*番外/錬金術師
 ロイ・マスタング大佐は、軍人にしては破格なほど、街の女性達から人気が高い。
 市内巡回の視察最中、手を振られたりウィンクを投げかけられたり、下は幼稚園スモックを着た幼児、上は真っ白な銀髪を上品にまとめたご婦人まで、年齢層の幅がとてつもなく広い。
「何故あの人があんなにモテるんだ?」
 マスタング大佐を知る人間が、一度は思うことではある。

「仕事サボるは、部下に残業命じておいて自分はデートでサッサと定時に帰るは……」
 ぶつぶつと呟きながら、東方司令部敷地内をうろついているのはジャン・ハボック少尉。
 大事な会議と懇親会を兼ねた昼食会の為に、司令室から姿を消した手の掛かる上司を捜し出せとの指令を、ホークアイ中尉から言い遣ってのことだった。 
「あ、いたいた……」
 茂みの陰から現れた大佐の姿を、ハボック少尉は発見した。
 きょろきょろと周囲を伺うその様子に、ハボックは足音を忍ばせ近付く。
「あの人が人目を気にするとは珍しい。……密会でもすんのか? まさか軍施設内で秘密のデートかよ! 相手誰だよ!」
 電話交換手の新人女子、総務担当の理知的美人、経理部の豊満マダム……
 ハボックの脳内で、東方司令部射程距離範囲内女性リストのページが高速で捲られた。
 この迷惑上司がこっそり隠れて逢いたがる相手とは、果たして誰なのだろう。
 上司のヒミツを握る絶好の機会を、ハボックは身を奮わせて喜んだ。

「遅くなってすまなかったね」
「まあ、大佐さん!」

 潜めた大佐の声と、女性の嬉しそうな声を物陰から聞き取る。
 そのまま何事かを話しながら、建物の中に入ったらしく小さくなる声に、ハボックは慌てて追跡を開始しようとし、木箱に蹴躓きかけた。
「……キャベツの箱? ココ、食堂の裏口じゃねーの」
 開いたままの厨房裏口から、ハボックはこっそり中の様子を伺うことにした。

「みんな、大佐さんが来たよ!」
「待ちかねてたんですよ」
「きゃあ、嬉しい!」

 一斉に甲高い声が上がり、ハボックは驚いた。
 軍内部で真っ昼間から複数の女性と!?
「そりゃ人目憚る訳だよ! つかマジ見境いなしかよ!」
 扉に鍵もかけずに大胆なことだと、妙なことに感服しながらハボックは、引き続き厨房内の様子を探ろうとした。

「では、ここに」
「はい」

 ここってどこ!? 膝の上!?
 妄想に目を剥きかけたハボックは、突然周囲を満たした錬成反応の光輝に驚きその場で飛び上がった。

「これで全部かい?」
「ええ、昼食会に使うナイフやフォーク、銀食器はこれで全部! こんなに沢山、ぴかぴかになって新品のよう! これでどんなお客様相手にお出ししても恥ずかしくありませんよ。大佐さんもご出席の昼食会、私達厨房の者も、腕によりをかけた料理をお出ししますからね!」
「こんなことはお安いご用だよ。いつも美味しい食事を食べさせて貰っているからね、何時でもまた言いに来なさい」

 ……焔の錬金術師の錬成術だ。
 酸化した銀食器のくもりを取り去る、還元。
 火花を散らして爆発を起こす=激しい酸化反応を得意とする錬金術師には、確かにお茶の子さいさい、児戯にも等しいことだろう。
 上司の弱みを握れることを期待していたハボックは、脱力でその場に蹲った。

「大佐さん、実は『金の雄鳥亭』の女将が、壁紙や飾ってた絵の黄ばみに手を焼いてるんだけど。何とかならないものかしらねえ?」

 自分の行きつけの店の名を聞き、ハボックは耳をそばだてた。

「ああ、『金の雄鳥』…は、マーガレットの店だね? 煙草の煙の所為で? もくもくもくもく、ひっきりなしに。煙草のヤニってやつは実際鬱陶しいからな。いいよ、近い内に行くと私が言っていたと、マーガレットに伝えておいてくれ」

 食事や酒の旨い店だと思ってはいたが、女将の名までは把握してなかった。
 ハボックは驚きながらも、煙草のヤニについて語る大佐の声に険があったように感じられ、冷や汗をかいた。
 しかし。
「この人は街中の台所に入り込んで、銀の食器をぴかぴかにしてるんだろうか? そりゃ、女性に愛される筈だよなあ……。残念ながら真似出来ねえがな」
 軍服に身を包み、有事の際には躊躇いなく焔を操るマスタング大佐が、『錬金術師よ、大衆の為にあれ』の原則をも守っていることに、ハボックは驚きと共に嬉しさを感じた。
「大佐のモテるヒミツ、内緒にしときますよ。さて、ホークアイ中尉が痺れ切らす前に、大佐に司令部に戻って貰おうか……」
 へたり込んでついた膝の埃を払い落とし、ハボックは厨房に入ろうとした。
 

「では、困ったことがあったら、何時でも私に言いなさい」
「大佐さんってまるで、いい妖精さんみたいですね!」
「は、ははは。はっはっは……」


 エプロン姿の女の子に『いい妖精さん』と呼ばれた瞬間の複雑そうな大佐の笑顔も、内緒、内緒。 



fin.