楽園 / 白猫
【エリシア&ロイ ヒューズ ハボック】





『A Happy New Year』






『なんだ、ロイ。お前、やっぱり仕事なのか』
「当たり前だろう。こっちは忙しいんだ。どこかのヒマ人とは、ワケが違う」
年明け早々、職場にかかってきた電話は、予想通りの相手からのもので、つい、何時にも増して口調がぞんざいになる。
『冷てぇなあ、ロイくんは。長い付き合いの親友には、もうちょっと優しくしてもいいんでない?』
「切るぞ」
『だからなぁ…』
『ローイ?』
わざとらしい溜息の向こうに幼い少女の声が重なる。
「…お前、家からなのか?」
『ああ。エリシアちゃんが、お前に新年の挨拶をしたいって言うもんでな。特別に…』
途端に脂下がった声音に、思いきり脱力する。
「エリシア嬢には、よろしく伝えてくれ。じゃあ」
『おいおいおーいっ! そりゃねーだろが。おい、ローイっ!』
「…ったく。煩いって言っているだろう。お前はどうだか知らないが、私は仕事中なんだ」
『お前が真面目に仕事してるワケないだろうが。お前さんの美人の副官も出勤なのか?』
「中尉は今日は非番だ」
『なら余計にサボリまくりだろうが。番犬くんはどうなんだ?』
「…ここにいるが?」
『新年の挨拶でもしとくかな。かわれよ』
「イヤだ」
誰がそんなコトするものか。コイツがどんなことを吹聴するのか、考えたくもない。
『大切にしてんじゃねえか。やけちまうなあ』
「馬鹿か、お前は。そんなことを…」
娘の前で言うんじゃない。
言葉を続けようとしたとき。
『ローイ? おめでとうございます』
突然聴こえてきた柔らかな声に、慌てて言葉を呑み込む。
「ああ、エリシア? おめでとう。元気にしてるかい?」
『うん。ロイはげんき?』
「ああ。元気だよ。ありがとう。もう朝食は食べたのかな?」
『たべたっ! おいしかったよ。これからね、おとうさんとおかあさんといっしょにおかいものにいくの』
「お父さんが何でもエリシアの好きなものを買ってくれるって言っていたよ。たくさんお願いするといいね」
親友を困らせてやろうと告げたものの、どうせ、娘に甘いあの男は、言われなくても、何でも買いまくって、賢い妻の苦笑を買うのだろうが。
『うんっ! ねえ、ロイはなにがほしい?』
「は?」
突然、振られた台詞に、思わず言葉を失う。
『おとうさん、ロイのこともだいすきだから、きっとなんでもかってくれるよ』
「……」
『ねえ、ロイはなにがほしいの? エリシアがおねがいしてあげる』
「…えっと、エリシア? そこにおとうさんいるかい?」
『んーとね、おトイレ』
あの野郎。
『ねえ、ロイはなにがほしい?』
無邪気な問いかけに、一瞬考えてから、そっと口にする。
「エリシアは何が欲しいんだい?」
『エリシアね、…おにんぎょうさんのおうちがほしいの』
「それは素敵だね。いちばん大きなおうちをお願いするといいよ」
答えてから、ふと、一瞬の間が気になって。
「エリシア? もうひとつ欲しいものがあるのかな?」
『…ローイ、すごい! なんでわかったの? あのね、ねこさんのぬいぐるみがあったの。すごくおっきくてね、ねむってるの。でもね、ふたつおねがいしちゃだめなの。おとうさん、オサエガキカナイからっておかあさんがいうの。オサエガキカナイって、しってる? ロイ』
「エリシアのことが可愛くて仕方がないってことじゃないかな?」
思わずくすくすと笑いながら答える。途端に柔らかく心地よい笑い声が受話器から洩れて。
「ではエリシア。そのぬいぐるみを私がお願いしてもいいかな?」
『ロイが?』
