隣にいる / 白猫
【ハボロイ】(『隣にいる』)




『sukidesu』




好きです、と。
囁かれるたびに、心が優しく震えて。
こんな気持ちになることを、お前は知らない、知らせるつもりもない。
それでも。

好きです。

その言葉を、いつも待っている。





(好きです)
いつものように言葉を残して、それからしあわせそうな顔で眠りに落ちた金色の髪の青年を見つめた。
抱き合って、熱を与えあって、貪りあう。すべて終われば、優しく身体を擦りながら、甘い言葉を飽きる事なく囁いて。いつだって、疲れ切って先に眠るのはこちらの方で、こいつはそれまでずっと髪や背中を撫でているというのに。珍しくも先に眠ったハボックの嬉しそうな、けれど少しだけ疲れたような寝顔。
「だから無理をするなと言っただろうが」
連日のハードワークのなか。何かと肉体労働に狩り出されるこいつの隊が、ここのところ、殆ど休む暇もなく働いていたのを知っていた。
(誰が命令してんですか)
呆れたように笑う笑顔まで、即座に頭に浮かんでしまう自分に小さな溜息をつく。
「休むなとは言ってないだろう」
ぐっすり眠って、目を覚ます様子のない部下の頬を突いて小さく囁く。仕事を部下に任せて休むような奴ではないことくらい知っている。面倒な仕事は、部下に押し付けるよりも、自分でやった方が早いと笑って、くわえ煙草でどんな仕事もこなす奴。わかっているからこそ、用事があると呼び出して、そのまま寝かせてやろうとしたというのに。
(大佐)
部屋に入るなり抱き締められて、その腕の力と、軍服に染み込んだ煙草の香りに、目眩をおこしそうになったのは自分。
「この馬鹿犬めが。疲れ切ってるクセに盛るな」
すぐに重ねられた唇は、そのまま深い接吻けとなって、息が止まるほどに吸い上げられた。まるで毟り取るかのように、剥がれた軍服が床に落ちたときには、二人、どうしようもない程に高められていたから。
(あんたを抱きたかった)
掠れた声で囁かれたときの、あの何にも例えようのない程の快感。
「っ…」
思い出しただけで、びくん、と躯が震えて、慌てて息を殺す。一瞬、身じろいだハボックが、また柔らかな寝息をたてるのに安堵して。
(一体何を考えているんだ)
思わず自分を叱咤したくなったのは、自分の中心で熱を持ちつつあるものに気付いたからだった。あれだけ求めて、あれだけ貪ったというのに、何を今更、まだ欲しいのかと自嘲しながらも、ゆっくりと躯が熱くなっていくのを止めることができずに。

そっと、自分の熱に触れる。勃ち上がりかけているものは、さっき迄さんざん吐き出した筈の欲望をまた溜めていて。
小さな溜息をついてから、指を絡める。
こいつはいつも、どうやってこれを触るだろう。
もっと太い無骨な指で、如何にも大切そうに、優しく扱きあげていくこいつの手を想像しながら、ゆっくりと上下して。
「ん…っ」
思わず漏れた声に、そっと隣を伺うと、伏せられた目蓋に何かが物足りなくて眉を顰めた。
ああ、蒼色が見えないんだ。
いつでも自分を見据える透き通った空の色が。
「…っ」
思い出した途端に、また躯が震えた。手の動きが早まる。

何故、こんなことをしているのだろう。隣に、こいつを寝かせたまま。自分で処理する必要など、何処にもないのに。

「ハボ…」
声を掛けかけて、言葉を呑み込む。
起こしたくない。
けれど。

いつものように、指で触れて、舌先で触れて。何も考えられないほどに昂らせて、そのまま奔流に呑み込ませて欲しいと。

ふと、隣の気配が微妙に揺れたことに気付いた。


「ハボック。起きているんだろう」
「…なんスか」
目蓋を閉じたまま、返される低い呟き。
「ひとりで最後までやらせるつもりか」
「あんたが勝手に始めたんでしょう。邪魔したら悪いんじゃないですか?」
拗ねたような声。
「お前、何を…」
「俺を隣に寝かせておいて、一体あんたは誰を想ってそんなことしてるんスかね」

