囁き声 / 白猫
【ヒューロイ】 R指定。



『囁き声』



「煙草の匂い、だな」
「なんのことだ?」
「別になんでもねェよ」
雨に追われるようにして飛び込んだ静まり返った官舎。自分の為に宛てがわれた私室に一歩足を踏み入れるなり、意味ありげに呟いた奴に、朝から続いた会議に疲れ切った神経が逆撫でされる。
「おい、ヒューズ。言いたいことがあるなら…」
「いや、1ヶ月ぶりに会いにきた恋人の部屋に染み付いた煙草の匂いってのも、案外クるもんだなあと思ってよ」
「誰が恋人だ。気色悪い」
雨に濡れた軍服の上着を手早く脱ぎ去って、扉の脇に掛けると、そのまま部屋の奥に進む。
「ちぇっ。気にすんのはそこかよ。せめて言い訳のひとつくらいしてくれたら可愛気もあるってえのによ」
がしがしと頭を掻くヒューズに半ば呆れながら。
「お前に可愛いとか言われても嬉しくもなんともない。おい、部屋が濡れるだろう。さっさとコートを脱げ」
「さっさと脱げ、って、お前さん、また今夜はエラく積極的で」
「誰がそんなコトを言ったっ!」
濡れたコートの前だけはだけて、そのままくつくつと笑う奴を怒鳴り付ける。
「お前、ほーんと相変わらずだよなあ。いつも大人しくイイコにしてろとは言わねーけどな。そういうところはずっと変わらんでくれると嬉しいねぇ」
「一体何のこ…ッ」
大きな身体に似合わず敏捷に動いたヒューズが、勢いのままに抱きついて来て、あっと思う間もなく、重ねられる唇。
「ヒュ…ズっ、ッまえ、コートっ」
「いいから」
「よくないっ! 濡れっ…」
「お前ね、こういう場面で、ヨクないはねえだろ。傷付いちまう」
「ヒューズっ!」
飄々と喋りながら、しっかりとベルトを外すと、自分のモノを取り出した奴が、僅かに首を擡げかけているソレを腰に擦り付けてくる。
「おい、服が…汚れるだろう」
首筋をゆっくりと流れる唇。舌と髭のざらりとした感触。コイツでしか有り得ないその感触に、躯を駆け上がる熱。
そして何よりも。
「な、ロイ?」
耳許で囁かれる声に、躯が震えた。いつもの人を喰ったような、すっとぼけた声とは、まるで違う囁き声が、鼓膜を犯す。絶対に知られるつもりはない、実は何よりも気に入っている、コイツの囁き声。
「なぁ、ロイ。…舐めろよ」
ぞくり、と躯の内部が悦びの声をあげるのを感じながらも、無関心を装って、黙って眉を顰める。
「な、御褒美くれてもいいだろ? ここまで我慢してきたんだぜ。あのくだらねえ会議中、お前ンことだけ考えてた」
「そんなこと私には…」
「関係ないことはないだろ? まあな。ほんとは、もうちょっと我慢して、優しくしてやるつもりだったんだけどよ。部屋に入るなり、こんな匂い嗅がされちまったら、ちーっと辛抱できなくなっちまった」
なぁ、ダメか?
この声に逆らうことなどできる筈もないという事を、コイツは知っているのだろうか。


ゆっくりと跪いて、ヒューズ自身に手を掛ける。コートさえ脱ぐことなく、軍服をきっちりと着込んだまま、それだけを晒す奴と、それを銜える自分と、一体どちらが滑稽なのだろう。手を触れただけで、また少し質量を増すソレに、そっと伸ばした舌先を、ゆっくりと這わせて。
「つッ…」
頭の上から降って来る声。
「なんだ。お前、これくらいで感じてるのか?」
「煩え。お前に舐められて感じねえワケねーだろが。お前と違ってこっちは純粋なのよ」
「『愛妻』と『愛娘』がいるクセに、こんなことしてる奴の何処が純粋なんだ」
浮き上がる血管、ゴツゴツとした感触。自分に舐められて、どんどん膨らんでいくソレ。
「お前は別だ」
柔らかく撫でてくる無骨な手と、また囁く声。
「地獄に堕ちるな」
「家族とお前が天国にいくならそれでいいさ」
「…私が天国にいくワケないだろう」
「ロイ」
突然、奴の口調が改まったのに気付いて、小さく舌打ちして。
「なんでもない。言葉のあやだ、気にするな」
「おい、ロイ」
まだ、何かを言いかける奴の口を塞ぐために、目の前のモノを口に含む。
「…ッ…ロイっ」
「黙っ…ろ」
「…このッ、お前っ。銜えたまま喋んなっ」
「お前…も…黙っ…」
「わーったからっ! 頼むからっ! イっちまうっ!」
必死に叫ぶ奴に笑い出しかけたとき、髪を掴まれて、喉の奥までソレを突っ込まれる。
「ッ…くッ…う」
「悪ィ…ちょ…限界」
言葉とは裏腹に、まだまだ張り詰めたままのソレに、必死に舌を絡めていく。


いつでも会えるわけではない相手。それどころか、数カ月も会えないこともざらではなく、家に戻れば、愛すべき家族が待つコイツを引き止める術もない。せめて、コイツが私を思い出すたびに、どす黒い欲望に心を震わせさせたくて。
「ロイ…」
囁く声に何処までも乱れて行く心を気取られないように。
髪に絡む指が、何かを伝えてくるかのように蠢くのを感じながら、喉の奥、限界まで呑み込んで吸い上げる。

弾けて広がった生暖かい苦味を、ゆっくりと味わって。



「ロイ」
「もっと、呼べ」
「ロイ…、ロイ」



この声だけは、誰にも渡さない。





fin.