「そう。私がエリシアのお家に泊めてもらうときに、猫さんと一緒に寝たら淋しくないだろう? でも、普段は猫さんが淋しいだろうから、エリシアが一緒に寝ていてくれたら嬉しいな」
『エリシアがねこさんといっしょにねてもいいの?』
幼い声が弾む。
「ああ。ぜひお願いするよ」
『わかったっ! おとうさんにおねがいするねっ!』
「よろしく頼むよ。では、エリシア。おとうさんとおかあさんによろしく」
『うん。ローイ、またね。さようなら』
「さようなら」
おとうさん、ロイがねー……
受話器が置かれる寸前に飛び込んできた嬉しそうな声を聞きながら、苦笑する。『ロイのために』ぬいぐるみを強請られたヒューズが爆笑する姿が、目に浮かぶようで。それでも、小さなレディをしあわせな気持ちにさせることができたのならいいかと肩を竦める。
「精々笑えばいいさ」
思わず独り言が洩れたとき、遠いセントラルではなく、この同じ部屋で響き渡った爆笑に身体が固まった。
「……ハボック少尉」
「…あ…あんたが、…ぬいぐるみと…一緒に…ね、寝るんスか? 大佐? は、腹いてえ…」
切れ切れな台詞。
よくよく見てみれば、部屋中の人間が机の上に突っ伏して肩を震わせていて。
「お前等…」
「いや、あんたなら…似合うかもしれないスけど…、つーか、似合いすぎ…なんスけど」
ハボックの台詞を聴いて、また部屋の空気が微妙に揺れる。噴き出すのをどうにか堪えているらしい妙な音。
コイツら…。
怒鳴り付けたい思いを何とか抑えて、静かに声を出す。
「ハボック少尉。いい加減にしたまえ。あれはヒューズ中佐の…」
「そりゃ、わかってますけどね」
ようやく、息を整えたらしいハボックが、まだニヤニヤと笑いながら、まっすぐ見つめてきて。
「賭けてもいいすけどね。中佐、娘さんに渡すヤツとは別に、絶対あんたにもぬいぐるみ送ってきますよ。よかったスね。独り寝も淋しくなくて」
「ハボック…」
だんだんと声が低くなっていくのを自覚するのと共に、ハボック以外の笑ってた連中が、何かを思い出したかのようなわざとらしい様子で、こそこそと連なって部屋を出ていくのに気付いた。このまま此処に長居すれば燃やされる、そのくらいはどうやら理解したらしい。目の前の馬鹿を除いては。
「枕抱いて眠るのも可愛いっすけど、ぬいぐるみ抱いて眠るあんたも想像したら堪らないスね。是非今度御一緒させて貰って…」
そのまま、何も気付かずに、嬉しそうに続けるハボックを、こほんとせき払いひとつで黙らせる。
「ハボック」
「なんスか?」
「そんなに見たいのなら見せてやろう」
「…えと、大佐?」
僅かに首を傾げるハボックに向かって、にっこりと微笑みかけてやる。
「これからはずっと、ヒューズの送ってくれる縫いぐるみを抱いて眠ることにしよう。つまり、今後一切お前の添い寝は必要ないということだな」
「大佐っ? ちょ、それは…」
「縫いぐるみがあれば淋しくないらしいからな。お前の様に不埒な真似をすることもないし、考えてみれば、その方がずっと安眠できそうだ」
「ちょっと待って下さいって! そりゃないっスよ、大佐っ!」
真剣に慌てるハボックに、思いきり溜飲が下がる。取り敢えず、暫くはこれをネタに揶揄ってやることに決めて。




新年早々、暖かい家庭からわざわざ電話を寄越してくるヤツも。柔らかな声で名前を呼んで来る幼い少女も。その隣できっと優しく微笑んでいたのだろう女性も。そして目の前でなんとか機嫌を取ろうとばたばた走りまわってるヤツも。




できることならば、この世界のなかで。誰よりも幸せに生きてくれるように。
心から祈って。



fin.