の層に乱反射した。
 ハボックが立ち上がると乱反射の雲が躯にまといつくように乱れ、散って行く。
「愛車ちゃんにはまっさらなオイルを。……これ以上貶められないように、しっかり動くようになってくれよ」
 もうじき訪れるだろう人を思いながら、ハボックはアパートメントのすぐ側のガレージへ向かおうとした。
 通りに面したガレージから、快調なエンジン音を響かせ、その人の耳に聞かせる為に。
 屑鉄の廃車なんかじゃないんだと、あれに載ってそのうちどこかへドライブにと、誘いの言葉をかける為に。
 食欲をそそる香りのシチューを目の前にお預けして切り出してみたら、もしかしたら。
「後部座席に花を満載した車で迎えに行ったら、どういう顔すっかな?」
 本人に知られたら、怒り出されるか笑い出されるか。
 そんなことを考えながら、ハボックは部屋を後にした。





fin.