Shall we dance ? / 白猫
【ハボロイ】




『Shall we dance ?』


「たまにはあんたのコト、泣かせてみたいなあとか思うわけスよ」
行為の後、気怠さを纏った重い身体をベッドに横たえたまま、ゆっくりと躯の熱が冷えていくのを待っていたときに、不意に掛けられた言葉。普段から、結構口数の多いこの男は、行為の最中は寡黙なクセに、コトが終わるとまた饒舌になる。かといって、煩いと文句を言いたくなるようなものでもなく、いつもなら、子守唄代わりに、黙って聞き逃してしまうだけなのだが。
「なんだ、ソレは」
さすがに黙って聞き逃す類いのものでもなく、思わず口を挿む。
「言葉通りっすよ」
裸のまま椅子に腰をかけたハボックが、煙りを吐き出した。
行為の直後の喫煙はベッドマナー違反だと、これまで誰かに教わることはなかったのだろうか。
指摘してやろうとして、思い直す。それでフラれるなら、こいつが悪い。自業自得だ。自分で気付け。
「大佐? なんか不穏なコト、考えてるっしょ?」
「気のせいだろう」
「…いいっすけどね。そういう態度とるから、泣かせたくなるんですよね」
「そういう態度も何も、これがいつもの私だと思うが?」
「だから、です」
そのまま、灰皿に煙草を押し付けて、ゆっくりと立ち上がったハボックの身体が、薄明かりの中、照らされる。初めて会ったとき、なんてデカイ奴なんだと呆れて見上げたのを思い出した。体格自慢の男達の中にいて、一際目立った長身の割に、何処か子供っぽさを残した表情と飄々とした態度。一筋縄でいくような奴ではないと、初対面で感じた通り、その図体以上にデカい態度に呆れ果てながらも、面白いやつだと認めて、傍に置いたのだが。
「何をしている」
ゆっくりと覆い被さってきたハボックの唇が頬に触れる。
「訊かれて答えるようなことでもないスよ」
まるで壊れ物を扱うかのように、そっと繰り返される接吻けは、唇だけを避けながら、顔中に降り注ぐ。なんとなくもどかしくなって、僅かに舌を出して誘えば。
「…いいんスか?」
「何がだ」
「俺、今、煙草臭いですから」
…マナー違反なら、いっそそのまま突き詰めればいいものを、思いも寄らない所で妙に気遣うのも、こいつの癖だ。
「そんなもの、今更だろう」
「煙草臭いキスには慣れてます?」
「ああ。お前達のお陰でな」
時々さり気なく拘る奴に、意地悪く返した途端、重ねられた唇から差し込まれた舌。煙草の匂いのそれが、口腔を蹂躙するのに任せて目蓋を閉じた。


男とする接吻けなど、好きではなかった。

士官学校、軍施設、戦場。何処に行っても色気もなく、ごく当たり前の様に覚えた悪習は、食事や睡眠への欲求と同じように、射精することを目的とした只の性欲解消の為の行為でしかなかった。
何時、何処で、誰としたか等、いちいち覚えている筈もなく、ただそれだけの行為に、愛情を推し量るかのような接吻けなど必要ない。
そう信じていた自分に、当然の様な顔で、それを仕掛けてきた奴は、これまでにただ一人だけ。
熱すぎもせず、冷たくもない。
まるでダンスのステップでも踏むかのような、軽くて、それなのに、情の籠った接吻けに、いつしか慣れさせられて。
妻帯したいまだに、二人きりになると、キスを強請る奴の顔が、思い浮かんだ。


「つッ…、おい、何を」
与えられる接吻けに応えながら、思いを巡らせていた時、不意に胸の突起を強く摘まれて、思わず声が漏れる。
「あんたね、本気で泣かせますよ? こんだけのキスしながら、一体何を考えてんスか?」
「こんだけの、というのは、どういうキスだ?」
「どうしようもなく酔っちまうようなキスってことです」
「キスは嫌いだ、と考えてた」
途端に降ってくる溜息。
「どうした?」
「俺はあんたとのキス、すごい好きなんスけど」
「何処が好きなんだ」
思わず呟いた言葉に、頭を掻きながらハボックが答える。
「なんか、あんたと繋がってるんだなあって気になるんスよね」
「こんなところで繋がるより、もっと直接繋がった方が気持ちがいいだろう?」
当然の疑問だと思ったのだが。
「…大佐」
「なんだ?」
「そういうのを身も蓋もないっつーんです」
肩を落としたハボックが、もう一度溜息をつく。
「まあ、いいっすけどね。…もうキスしたらいけませんか?」
「何故だ?」
「だって、嫌いなんでしょう?」
「ああ。…そうだな」
言われて初めて考える。

男とのキスなんて、とんでもない。
そう思うのは、今でも同じ事。

だが。
今、目の前で、心配そうな表情を浮かべる蒼い目の男は。

「キスは嫌いだ。だが、お前とのキスは、嫌いじゃない」
ぽかん、と、口を開けたまま、ハボックが固まった。


(なあ、ロイ。まだキスは嫌いか?)
(…お前とのキスは…)


そういえば、以前、同じようなことを言ったことがある、と苦笑しかけたとき。

「大佐」
漸く、口をきけるようになったらしいハボックが、ごくんと喉を鳴らしてから声を掛けてくる。
「ほんとっすか?」
「別に嘘を付く程のことでもないだろう」
途端に嬉しそうに破顔する奴。
「それ、俺だけっスか?」
「同じ事を言うのは、二人目だな」
「……」


「…やっぱり、あんた、一度泣かせてやりたいです」
「充分、啼かされていると思うが」
「悪かったっスね、出来の悪い部下で」
勘違いして拗ねたハボックに、思わず笑みを漏らしてから、ゆっくりとその顔を引き寄せて。




熱過ぎず、冷たくもない。
ダンスの様なキスを一晩中。



fin.