ああ、そうか、と心のなかで笑う。
こいつの、どうしようもない勘違い。

「お前だ」
「誰がそんなこと信じるもんですか」

それはそうだ。さっきまで、さんざんヤった相手の隣でこんなことをするヤツの気がしれない。自分でも信じられないのだから、こいつが信じないのは無理もない。そうは思っても、素直に認める気もなく。

「では、誰だと思う」
「……」
「お前以外の男、か?」
「っ…、あんたはっ!」

やっと目蓋が開いて、蒼色が目の前に広がった。それが嬉しくて、知らず微笑んでしまった自分に気付いて肩を竦めた。もう少し、虐めてみるのも面白かったが仕方がない。

「お前だと言っただろう」
「大佐」
どうしていいのか判らない、とでもいうように、小さく眉を顰めたハボックの頬に、濡れた指で触れる。
「ハボック」
青臭いニオイを擦り付けて。マーキング、という言葉が浮かんで、ひどく可笑しくなる。いつもなら、そんなことをしたがるのはこいつの方なのに。
「お前のことを考えていた。お前の手が、どんな風にこれを触ったのか」
瞠かれる瞳。
「お前の舌の感触や熱も」
息を呑むハボックに、今度はこちらが拗ねた声を。
「お前が先に寝てしまうから」
「あ…」
不意に揺らぐ瞳。小さな動揺に、また笑う。
「置いていかれて暇だったんだ」
「…すみません」
「謝ってしまうのか? 怒っていたんだろう」
「いえ、はい、でも。先に寝てしまったのは、本当ですし」
「お前のことを想っていたのも本当なんだがな」
「大佐」
「私はどうやら自分で思っていた以上にお前のことが」
気に入ってるようだ、と言いかけて、ふと口を噤んだ。
「大佐?」
まだ、少し拗ねているのだろうか。それとも疲れの所為だろうか。いつもの笑顔ではない、真面目な表情。

「あの。大佐?」
お前のことが。
「大佐。続きを」
疲れた顔を、少し心配そうに歪めて。
笑えばいいのに、と思う。
綺麗な蒼をもっと透き通るように輝かせて。笑えばいいのに。だから。


「好きらしい」


そっと零した言葉に、目の前の顔がぽかんと固まった。



「た、たたたたたた、た、大佐っ?」
人間の顔は、ここまで赤くなるものなのかというくらい真っ赤に染まった顔を思わず感心して見つめるなか、どうやら極度のパニック状態に陥ったらしいハボックが飛び起きる。
「た、た、大佐っ、今なんてっ」
「何のことだ?」
「今の言葉っ、もういちど聞かせてくださいっ」
「ああ。お前のことが」
ごくり、と唾を呑み込む音が聴こえる。
「気に入っているようだ、と」
「ちがうーっ」
ぶるんっと首を振る姿が、如何にも大型犬のようで、つい噴き出して。
「大佐! いや、だから、ここは笑うとこじゃないっすよ! ね、お願いっすから、もういちど」
「さあ。何だったかな」
「たいさー」
どうしようもなく情けない顔を晒すハボックに、笑いが止められなくなって。
こいつの笑顔が見たかったのに、これではまるきり逆じゃないかと自分に突っ込みながらも、もうどうしようもなくなって笑い続ける。
「大佐、それはないっすよ。ねえ、もういちどだけでいいから、大佐!」

これ以上ないくらい真剣な顔で、覗き込んでくる奴と、止まらない笑いと。
そのうち、溜息をついた奴が、諦めて抱き締めてくるまでそのままで。

「ね。気が向いたとき、いつでもいいですから。また聞かせてくださいね」
「そうだな。お前がまたバカ面晒して眠ってるときにでも、きかせてやろう」
「……大佐」



その言葉を待っているのは、私もなのだよ。
内緒の言葉のかわりにキスをする。




好きです。


どうかもういちど、囁いて。




fin.