焦土-2 / くろいぬ
【アームストロング】【カプ要素ナシ】




『焦土残話』


「将軍は、では焔の錬金術師殿をお見捨てになると?」
「アームストロング中尉、別に彼の命を軽く見積もるという訳ではないのだ。実際、街を炎上させたあの焔の勢い、作戦終了時刻を遙かに過ぎても彼が帰還しないと言うことが、事実を現しているかと思わないかね?」

 イシュヴァール前戦地の司令部テントでは、作戦終了に伴う前戦の移動が検討されていた。
 作戦終了の立て役者、焔の錬金術師が戻らぬ内の移動がほぼ決定され、ロイ・マスタングを煙たがる上官達は、彼の功を独占する好機に、喜んで墓碑に二階級特進の地位を刻み込む準備をしていた。
 ロイ救出の為の部隊を出させろと主張するヒューズに口添えをしたのが、居合わせた豪腕の錬金術師アレックス・アームストロング中尉だった。
 アームストロング家は優れた武人を輩出してきた名家として知られていた。
 同時に錬金術師の家系として知られ、アームストロング家に過去何人もの名将と呼ばれる錬金術師がいたことが、国家錬金術師という資格制定のきっかけになったとも言われていた。
 アームストロング家はまた、気性の面でも有名だった。
 不正を嫌い豪直を好む。
 『真っ正直過ぎる』と、皮肉な野心家であるマスタングとは別の意味合いで、煙たがられることも多々あるという。

 豪腕の錬金術師のまっすぐな目線で見下ろされた将軍は、やっかいな相手の登場に内心で舌打ちを打ち、ヒューズの忍耐の糸が、そこで切れた。
「畏れ多くも将軍閣下、憚りながら俺達は、予想屋のご託で勝手に運命決められる馬じゃあないんですがね」
「……貴様! 無礼も程が過ぎるぞ!」
 同席していた佐官達の怒号で司令部テントは一時騒然とした。

 三十分後。
 テントの外で待たされていたヒューズの目の前を、幾人かの佐官が通り過ぎて行った。
 苦々しげに睨み付ける目線を、ヒューズは澄ました敬礼でやり過ごす。
「ヒューズ大尉」
「おまえさんは豪腕の……」
「豪腕の錬金術師、ルイ・アレックス・アームストロング、中尉です」
 最後にテントから現れたアームストロングがヒューズに敬礼した。
「将軍はヒューズ大尉に、焔の錬金術師マスタング少佐の救出を命じられました。正確には、少佐の生死の確認並び、生存の場合の救出ですが。小官もお供したかったのですが、残念ながら午後にはこのキャンプを移動することに。少数の部隊がここに残り、救出した少佐と合流の後、新キャンプに移動するようにとのことです」
「救出の許可が出たか!」
 即座に踵を返しかけたヒューズが、慌ててアームストロングの前に戻って来た。
「中尉、おまえさんの援護のお陰でロイは助かることになったんだな?」
「将軍も、錬金術師の目の前で、同じ錬金術師の使い捨て扱いはし辛かったかと」
 ヒューズはアームストロングの巨体を見上げた。
 縦にも横にも幅を取る巨漢の瞳は、意外なほど穏やかに澄んでいる。
「礼を言うぜ、アームストロング中尉」
「いえ。小官もお供出来ぬことが心残りです。……替わりと言ってはなんですが、土産を残して行きますので」
「土産?」
 アームストロングに請われ、ヒューズは仮設の武器燃料倉庫へと案内した。アームストロングは備品担当と何事かを掛け合い、廃物のドラム缶をひょいと肩に掲げる。
 あっと言う間に3つのドラム缶が砂漠に並び、アームストロングはその前にしゃがみ込むと砂地の地面に指で円を描き始めた。
「あ、錬成陣」
 ロイの手袋に描かれた見慣れた図とは形が違うが、円と何本かの直線を組み合わせた図に、既視感を感じたヒューズが呟く。
「一体何を……?」
 ヒューズが尋ねようとした瞬間に閃光が走り、ドラム缶の上部の蓋が消え、下部には砂岩の台座が現れた。
「内部に残っていた燃料は台座に貯めてあります。地下水をドラム缶の中に移動させたので、後は……」
「オッケー! 薪くらい、他の奴らが喜んで集めるだろうよ! おい、おまえら! 喜べ風呂だ、移動前にサッパリしたい奴らは薪くべろ!」
 ヒューズは周囲にたむろしていた兵達に声をかけ、アームストロングの背中を力一杯掌で叩いた。
 微塵も揺るがぬ巨漢が、その時初めてにやりと笑った。
「焔の錬金術師殿がお待ちかねでしょう。行って下さい」
「ああ、必ず連れ帰る。この礼はいつか」
 ヒューズはアームストロングの返事を待たずに駆け出した。

「礼などと。それには及びません」
 あっと言う間に小さくなった後ろ姿を見送り、アームストロングは呟いた。
 代々続く軍人の家系に育ち、戦争屋の血が自分の躯の中に流れていることを、アームストロングは承知していた。
 名家と呼ばれようが、人殺しを生業とし続ける家系なのだ。
 国の為と言いつつ、命が下れば誰でも殺す。
 この気違いじみた家業を正気で受け継ぐ為に、アームストロングは誓いを立てた。
 戦友を見殺しにはすまい。
 どうしようもない欺瞞だと判りつつも、自らの心の安寧の為にそう誓った。
 兵士ひとりの命を救い、それが新たにひゃくの命を奪うことに繋がるとしても。
「それでも。生死も知れぬ焔の錬金術師は自分であり、その生存を信じる男も自分である。救われるのは誰でもない、自分である」
 命が瞬時に燃え尽きる戦場で、正常な生命への感覚を失わない為に。

 イシュヴァールの民を虐殺した男を、何が何でも救い出そうとするヒューズという男のエゴに、アームストロングは人間らしさを見たと思った。
 どれ程の命を尽きさせようが、自分の友だけは死なせない。
 そのいびつなエゴに縋りたかった。
 塵芥のように自分が消し去る『生命』というものが、どれ程の重みをもっているのか。
 自らの生命の重さすら、もう自分では計れもしないのだから。
「救われるのは焔の錬金術師だけではない。礼には及ばないのです」
 砂塵が風に巻き上げられ頬に当たり、踏みしめた足下が崩れる。
 ヒューズの去って行った方向に、アームストロングは敬礼をした。
 軽く儚くありふれた砂粒ひとつような小さな命が、無事探し出されることを祈りつつ。



fin.