| 焦土 / くろいぬ-3 |
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【ヒューロイ】 『ツァラトゥストラはかく語りき』 夕べまで街として機能していた瓦礫の荒野をヒューズは見回し、佇む人影を発見した。 「まだ燻ってやがる」 高熱に焼かれた地面から立ち上る、きな臭い空気に辟易として天を仰ぐ。 「おーい、ローイ。撤収だ。お疲れさん、俺等の部隊は無傷、戦果は上々、移動して鉄血の錬金術師グラン大佐率いる連隊に合流する。 ─── 錬金術師を多く抱えた、鉄血部隊だ。イヤな語り継がれ方されそーな気がしねえ?」 ヒューズのひょうげた口調を聞き、街を劫火に葬り去った焔の錬金術師は黙って振り向いた。 いつものことではあるが、広範囲の目標を焼き尽くすという、錬金術師の特殊能力に頼る作戦の直後のロイは疲労で面立ちが変わって見える。 目の下の隈取りや、煤けた所為で余計に削げたように見える頬に触れようと、ヒューズはロイに近付いた。 「来るな」 「な……?」 ヒューズの軍靴の下で、倒屋の壁土が脆く崩れ。 地面から小さな焔が吹き出した。 「!」 「気を付けろ。まだそこいら中に埋み火が。発火してないだけで高熱を保っているから、少し風が強くなったらここら一面はまた炎に舐め尽くされるぞ」 「……この馬鹿、だったらさっさと逃げろよ!」 ヒューズは声を荒げてロイの腕を掴み、荒れ野近くに停めてあったジープに向かい、大股で歩き出す。 ロイはそれに引きずられるように歩き、やがてくすくすと笑い始めた。 「どうした?」 「何でもない。いや、生きてるんだなあって」 「そーかい、そりゃよかったな。俺ゃまた、おまえがオカシクなったかと肝を冷やしたよ!」 「……怒っているのか?」 「ねえよ!」 街からどれほど離れた頃だったろうか。 ヒューズはジープを停めてハンドルに突っ伏した。 「ロイ」 「何だ?」 「楽しいか、ソレ?」 ロイが問い返すようにヒューズの顔を覗き込もうとした。 「ソ・レ・だ・!」 「キレイだろう?」 ハンドルに縋り付くようにして面を上げたヒューズが指さしたモノを眺め、ロイは薄く微笑んだ。 煤と埃にまみれジープのナヴィ席に落ち着き、胸の前に大事に何かを抱えるように。 胸の前に捧げ持つように。 丸く指を曲げた掌の間に浮かべた小さな焔。 ロイとヒューズの見つめる前で、小さな炎は明るく燃え上がった。 「炎は美しい。ただの酸化反応だというのに、こんなにも明るく、魂を吸い込むように美しく揺らぐ。建物やヒトを焼く為のものではないのだ」 うっとりとした囁き声にヒューズは眉を顰めた。 「浄化の炎とでも思え」 「罪業を私の焔で焼き払うのだと? そこまでは思い上がれないな」 「何故? 慰めは誰にでも必要だろう」 焔で焼かれた人達にも、全てを焔で薙ぎ払った男の為にも。 ヒューズが音にしなかった言葉までロイは聞き取り、掌の間の焔から顔を上げて申し訳ないとでも言うような表情を浮かべた。 「すまない、大丈夫だ。ただ」 「ロイ」 「ただこの炎の美しさを感じていたかっただけだ。焔で何もかもを燃やし尽くしたのは私なのに。燃え上がり消えて行くものが余りにもあっけなさ過ぎて、自分が冒涜していることを忘れてしまいそうだ」 掌の中の炎に瞳を戻す。 「炎は清浄なのだ。その清浄な炎を操る冒涜を忘れてはならない」 「おまえだけの罪じゃない」 「ああ、そうだ」 炎は徐々に小さくなり、ロイの瞳が惜しむように細められた。 「だが、軍に使われ『錬金術師よ、大衆の為にあれ』の原則を踏み躙っている自分を忘れてはならないんだ。冒涜を自覚することだけが、今の私に出来ることだ」 炎が揺らぎ、消えようとした。 「ちょっと待った!」 「何を……」 肩を強く掴まれてロイは瞠目した。 「火だよ、火! コラ、消すなって」 ヒューズの唇に、胸ポケットで揉まれ皺だらけの紙巻き煙草が挟まれていた。 小さな炎に先端を近付け、吸い込んで火を移す。 煙草の燃える赤い灯が明るむ。 「ふ ─── ……」 ジープの座席に寄りかかったヒューズが、煙を深く吸い込みゆっくり吐き出した。 「時と場合を構わず煙いは臭いは灰まき散らすは。煙草呑みは困ったもんだよなあ」 もう一度深く吸い込み、まだ長い煙草を、火が点いたままジープの外に棄てた。 紫煙の香りが遅れてロイに届いた。 「清浄の火への、俺の冒涜。一年三百六十五日、欠かさず冒涜続けてマス」 「……昔から思ってたが、おまえは馬鹿だ」 「馬鹿さではどっこいどっこいだろ。だが俺はおまえよりバランス感覚に優れている」 「その辺を助力すると言ったんじゃあなかったのか、ヒューズ」 「まあ、危なっかしいトコ補助してやるのに、吝かではないけどなァ」 暫くの睨み合いが続き、やがてジープは再び走り始めた。 ふたりの乗員はくだらない罵り合いが始まる前に口を噤み、互いにそっぽを向いている。 運転席のヒューズが新しい煙草を咥え、前を向いたまま言った。 「おい、ロイ。火ィ!」 「!」 焔の錬金術師の指先が鳴り火花が飛んだ。 ヒューズの銜えた煙草が、弾ける音と共に半分の長さになる。 「上等だなオイ……」 頬を引き攣らせつつ、ヒューズが笑った。 「覚えてやがれ」 荒野にジープを走らせながら、横目に捉えた錬金術師が胸をそらして堂々とシートに座っていることに、満足を感じた。 「しかし、私は私の愛と希望にかけて君に切願する。 君の魂の中の英雄を投げ捨てるな。君の最高の希望を神聖視せよ」 ─── ニーチェ ─── fin. |